【KAC20245】見えない言葉
白原碧人
第1話
学校は楽しい場所だろうか。
楽しいとは何だろうか。
そんなことは考えても答えなんて出ない。
なぜだろうか。
考え飽きて隣に席に座る
長い黒髪を後ろに束ねた彼女と言葉を交わしたことは片手で数えられる程度しかない。それも入学して間もないころに。別に仲が悪いとかではない、話すきっかけがないだけだ。
彼女は何を思って学校生活を送っているんだろう。物思いにふけっていると、ペンを持つ手が止まり、整った顔がこちらを向く、切れ長の目がまっすぐこちらを見ている。
彼女を不快にさせてしまっただろうか、なにか言われるわけでもなく、数秒がたつ。謎の緊張に心拍数が上がる。すると彼女は視線を外し、机の上を片付け始める。一体何だったのか。
「
前の席に座る女子から急に声をかけられた。まぁ、クラスでは無難な立ち位置で分け隔てなく接しているので女子と言葉を交わすことくらいはある。
たしか次の授業は美術で風景画を描くために屋外授業で職員玄関前集合だったはず。
「確か……」
「職員玄関前集合よ」
自分が話し始めた瞬間、横から集合場所が告げられる。
「そっかー、鳴梨さんありがとう」
笑顔で小さく手を振ると女子生徒は足早に教室から出ていった。
声がした方に視線を送るとまた鳴梨と目が合う。一拍の間もなく彼女は視線をそらし、教室から出て行ってしまった。何かしてしまっただろうか。謎を抱えたまま皆を追うように職員玄関へと向かう。
授業開始のチャイムが鳴り終わるのと同時に皆の後方の位置に紛れ、その場にいたかのように振る舞う。鳴梨も後方にいた。
教師はまだ来ておらず、チャイムから数分してクラス委員の生徒と画版や鉛筆などを運んできた。教師の声と同時に生徒がすこしでも状態の良いものを選ぼうと道具に群がり満足げに散っていく。その群れの後方で人が減るのを待つ。
残りの道具は遠目みても状態が良いとは言えなかった。画板は傷や反りがあったり、鉛筆も使えはするが少し持ちずらそうな短さだったりする。残りの生徒は自分と鳴梨の二人、鳴梨が選んだ道具に目をやると表面が荒れた画板に、短めの鉛筆だった。自分が選ぶ番になり残り物を目にすると疑問が浮かぶ。鳴梨はなぜあれを選んだのだろうか。角が割れているが絵を描くのに影響がなさそうな画板と、芯の先が丸くなっているだけで長さが十分な鉛筆が残されていた。鉛筆の芯なんて削れば済むことくらいわかるだろうに……。
鉛筆を削り終わると皆から遅れて場所撮りに向かう。学校の敷地内ならどこでもいいとのことなので人が少なそうな校舎裏の茂みに陣取り辺りを見回す。頭上に近づく太陽の光が木漏れ日を落とし適度な心地よさを感じる。
そよ風に吹かれながらのんびり絵を描くのも悪くないなんて思いながらデッサンを楽しんでいると視界の端に生徒が座り込んだ。
鳴梨だった。
自分より先に移動した彼女が後から現れたのは不思議だったが、あまり人と一緒にいるイメージが無いので、人のいないところを探して同じような場所にたどり着いたのだろう。それにしても鳴梨とはよく出くわす。通学や帰宅時、毎日のように後ろから鳴梨が追い越していく、教室を移動するタイミングや今回の場所取りにしても驚くほど目にする。
そんな鳴梨のことを考えていたせいか、画用紙の端にも黒髪の女の子が現れてしまった。無意識だった。勝手に絵に描いたことは申し訳ないが消すべきか悩んだ。
結局、終了のチャイムが鳴っても絵の中の女の子を消す気にはなれず、誰にも見せないまま持って帰ることにした。
「へ~、片護君って絵、上手だね」
急なことで動揺して言葉に詰まる。誰にも見せるつもりがなかった絵を見られたこと、クラスの女子生徒を描いたことがバレる恐ろしさ、どう返すのが正解なのか、クラスでの立場が悪くなるのだけは避けたかった。
「えっと……あ、ありがとう」
「その端に描いてるのって、おと」
言いかけるクラスメイトの言葉を遮るように助け舟が現れる
「早くしないと遅れるわよ」
皮肉にもその言葉の主は絵のモデルだった。
「あ、うん今行くー」
クラスメイトは鳴梨を見て返事をすると何かを確認するようにもう一度こちらを向く。何か察したように笑みを浮かべると鳴無の後を追うように教室に戻った。これは助かったのだろうか。
放課後、今日は皆より一足早く教室を後にする。
昇降口にはまだ生徒は少ない。
なんだか今日は疲れた。
これは気疲れだなぁ、なんて思いながら靴を履き替え、いつもと変わらない帰り道を歩き出す。
今日は考えることが多かったせいか頭が熱を帯びているのを感じる。
日が傾き少し冷えた風が吹くと頭の熱に冷たい風が心地よかった。
代り映えしない道を淡々と歩いていると、風になびく黒髪に追い越される。
見間違えるわけもなく、鳴梨だった。クラスメイトだが、すれ違いざまに言葉を交わしたりすることはない。
鳴梨の後を歩かない日はない。見慣れた後姿を追うかたちで歩く。これがまたいつもの毎日、変化のない毎日を感じさせているのかもしれない。
しばらく歩いていると、公園から勢いよく飛び出してきた自転車と鳴梨がぶつかりそうになる。ぶつかりはしなかったようだが、鳴梨は避けようとした拍子に転んでしまった。
目の前で転んだクラスメイトを無視するほど薄情ではないので彼女の手を掴み立たせる。立ち上がった彼女はすこし驚いたような表情をするがすぐ真顔に戻り、お互いに何も言わず無言の時間がすぎる。そしてに気づけば彼女の手を掴んだまま歩きだしていた。
なぜそうしたのかはわからなかった。
でも彼女の手を掴んだ時にこの手を離すべきではないと思った。
わかっていたのかもしれない。
視界に入る。
目が合う。
偶然と思っていたが、自分が意識を向けていた。
気づかないうちに興味が好意になっていた。
隣を歩く彼女が気になったが、手を離そうとはしない。
追い越したり、会話に割り込んだり、備品を選ぶにしても。
もしかしたら……。
そう思った時、学校が楽しいと思える場所になったのを感じた。
【KAC20245】見えない言葉 白原碧人 @shirobara_aito
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