第14話 外出

 翌朝、朝食のために食堂に入るとハミルトンが既に席に着いていた。


「おはようございます、ハミルトン様」


 いきなり「お兄様」と呼ぶと難癖を付けられそうだったので名前で呼んだのだけど、何故か冷たい視線を浴びせられた。


「お兄様と呼べ。名前で呼ばせていると知られたら変な噂をされかねないからな」


 そんなのは使用人が口を滑らせない限りは大丈夫だと思うのだけれど、反論すると後が怖いのでやめておく。


 それに昨日「公爵家の品位を落とすなよ」と釘を刺されているので、私は即座に言い直す。


「わかりました、お兄様」


 言われた通りにしたのに何故か余計にムスッとした顔をされたわ。


 結局何を言っても気に入らないみたいね。


 それ以上ハミルトンに関わるのはやめて私はさっさと自分の席に着いた。


 程なくしてパトリシアが食堂に入って来て私の前の席に座る。


「おはようございます、お義母様」


 昨日、パトリシアに言われた通りに呼びかけるとニコリと笑みを返された。


「おはよう、ジェシカ。よく眠れたかしら?」


「はい、大丈夫です」


 この世界に転生して初めてのフカフカのお布団に寝られて少し興奮して寝付けなかったのは内緒だ。


 パトリシアとそんなやり取りをしていると、ハミルトンが不愉快そうな顔を見せる。


 そんなに気に入らないのならば、さっさと食事を済ませて食堂から出ていけばいいのにね。


 それなのにハミルトンは私が食事を終えて食堂を出るまで席を立とうとはしなかった。


 食事中も気が付けばチラチラと私を見ているような気がしたけれど、気の所為じゃないわよね。

 

 ハミルトンの視線が気になって早々に食事を終えて食堂を出ると、何故かハミルトンまで一緒に出て来た。


「今日は何をする予定なんだ?」


 まさか話しかけられるとは思っていなかったので、ちょっとびっくりした。


「今日は特に予定はないので部屋で本を読んで過ごす予定です」


 そんなに睨みつけなくてもいいのに、どうして私に構うのかしら?


 向こうが立ち去らないのなら、こちらからさっさと部屋に戻るしかないわね。


 そう思ってペコリと頭を下げて行こうとすると慌てたような声が追いかけてくる。


「ジェシカはまだ王都の街に行った事はないんだろう。一人で行かせてボロを出されても困るから僕が連れて行ってやる。支度を済ませて玄関ホールまで来い」


 そう言い捨てると私を追い越して先に行ってしまった。


 私はしばらくポカンと立ち去るハミルトンの後ろ姿を眺めていたが、すぐにアンナを連れて自室に戻った。


 ハミルトンに言われた以上、準備をして玄関ホールに行かないと何を言われるかわかったものではない。


 別に王都の街を歩きたいわけではないが、ハミルトンに逆らって修道院送りにはされたくない。


 最もその前に本物のジェシカではないとバレてしまう可能性もないわけではないが…。


 私は自室に戻るとクローゼットの中から街歩きに適したドレスをアンナに選んでもらった。


 アンナは何故かウキウキとしながら私のドレスを選んで着替えを手伝ってくれた。


 ドレッサーの前に腰を下ろすと、髪を整えて軽く化粧を施される。


「まあ、ジェシカ様、お綺麗ですわ」


 アンナが鏡の中の私を見て嬉しそうな声をあげる。


 今まで化粧なんてしてこなかったから、こうして自分を飾れるのがとても嬉しい。


 準備を終えて玄関ホールに向かうと既にハミルトンが居て私を待っていた。


「お義兄様、お待たせいたしました」


 後ろから声をかけるとハミルトンはパッと振り向いて私を見ると、何故か眉間にシワを寄せる。


 …何か変な格好でもしているのかしら?


 そう思って自分の服をあちこち見直すけれど、おかしな所は見当たらない。


「何をしている、行くぞ」


 急いで顔を上げると、目の前にハミルトンの手があった。


 ん? と首を傾げると苛立ったような声が浴びせられる。


「何をしている、さっさと行くぞ!」


 どうやら私をエスコートしてくれるために手を差し出してくれていたようだ。


 私がそっとハミルトンの手に自分の手を重ねると、ハミルトンはさっさと玄関ホールから外に出る。


 そこには立派な二頭立ての馬車が待機していた。

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