第16話 ザイン
ソフィアやメイド達が着け始めてから、瞬く間に噂は広まった。
手軽に付けられる真新しいアクセサリーは、平民、貴族問わずに女性を魅了し、一緒に広めたロマンティスな話がより一層惹きつけた。
それに加え、常に噂の的だった体の弱いバンティエラ伯爵家の令息が、手がけたという事も話題だった。
最初は呪われた令息という噂がネックになるかと思われたが、そこもソフィアとメイド達が払拭してくれた。
ただ体がとても弱く、その後遺症で色素が薄いだけだと言葉を添えていた。
その証拠に友人であるソフィアが、何の影響もなく元気に過ごせている事が遠巻きに見ていた人達を安心させたらしい。
メイド達は領主の息子は、寛大で心優しく、領主の工場で見つけた平民の男性の才能を買って、共同で経営していると触れ回った。
そのおかげか、邸宅には大量の手紙が届いた。
その返事にも、メイド達にも、事業を立ち上げたばかりでまだ従業員不足だと言うことと、私の体が弱い事を理由に、現時点では大量生産はせず、定期的に限定販売を開くと返事を返す。
「ラ、ラファエル様、私なんかがこんな綺麗な服を着てもいいのでしょうか?」
「もちろんだ。カルデアはもう立派なデザイナーとしての一歩を踏み出したのだ。それに、ザインのメンバーでもある。私なんかではない。よく覚えておくんだ」
「は、はい・・・」
髪を綺麗に束ね、前髪をサイドに分け、表情がはっきりと見えるカルデアは、体は細く頼りないが、意外と彫りが深く男らしい顔立ちをしている。
その顔立ちで恥ずかしそうに、綺麗な衣装に袖を通しているのを見ていると、笑みが溢れる。
前世でのカルデアは表立って活躍せず、売り子は人に任せ、奥でデザインばかりしていたから、今世で最初に会った頃と大差はなかった。
だが、こう着飾ってみると、もったいないという言葉が出てくる。
売れても尚、自分に自信がなく、人に振り回され、酒に溺れた。
融資した貴族も数字ばかりを気にして、カルデア自身には興味を持たなかった。
平民だという事で軽んじ、お金を生み出す道具としか見ておらず、カルデアの容姿も酒浸りも気にも留めなかっただろう。
以前の私も似たような物だった。
私が死んだ後、カルデアがどうなったのかは知らないが、きっと長生きはしなかったはずだ。
「カルデア、これからは私と共同事業者だ。だからこそ、君はこれからもっと世に出て行く必要がある。決して無理はさせないが、平民だけではなく貴族相手にも商売をしていくにはいろんな知識もマナーも必要になってくる。足りない部分は、私とリアム、そしてソフィアが力になってくれるだろう。大変だと思うが、私についてくる覚悟をあるか?」
「・・・はい。もうとっくに覚悟は決めました。ラファエル様から受けた恩恵は、この身を捧げて返していきます」
「そんな大義な忠誠を誓わなくていい。私こそ、カルデアには私の望みを叶える為に力添えをもらっているのだ。感謝しきれない。これからは、私が盾として君を守ろう。貴族として、バンティエラ家の一員として、持てる力を持って、君を守ろう。そして・・・・」
言葉を止め、後ろに立っているリアムへと視線を移す。
「リアム、君の事も守ってみせる。体は弱いが、それくらいの器量はあるつもりだ」
そう言って微笑むと、リアムも優しく微笑み返す。
振り返るとカルデアは目に涙を浮かべ、何度も頷いていた。
それを見て私は笑う。
「カルデア、まず君は自分に自信をつける事が大事だ」
「自信・・・ですか?」
「そうだ。君はいつも自信なさげな発言や態度をする。自分を蔑む癖はやめるんだ。
そうだな・・・まずは、食事も睡眠もしっかり摂るんだ。いいな?これは絶対条件だ。体が整う事で体調が良くなれば、頭もスッキリしてくる。そうなれば、デザインも次から次へと溢れてくる。そして、それが作品となり、人の手に渡り、その人の笑顔を見れば自信は付いてくのだ。君にはその才能がある」
「ラファエル様・・・・」
「私は鍛えてくても鍛えられないのだ。私の分まで健康に気を使って頑張ってもらわないとな」
冗談を交えた言葉に、カルデアは涙を拭いながら、小さくハハッと笑った。
「さぁ、ザインの出発だ」
私はそう言いながら、ドアへと向かう。
ザイン・・・これは、私が寝込んでいる間、父とリアム、カルデアが名付けた店の名だ。
父が王宮に新しく立ち上げた事業許可を取る為に、急ぎで名を決めないといけないと言い出したからだ。
模造品を防ぐには、ちゃんとした申請を出しておかなければいけない。
そこで、リアムが出した名前が(ザイン)
その理由を聞いて、父もカルデアも賛成したそうだ。
ザイン・・・他国の言葉で、(存在)を意味する。
かけがえのない存在・・・その言葉にはいろんな意味が含まれている。
私の存在、リアムやカルデアの存在、誰かの大切な人の存在、そして、この愛の印として出すチョーカーの存在・・・・。
その言葉達が、私の心をほんの少し軽くさせた。
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