第5話 事実
ムッとして彼を睨み返すと、彼はツカツカと階段を降りて私の前に立った。
ジェシカと同じ色の金髪碧眼で、見るからにジェシカと何かしら縁があるのは明白だが顔はあまり似ていない。
ここにいると言う事はこの家の親族の男性なのかしら?
彼は私を上から下までジロジロと眺めると吐き捨てるように言った。
「こいつが泥棒猫の娘か。こんな女と血が繋がっているなんて反吐が出る!」
な、何なの、この男!
あんな視線を向けてきただけでなく、言うに事欠いて『泥棒猫の娘』って何なのよ!
「私の両親は結婚を許されないから駆け落ちしたって聞いたわ。あなたに『泥棒猫の娘』なんて言われる筋合いはないわよ!」
思わず怒鳴り返すと、男は一瞬目をパチクリとさせたが、すぐにフンと鼻を鳴らした。
「駆け落ちか。都合のいい言葉だな。流石に自分の娘にも本当の事は言えなかったのか。せっかくだから本当の事を教えてやるよ。お前の父親は結婚して俺が生まれたにも関わらず『真実の愛を見つけた』と言ってお前の母親と出て行ったんだよ。持てるだけの金を詰め込んでね!」
あまりにも衝撃の事実に私はすぐには頭が追いつかなかった。
ジェシカのお父さんは結婚して子供が生まれていた?
それなのに奥さんと子供を捨ててジェシカのお母さんと駆け落ちをしたって事?
それじゃ、ジェシカは不倫の末に生まれた子供って事?
それならば今目の前にいるこの男はジェシカのお兄さん?
そこまで考えたところで、ようやく先程の男の視線に納得がいった。
…てか、ジェシカのお父さん…
自分の妻と子供がいるのにそれを捨てた挙げ句、お金が無くなったからって無心に家に帰ろうとするなんて、どんだけ厚顔無恥なのよ。
会った事もない人ながらあまりの言動に頭を抱えたくなった。
「ハミルトン様、どうやらジェシカ様は何も聞かされてなかったようです。ジェシカ様はこれまでご苦労なされたようですのでご容赦されてはいかがですか?」
私を案内しようとしてくれている男性が私とハミルトンの間に立った。
「モーガン、仕方がない。お前に免じて許してやる。ジェシカと言ったな。公爵家にいるからにはこの家の品位を落とすなよ。少しでも評判を落としたら即刻修道院に送ってやるからな!」
ハミルトンはそれだけ言い捨てると階段を上がって何処かへ行ってしまった。
モーガンはホッとため息をつくと私の方に向き直った。
「ジェシカ様、改めてご挨拶申し上げます。私はこのアシェトン家の執事をしております、モーガンと申します」
モーガンは私に向かって丁寧にお辞儀をすると、近くにいた侍女に向かって指示を出した。
「ジェシカ様にお風呂と着替えをお願いします。終わり次第、旦那様の所へお連れします」
「かしこまりました。さあ、ジェシカ様。お荷物をお預かりいたしますね」
侍女の一人が私が持っていた鞄を受け取ると、他の侍女に手渡した。
そして「こちらへどうぞ」と言って私の手を取って歩き出す。
「え、あ、あの…」
戸惑う私にニコリと笑いかけた侍女に半ば引っ張られるように私は歩き出した。
そんな私の後を数人の侍女が付き従うように歩いてくる。
思ってもみなかった展開に私の頭がついていかない。
こんなはずじゃなかったのに…
ただ、何処かの家に連れて行かれてその場でお祖父様に会って、ジェシカが亡くなった事を伝えて、ほんの少しの援助をしてもらうはずだったのに…。
私がジェシカではないと言い出す機会を失ってしまった。
このままジェシカのふりを続けても大丈夫なんだろうか?
今更人違いだと言ったら「公爵家を騙そうとした」と言って何処かの牢獄に閉じ込められてしまうんじゃないかしら。
私は真実を打ち明ける機会を失ったまま、侍女達に屋敷の奥へと連れて行かれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます