第3話 諦めた心
「ラファエル、彼女を知っているな?」
そう言って紹介された女の子へと視線を向けると、彼女はスカートを摘み、丁寧に挨拶をする。
「ソフィア・バレスデンです」
そう言って顔を上げた彼女に、私は微笑み、頭を下げる。
「ラファエル・バァンディエラです」
互いに挨拶を交わした後、彼女の両親を交えてお茶会が始まる。
ソフィア・バレスデン・・・・彼女の事はよく知っている。
同じ伯爵家の娘で、かつては私の婚約者だった。
そして、私が心から愛した人だから・・・・。
「ラファエル、ソフィアに庭園を案内してきなさい。リアム、君がお供するんだ」
父の言葉に、リアムが軽くお辞儀すると私達の後ろを、少し離れて歩き出す。
しばらく無言で歩いた頃、私は静かに口を開く。
「ソフィア嬢・・・君はこの場が何であるのか知っているのか?」
「はい・・・ですが、すぐに決めるのではなく、何度かお会いしてから決めるとおっしゃってました」
「そうか・・・私は断ってくれて構わない」
「え・・・?」
「知っての通り私は病弱だ。何とか大人になれたとしても、先が長くない事は知っている」
「そんな・・・・」
「それに、私の事が怖くはないのか?」
「怖い?」
「そう広くない領地だ。私の噂の一つや二つ、聞いた事があるだろう?それに加えてこの容姿だ。私に好意を持っていても、近寄って来る者はいない」
「ラファエル様・・・ラファエル様、私は母から噂や外見で決めず、ラファエル様の人となりを見て決めるようにと言われています。それは、私もそうであるべきだと思っています。この婚姻が両家の利益となるとしても、長い人生を共に歩くのであれば、その相手といい関係を築きたいのです。ですから、噂や容姿など私は気にしません」
力強い言葉に、とうの昔に捨てた思いが湧き出てくる。
それを必死に止めようと、私はぎゅっと胸元の服を握る。
「それに、私はラファエル様が怖いとは思いません。初めてお顔を見た時、天使が舞い降りてきたのではないかと錯覚したくらいです」
「て、天使だと?」
「はい。ラファエル様は決して怖い容姿ではありません。とても美しいのです。美しすぎて近寄れないのかもしれません」
そう言って微笑む彼女の姿を見て、鼓動が小さく、そして早く音を立てる。
あぁ・・・私はまたしても恋に落ちるのか・・・
そんな諦めにも似た思いが、胸をかすめた。
一度目の人生、私は彼女に一目惚れをした。
愛くるしい大きな目、笑うと左頬に小さなエクボができる。
そして、薄いピンクの髪は白い肌に映え、ほんのり頬を染めた顔を引き立たせた。
全てが私を魅了したのだ。
この場が婚約者になるかもしれない人との顔合わせだと知っていた私は、父に懇願したくらいだった。
当時の私は、末っ子だと言うのもあり、甘やかされて育った。
そのせいか、我儘でプライドだけは高い傲慢な男だった。
恋慕っていながらも、恥ずかしさとプライドが邪魔して、彼女を何度か泣かせた。
16になり、互いに同い歳であった私達は共に帝都にある学園に通う為に領地を離れた。
初めてみる帝都の素晴らしさと、そこでの楽しみを覚えた私は、あいも変わらず彼女に冷たくした。
それでも、婚約者である私を彼女も思ってくれているなどと思い上がった感情を疑いもせず、自由気ままに過ごした。
卒業を間近に控えたあるパーティで彼女が、ある男性に出会うまでは・・・・。
あのパーティ後、彼女の態度は一変した。
学園を卒業し、領地に戻った私は領地の仕事に追われ、彼女と会う回数が減っていたが、いつもだったら会おうと打診してくる彼女からの便りが次第になくなった。
それすら気付かなかった私は、数年後、何だかんだと理由を付け伸ばしていた結婚式の準備を進めようと告げた際、彼女は私との婚約破棄を申し出てきたのだ。
私は彼女を問い詰め、その原因がパーティで出会った男であると知って、逆上した。
そして、その男を襲ったが、逆に返り打ちに遭ってしまった。
今までの暴虐な態度と、正当防衛を主張した男の言葉は通り、私は手当の甲斐なくそのまま息途絶えた。
二度目という奇跡に、私は彼女を彼に会わせないように必死に手を尽くした。
だが、結局、彼女は出会い、恋に落ちる・・・。
三度目は、自分の態度を悔い改め、誠心誠意尽くした。
四度目は、これまでの事を全て書き留め、一つ一つの選択を間違えないように努力した。
だが、全てが無駄だった。
何度も彼女に恋をしたが、私が選ばれる事はなかった。
五度目、ならば友として過ごそうとしたが、自然に出会い、惹かれ合い、恋に落ちていく彼女を身近で見て、この恋に終止符を打った・・・。
彼女の運命の相手は、私ではなく、彼なのだと思い知らされたからだ。
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