ちいちゃん、どこ?

赤城ハル

第1話

 空が叫んでいる。

 空が機械の音を出している。

 みんながさわいでいる。


「手を離してはいけないよ」


 赤ちゃんのふうちゃんを抱いたお母さんがちいちゃんに言った。


 せわしなく空が叫んでいる。


 ちいちゃんは大きな声で返事する。


 そして僕達は家を出る。

 外に出て走る。


 ちいちゃんが転んだ。

 そして泣いた。

 僕はお兄ちゃんとして、すぐに助けに行く。


「早く」


 お母さんが手招きする。


「今、行く」


 でも、人が多すぎてなかなか前へ進めない。

 それでもちいちゃんと手をつないで僕は走る。

 お母さんの背を追う。

 ちいちゃんは泣く。


「大丈夫だよ。迷うことはないよ」


 皆と同じとこに行くんだから。


 それに練習したんだもん。

 頭巾を被って、ボウクウゴウに行く。

 難しくない。


 でも、徐々にお母さんの背が大人達の背によって見えなくなる。


 大丈夫。

 あのボウクウゴウに行くだけ。まっすぐ進めばいいだけ。


 すると突然、近くの家が弾けて燃える。


 いきなりでびっくりした。


 大人達が叫んだ。そして走る。色んな人が走る。

 子供、大人、老人。

 そして僕達は彼らにぶつかる。


 僕達を蹴る。

 罵る。

 僕は転んじゃった。

 すると走る人達に踏まれる。

 立ち上がろうとすると押されて、また転ぶ。


 そこで僕はちいちゃんの手をはなしてることに気づいた。


「ちいちゃん、ちいちゃん」


 僕は戻る。

 すると走る人達は僕を怒鳴る。


 僕は蹴られないため裏路地へと身を潜める。そして走る人達が少なくなってから、僕は大通りに出て、ちいちゃんを探す。


 でも見つからない。

 家が燃えている。


 大通りの地面も燃えている。


 赤い。赤い。赤くて熱い。


 空はうるさく鳴いている。


 大きな黒いトンボが空を飛んでいる。


「あぶねえぞ!」


 家が倒壊してくるところを僕はおじさんに助けられた。

 けど、その代わり、おじさんの脚が倒壊した家に挟まれる。


「おじさん」

「俺はいい。それより早く行け!」


 おじさんはある方角を指す。


「行け?」

「どこ?」

「防空壕だ! そこに行け」

「違うよ。ボウクウゴウは向こうだよ」

「あっちは無理だ。そっちに行け。そこならまだ安全だ」

「それにちいちゃんが」

「ちいちゃんもそこだ!」


 どうしておじさんはちいちゃんがそこにいるのを知ってるのかな?


「ほら、行け!」

「うん」


 僕は走った。

 いつの間にか僕は靴が脱げていた。

 小石が足の裏に当たって痛い。

 それでも僕は走る。


 そしてボウクウゴウの入り口に辿り着いた。

 入り口は閉まっていた。


 僕はしゃがんで戸を叩く。


「開けてー」


 でも、開けてくれなかった。


「開けてー」

「うるせえ、メリケンにバレるだろ! 静かにしろ!」


 中から男の人に怒られる。


 どうして?

 どうして開けたからないの?

 ちいちゃん手を離したから。

 約束を破ったから?


「開けてー」


 僕は泣きながら戸を叩く。


  ◯


 目が覚めると温かいとこにいた。

 どこだろう?

 薄い黄色の世界。


 雲が近く。空を飛んでる。ううん。浮いてる。


 ふわふわとぽかぽかと幸せな気分。


 前にお母さんが現れた。ふうちゃんを抱いている。


 あっ! ちいちゃんだ。

 ちいちゃんもいた。


 ごめんね。手を離して。もう離さないから。


 僕は駆け寄り、ちいちゃんの手を繋ぐ。そしてお母さんの手を繋ぐ。


「ずっと一緒だよ」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ちいちゃん、どこ? 赤城ハル @akagi-haru

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説