第35話 調査結果(ユージーン視点)
母上が亡くなったからと言って、執務を休んでいいと言う事にはならない。
その日もいつもと同じように父上の執務室へと足を運んだ。
「おはよう、ユージーン。少し遅かったな」
「おはようございます、父上。いつもと変わらないはずですよ」
父上の執務机の隣りにある僕の席に向かいながら反論する。
父上は母上が亡くなって以来、すこぶる機嫌がいい。
政略結婚だったとはいえ、そこまであからさまに喜ぶのもどうかとは思うが、僕自身も母上にあまり良い感情を持っていなかったので、それも仕方がない事だと納得する。
普通、好きな男の子供を産んだら溺愛してもおかしくないと思うんだが、母上にはそういう定説は当てはまらなかったようだ。
僕はただ、父上の遺伝子を受け継いだだけで、父上とは別の人間だからという事だろうか。
変に溺愛されて執着されるのも困りものだが、あそこまで放置されるのもどうかとは思う。
実際僕は乳母を自分の母親だと思っていた時期があった。
たまに乳母と一緒に母上に会った時も、(どうしてこの女の人は偉そうにしているんだろう)としか思わなかった。
大きくなるにつれてこの偉そうな女の人が自分の母親で、母親だと思っていたのが乳母だと聞いて驚いたものだ。
母上の遺体は既に教会へと安置されている。
葬儀の日取りも決まり、貴族の所へ通知もされたし、国民に向けても発表をしている。
母上の葬儀までは何事もなく過ぎるだろうと思っていたが、不意に父上の執務机の上に魔法陣が浮かび上がった。
何事かと身構えたが、すぐに魔法陣は消えて一通の手紙がひらりと机の上に落ちた。
すぐに宰相のブライアンが手紙を取って開封し、父上に手渡した。
…一体何の手紙だ?
どうしても気になって行儀が悪いとは知りながら、立ち上がると父上の後ろからその手紙を覗き込んだ。
…例の女性についての報告か。
誰に依頼したのかは知らないが、随分と仕事が早いようだ。
手紙には既に女性が亡くなっていると書かれていたが、最後の一文が気になった。
『フェリシア様は、ジェシカと偽ってアシェトン公爵家におられます』
…どういう意味だ?
父上もやはり疑問に思ったらしい。
「これでは詳しい事がわからん。すぐにこれを調査した者を呼べ!」
ブライアンが慌てて執務室を飛び出して行った。
父上は手紙を握りしめると「ああ、アイリス…」と呟き肩を震わせた。
あれほど待ち焦がれた女性が既に息を引き取っていたなどと知らされたら無理もないか。
僕はそっと父上から離れると自分の机に戻り書類に目を通し始めた。
あの様子では父上はしばらくは役に立たないだろう。
やがて扉が開いてブライアンが戻ってきた。
「陛下、調査を依頼していた者が既に登城しております。こちらに通してもよろしいですか?」
どうやら手紙を出した後で直接報告をしようとこちらに来ていたようだ。
随分と手回しが良い事だが、それだけ手紙では伝えづらかったのだろう。
「構わん、こちらに呼べ」
宰相が連れて来た男は、弁護士のベイルと名乗った。
父上の執務机の前で恭しく頭を下げる。
「アイリスが産んだのは私の娘で間違いはないな? それなのに今はアシェトン公爵家にいるとはどういう事だ?」
父上の質問にベイルは身体を縮こませて更に頭を下げる。
「申し訳ございません。実は先日、アシェトン公爵家からの依頼でダグラス様を捜していたところ、既にダグラス様は亡くなられて娘のジェシカ様が生きておられると判明しました。孤児院の院長から話を聞き、そこで見つけた女性がダグラス様に良く似ておられましたのでアシェトン公爵家にお連れしました」
ベイルはそこで一旦、言葉を切るとチラリと父上に目をやった。
父上が「それで」と促すと再びベイルが語りだした。
「今回の調査で再び孤児院を訪ねたのですが、どうやらそこの院長は最近記憶が曖昧になるらしく、ジェシカ様が亡くなっておられた事を忘れていたらしいのです。それで私も思い返してみればジェシカ様だと訪ねた女性の口からはっきりと『自分がジェシカだ』と告げられなかった事を思い出しました。確かにダグラス様にも似ておられましたが、陛下にも良く似ておられました。フェリシア様がどういうおつもりでジェシカと偽られたのかはわかりかねますが、現在アシェトン公爵家におられるのはフェリシア様で間違いありません」
ベイルの話に驚いたと同時にハミルトンの事を思い出した。
つまり、今ハミルトンが恋をしているのは僕の妹だと言う事だ。
あのハミルトンを夢中にさせるフェリシアをぜひとも見てみたい。
「父上、僕が今からアシェトン公爵家に行ってフェリシアを連れてきます」
僕はそう告げると父上や宰相の返事も待たずに執務室を飛び出した。
手近にいた使用人に外出の準備を急がせて玄関へと向かう。
無茶振りではあったが、すぐに準備を整えた馬車が玄関脇に到着する。
「アシェトン公爵家まで行ってくれ」
そう告げて馬車に乗り込むとすぐに馬車が動き出した。
馬車に乗っているのをこれほどジリジリとした思いで過ごすのは初めてだった。
アシェトン公爵家の門に到着すると門番が王家の紋章が入った馬車に驚いていた。
「急用だ、通せ」
「これは、王太子様。かしこまりました」
門から玄関に向かうと執事のモーガンが慌てて飛び出してきた。
「王太子様、これは一体…」
「先触れもなくてすまんが急用だ、入るぞ」
そのまま玄関に入るとハミルトンと一緒に若い女性がいるのが目に入った。
…なるほど、父上によく似ている
僕を見て驚いているフェリシアにニコリと微笑んで手を差し出した。
「君がフェリシアかい? 迎えに来たよ、僕の妹」
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