第21話 休息 / 違和感(アンナ視点)
部屋に戻ると私はドサリと身体をベッドに横たえた。
既に私付きの侍女であるアンナは、「御用があればお呼びください」と言い置いて部屋を出て行った後の事だ。
私付きの侍女と言われたから1日中側に付いているのかと思っていたけれど、どうやらそうではないらしい。
誰にも見咎められずにドレス姿のままでベッドに横たわって、私はため息をついた。
…まだこのお屋敷に来てから二日しか経っていないのに…。
ジェシカのお祖父様の家は想像していたのとはあまりにも違いすぎる。
これ以上、このお屋敷にいては危険だとわかっていても、すぐにはここを出ては行かれない。
まだ車椅子が出来上がっていないし、何よりハミルトンと離れたくはない…。
って、何を考えているのよ!
彼は私が公爵家に害を及ぼさないか、監視しているだけよ。
決して妹として歓迎しているわけではないわ。
それなのに…。
私はそっと手を伸ばしてネックレスに触れてみた。
このネックレスを着ける時に首筋に触れられた時の感触がまざまざと蘇る。
もう少しだけ、ハミルトンが触れた手の感覚の余韻に浸っていたかった。
******
私の名前はアンナ・ベイカー アシェトン公爵家で侍女になってから二十年以上経っている。
このアシェトン公爵家では昔、次期当主であるダグラス様と同じ侍女仲間のケイティが駆け落ちをするというスキャンダルが起きた。
ダグラス様には奥様と生まれて間もない息子がいるにも関わらずの出来事だった。
確かにダグラス様は私達、年若い侍女には憧れの的だった。
少し中性的な顔立ちや物腰の柔らかい所はとても好感が持てた。
だからといってダグラス様と恋仲になろうなんてだいそれた事は考えてはいなかった。
それは勿論ケイティもそう思っていたはずだ。
私とケイティはどちらも男爵家の次女に生まれた。
歳はケイティの方が一つ年上で、公爵家に勤めだしたのもケイティの方が先だった。
どちらの男爵家も貧乏貴族で、平民よりは多少暮らし向きが良いくらいだが、富豪の商人の方がよほど裕福だろう。
そんな貧乏貴族だから、私もケイティも少しでも実家の暮らしを良くする為に公爵家に働きに来ていた。
上手く行けば公爵家と馴染みの格下の貴族の子息に見初められるかもしれないという淡い期待は抱いていたが、まさかケイティとダグラス様がそういう間柄になるとは思ってもいなかった。
ましてやダグラス様が妻子を捨てて駆け落ちをするなど、誰が想像しただろうか。
二人がいなくなった事が発覚した公爵家は蜂の巣を突付いたような大騒ぎだった。
旦那様は辺り構わず怒鳴り散らし、奥様は心労のあまり寝込んでしまった。
若奥様のパトリシア様はだけは、いつもと変わらず淡々とハミルトン様のお世話をしていらした。
私もケイティと仲が良いと言う事で二人が行きそうな所に心当たりがないかと尋ねられたが、特に思い当たり事はなかった。
二人が姿を消してから十六年が過ぎた頃、奥様が体調を崩されいよいよ命が危ぶまれた。
そこに来て「ダグラスに会いたい」と言われる奥様の為にダグラス様の行方が徹底的に探された。
しかし、ダグラス様が見つかるよりも先に奥様は旅立たれてしまった。
そしてダグラス様とケイティも既に死亡しているという知らせが公爵家に届いた。
…なんてこと!
ケイティが既に亡くなっていたなんて…
私はこの公爵家でケイティと共に働いていた日々を思い出していた。
二人でパーティーに訪れた人々のドレスや宝石を見てため息をついていた事。
どこの貴族の子息が素敵だったかと話していた事。
侍女長や先輩の侍女に叱られて落ち込んでいた事。
そして…
駆け落ちする前に私に何か言いたげな視線を向けていた事。
あの時、ちゃんと話を聞いていれば、二人の駆け落ちを止められたのかもしれない。
そうすれば二人共、こんなに早く亡くなってしまう事なんてなかったかもしれない。
様々な後悔が私の心を苛む。
その後、ケイティとダグラス様との間に女の子が生まれていた事が判明し、公爵家に引き取られる事を告げられた。
そして、その子供の専属の侍女に私が選ばれたのだ。
けれど、引き取られたジェシカ様を見て、私は少し違和感を覚えた。
確かに見た目はダグラス様と似ている所があるし、ケイティに似ていないのも父親似だからですまされるだろう。
けれど、ジェシカ様の仕草には何処にもケイティに似た所がない。
女の子であれば、殊更無意識に母親と似た行動をする事があるはずだ。
まだジェシカ様に会って二日しか経っていないから、私が気付いていないだけかもしれない。
けれど、一度抱いた違和感はそうそう簡単には拭えない。
「本当にジェシカ様はダグラス様とケイティの娘なのかしら」
ジェシカ様の部屋を辞した後でポツリと呟いた。
「今、何と言った?」
鋭く冷たい声音にピクリと身体を震わせて振り返ると、そこにはハミルトン様が立っていた。
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