第十四話 『大きな陰謀の影』


 人々が朝食後の礼拝を終える頃の時間に、お父さまに呼び出され、執務室に来ていた。

 目の前の執務机に居るお父さまは近くに居る学者服に身を包む男性と話し続けている。


「それで、昨夜の王城全体に現れたオオカミは、ワイルドウルフと呼ばれる密林に居る筈の魔物だったと?」

「ええ、その通りです。本来は密林地帯に居る筈の魔物でございます」

「それが何故、王城の至る所に居たのだ?」


 お父様が学者服の男性に問うと、学者服の男性はカバンから資料を取り出し、お父さまに手渡した。

 学者服の男性はお父さまに言う。


「そちらの資料の通り、恐らくは王都から程近い森から徒歩で歩き、王都の門を堂々と通って王城内に侵入したと思われます」

「それは……」


 学者服の男性の説明を受けて驚くお父さま。

 正直、私も信じられない。

 昨夜に現れた、あのワイルドウルフというらしい大きなオオカミが、堂々と王都の門を抜けて、まっすぐ王城内に侵入したなんて、正直そんな馬鹿なって感じだ。

 それが本当なら、いったい王都の門番は何をしていたのって感じだし、更に言うなら王城の門番も何をしていたのだろうか。

 お父さまが学者服の男性に聞く。


「王都の門にも王城の門にも警備は居るだろう? そんな事が有り得るのか?」

「そのことに関しては、私は専門外なので何も言えません。ただ、我々魔法研究所は近衛騎士団や公安部の捜査には魔物学の知識の面で協力しております」

「……そうか」


 学者服の男性の答えに黙り込むお父さま。

 つまり、あの大きなオオカミが王都の入口から堂々と入り、王城の門を通って中に入ってきた事は証拠の段階で確定しているが、なぜそれが可能だったのかは今の段階では不明という事か。

 ほんと、ここの所、王城周りがすごくキナ臭くなってきた。


 横にいるドロシーを見る。

 相変わらずドロシーは、お父さまと学者服の男性の会話に一切ついていけてない様子で、ポケーっとアホ面をしている。

 顔の角度を見るに、どうせお父さまの執務机の上の天井のシミでも数えているに違いない。

 

