第15話 買い物
馬車に乗る際にもハミルトンは私に手を貸してくれた。
「ありがとうございます、お義兄様」
一応、お礼くらいは言っておいた方がいいだろう。
ハミルトンは相変わらず不機嫌そうな顔をしたままだ。
そんな顔をせずにもう少しにこやかな顔をしていればいいのにね。
最もそういう顔は私じゃなくて他のご令嬢に向けられるんだろうけどね。
私が馬車の座席に座るとハミルトンも乗り込んで来て、私の向かい側に座った。
「出してくれ」
ハミルトンが御者に声をかけると滑るように静かに馬車が走り出した。
馬車は公爵家の敷地の中を門に向かって走って行く。
向かいのハミルトンに視線をやると、相変わらずムスッとした顔で座っている。
そんなハミルトンは放っておいて私は外の景色を眺める事にした。
公爵家の門を出て住宅街を抜けると次第に商業地へと外の景色が変わっていった。
あらかじめ行き先は告げてあったようで、馬車はやがて一軒の店の前で停まった。
御者によって馬車の扉が開けられるとハミルトンが馬車を降りて私に手を差し出してくる。
その手に私の手をのせるとフワリと舞うように馬車から降ろされる。
連れて行かれた先は宝飾店だった。
扉を開けて店内に入るときらびやかな宝石が眩い光を放っている。
「これはこれは、ハミルトン様。ようこそいらっしゃいました。本日はどんな御用でしょうか?」
私達が入ってきたのを見てすかさず女性の店員が対応をしにやってくる。
ハミルトンはこの店とは馴染があるようだ。
「今日は妹の買い物に来た。ジェシカは何か欲しい物はあるのか?」
…流石は貴族ね。
取り繕うのが上手いわ。
先程までの私への態度は何処へやら、いかにも可愛がっているような印象を店員に与えている。
「左様でございますか。ジェシカ様、こちらにお座りくださいませ。ジェシカ様はどういった宝石がお好みですか?」
孤児院で育ってきたから装飾品なんて身に付けた事がないのに、いきなり言われても困ってしまう。
思わず隣に腰掛けたハミルトンを見ると、柔らかく微笑まれて思わずドキッとする。
…やだ、思わずときめいちゃったわ…
他人の目があるから仲良さそうにみせているだけだとわかっていても、本当に好かれているのかと勘違いしてしまう。
「どうした、ジェシカ? 自分の好きな物を言っていいんだぞ。…これなんか似合うんじゃないか?」
ハミルトンは店員が見繕ってきた装飾品の中からネックレスを取り上げて私に見せる。
所々にダイヤがあしらわれた可愛らしいネックレスだ。
ここは私も仲の良い兄妹に見られるように振る舞わないといけないだろう。
「お義兄様が選んでくださったのならこれにしますわ」
ニコリと微笑むとハミルトンはちょっと目を見開いたが、すぐに取ってつけたような笑顔になる。
…あらあら、ちゃんと演技をしないと店員に仲が悪い事がバレますよ…
その後もハミルトンはあれこれと装飾品を選んでは私に見せてくる。
流石に全てを買ってもらうわけにはいかないから、そのうちの半分はやんわりとお断りした。
それでも一体どのくらい散財したのだろうか?
恐ろしくてとても金額を聞く気にはなれない。
最初に見せてもらったネックレスを着けて帰る事にしたが、何故かハミルトンが私に着けてくれる事になった。
「お義兄様に着けていただくのは申し訳ないですわ」
どうにかして断ろうとしたが、「いいから向こうを向いてご覧」と押し切られた。
ハミルトンに背を向けて髪を束ねて避けると、留め具を留める際、ハミルトンの手が少し首筋に当たった。
男性にそんな所を触られた事がないので少しピクリと反応してしまう。
それなのにハミルトンは何も言わずにさっと手を離す。
きっと女性に触れる事には慣れているのね。あれだけカッコイイんだからモテるんでしょうね。
私が凄くドキドキしているのにハミルトンは何とも思っていないなんてちょっと悔しい。
「ジェシカ様、良くお似合いですわ」
女店員に褒められてまんざらでもない気になる。
「ありがとう、お義兄様」
「…ああ」
何故か素っ気なく返されてちょっと不満に思うなんて…。
宝飾店を出て馬車に向かって歩き出した所で、誰かが声をかけてきた。
「やあ、ハミルトンじゃないか。こんな所で会うなんて珍しいな」
その人物に目をやると明らかに貴族とわかるような男性だった。
私まだ、貴族の挨拶なんて出来ないんだけど、どうしよう…
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