第20話 試作品(ハミルトン視点)

 公爵家の門が近付いた頃、突然ジェシカが「あっ」と小さな声を上げた。


 どうした?


 何かあったのか?


 慌てて尋ねると「お祖父様のお見舞いに行っていない」と告げられて、少し安堵する。


 どうせ僕も後で顔を出すつもりだったから、ジェシカと一緒に行けばいい。


 それに、今買い与えたネックレスを身に着けているジェシカをお祖父様に見せてあげるのもいいだろう。


 馬車から降りてジェシカに手を差し出すと少し躊躇った後に手を重ねられた。


 そんなに遠慮しなくてもいいのに…。


 それにジェシカの手に触れる機会を逃す事はしたくないからな。


 モーガンからお祖父様が待っていると告げられて、ジェシカと一緒にお祖父様の部屋に向かう。


 だが、お祖父様の部屋は昨日見舞った時とは様変わりしていた。


 カーテンが開けられ、外の光が降り注ぐ中、お祖父様がベッドに起き上がっていたのだ。


「お祖父様、カーテンを開けても大丈夫なのですか?」


 驚いてお祖父様に尋ねると、昨日ジェシカがカーテンを開けるようにと助言したらしい。


 それに「車椅子」とか言う物をお祖父様の為に作らせていると言うのだ。


 …そこまでお祖父様の事を考えてくれているなんて…。


 やはり私の妹は天使に違いない。


 お祖父様も僕が選んだネックレスを着けたジェシカを手放しで褒めていた。


 やはり、このネックレスにして良かったと心から思う。


 昼食の後でモーガンがジェシカに何やら伝えに来た。


 耳をすませて聞いていると、ポロック商会が訪ねて来るらしい。


 先程言っていた「車椅子」の試作品を持って来るそうだ。


 母上は立ち会えないと言うので、ここはやはり僕の出番だろう。


「まあ、お兄様が一緒にいてくださるのですね。とても心強いですわ」


 僕が立ち会うと告げれば、、ジェシカがとても嬉しそうな顔をした。


 もっと僕を頼ってくれていいんだぞ。


 ポロック商会が到着したと聞いて応接室に向かったが、まだジェシカは来ていなかった。


 ジェシカを誘ってからここに来るべきだった。


 …失敗したな…


 ポロック商会と挨拶を交わしてソファーに座っていると、程なくしてジェシカが応接室に入って来た。


 少し僕と距離を置いてジェシカがソファーに腰を下ろす。


 もう少し近寄ってもいいんだが、今更座り直すのもポロック商会の者に変に思われそうなのでやめておく。


 ジェシカが腰を下ろすのを待って、ニコラスと言う男がジェシカの横に何やら動く椅子を持って来た。


 …これが車椅子?


 馬車のように椅子の両脇に大小の車輪が付いている。


 するとジェシカが「座ってもいいかしら?」と尋ねている。


 そんな怪しげな物に座っても大丈夫なのか?


 だが、僕が止める間もなくジェシカは車椅子に腰を下ろして、車輪の横の輪を操作して自分で車椅子を動かしている。


 凄い!


 こんな物を考え付くなんて、ジェシカは天才だ!


 そう喜んだのも束の間、僕はジェシカとニコラスの距離が近い事に驚愕した。


 そんなに顔を近付けて何をやっている!


 まさか、その男を好きになったんじゃないだろうな!


 どう見てもジェシカよりだいぶ年上じゃないか。


 ジェシカには僕くらいの歳の近い男の方が似合うぞ。


 僕の視線に気が付いたジェシカが、少しニコラスと距離を取ったのでホッとする。


 今後、ポロック商会がジェシカを訪ねて来る時は必ず僕も立ち会う事にしよう。


 ジェシカはこの車椅子の他にも「ドアチェーン」と言う物を作らせたらしい。


 これがあれば、見知らぬ訪問者にも安心して対応出来るようになるそうだ。


 そういう物を開発しなくてはいけないくらい、今までの暮らしは不安ばかりだったのだろう。


 その契約について聞かれた際、僕をチラリと見たので、モーガンに立ち会ってもらうようにとか教えてやる。


 それでもジェシカが不利益を被らないように、僕は出来るだけ口を挟んだ。


 車椅子に関しては少し改良する点があるらしい。


 車椅子が出来上がったら、ジェシカと一緒にお祖父様の散歩に行こう。


 また一つ、ジェシカとの楽しみが増えたと、喜び勇んで僕は応接室を後にした。

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