 黙り込み、何かを考えているお父さま。

 そんなお父さまに、学者服の男性が言う。


「それより私個人としては、ワイルドウルフの侵入経路よりも、もっと気がかりな事が有ります」


 学者服の男性の言葉に、お父さまは意外そうな顔をする。

 お父さまは軽く指さしのジェスチャーをして言う。


「……言ってみろ」


 お父さまの催促に、学者服の男性はカバンの資料をまさぐり始めた。

 しばらくして、学者服の男性は一枚の資料を取り出す。

 手元の資料を少し確認してから、学者服の男性はお父さまに資料を手渡して言う。


「この資料をご覧ください。この資料は、王城周辺の魔力測定の結果です」

「ほう?」

「元々、シルフィーナ殿下が小動物に襲われた件について調べていた時に判明した事なのですが……」


 言い淀む学者服の男性。

 お父さまは、そんな学者服の男性に訝しんでいう。


「どうしたのだ?」


 お父さまの問いに、学者服の男性は意を決した様子で答えた。


「……国王陛下、これから言う事は突拍子もない事ですが、魔力測定の数値や各種の研究論文を精査した際に浮上した、一つの可能性…… として聞いてほしいのです」

「……分かった。言ってみろ」


 お父さまの言葉に、学者服の男性は暫くの沈黙の末、ゆっくりと、しかしハッキリと言う。


「王城周辺の魔力測定や様々な調査、それと各種の研究論文の精査の結果…… 魔方陣術式と同じ魔力変化を王城全体で観測しました」

「魔方陣術式とな?」

「はい、魔方陣術式です。召喚魔法や結界魔法を使用する際に使われる、あの魔方陣術式です」

「なるほど…… それが、どうかしたのか? 別に魔方陣術式は特別変わった術ではないだろう」


 学者服の男性に、お父さまは拍子抜けといった様子で言う。

 そんなお父さまの様子に学者服の男性は深刻そうな表情でお父さまに答えた。


「失礼ながら国王陛下…… 気が付きませんか? この異常さが」

「なに……?」


 学者服の男性の言葉に、お父さまは訝しんでいう。

 そんなお父さまに、学者服の男性は、お父さまに手渡した資料に指を下ろして説明を始める。


「全体的な数値を見てください。全て、王城より広範囲に魔力が影響しています」

「……そうだな」

「通常の魔方陣術式では、どれだけ強力な術式でも、せいぜい影響範囲は王城の中庭程度です」

「……なにが言いたい」


 もったいぶる学者服の男性に、お父さまは、そう言う。

 学者服の男性は、意を決した様子で答えた。


「端的に申しますと、この魔力の影響範囲と魔力異常…… 大規模広域魔方陣以外には考えられません」

「大規模…… 広域魔方陣……? なんだそれは」


 大規模広域魔方陣。

 いかにも名前から強そうな魔方陣だ。

 生憎、私もそんな魔方陣の名前、初めて聞いた。

 お父さまの疑問に答える様に、学者服の男性は言う。


「わかりやすい例を申し上げますと、五百年前に滅んだとされる『暗黒の輪の真理教』が無数の魔物を呼び出し街や村を襲撃させた術、と言えばわかりやすいかと」

「それは…… 本当か?」

「はい。更に申しますと、破壊の邪龍ネルガルヴァルシュトの召喚を行った方法も、恐らくは大規模広域魔方陣です」

「なんと……」


 お父さまは驚愕といった表情をしている。

 それもそうだ、私だって驚くよ。

 つまりは暗黒の輪の真理教が行ったと言われる悪逆非道の魔法を、このルナリア王国の王都で行おうとしている何者かが居ると言っているに他ならない。

 いったい誰が、そんな馬鹿な事を……

 と言いたい所だけど、生憎それは一つしか思いつかない。

 お父さまもウンザリした様子で頭を抱えながら言う。


「どう考えても『光の輪の真理教』共の仕業だな」


 お父さまは学者服の男性に聞く。


「で、何処に魔方陣があるかはわかるのか? やはり王城の中か?」

「おそらく王城の中にはありません。王都の複数の場所にある筈です」

「ほう……」

「王城を中心とし、それを囲むように複数の場所で魔方陣を起動し、その魔方陣の魔力をつないで王都全体で大きな魔方陣として発動する。それが大規模広域魔方陣です」


 学者服の男性の説明に、お父さまは感心した様子だ。

 にしても、王城に魔方陣があるわけではないのか。

 中庭の小動物に襲われたから、てっきりその魔方陣は王城の中にあると思ったけど、そんな単純な話では無いらしい。

 感心した様子のお父さまが、学者服の男性に聞く。


「そこまで分かっているなら、対策方法も知っている筈だ。魔法研究所としては、どんな素材や機材がいるのだ?」

「いいえ、我々魔法研究所には出番はありません。これを止めるにふさわしいのは騎士団や国軍でしょう」

「どういう事だ?」

「大規模広域魔方陣を別の魔方陣で妨害しても、更に対策されるだけです」


 学者服の男性はそう言うと、一呼吸おいて具体的な対策法を続けた。


「必要な事は単純明快で、大規模広域魔方陣を形成する魔方陣がある建物を通常兵力で制圧し、そこで従事している術者を無力化し、魔方陣を破壊する。大規模広域魔方陣の対策は、いつの時代もこれしかありません」


 学者服の男性の説明を聞き終え、考え込むお父さま。

 にしても、魔方陣と来たから魔法使いが魔法で妨害するのかと思いきや、まさかの解決策が武力行使。

 確かに今思い出しても、転生前の世界でも国際的なハッカーを取り締まるのは、いつだって銃器で武装した特殊部隊による拠点突入だったが、つまるところ、そういう事なのだろう。

 なんともアナログな解決方法な事だ。


 しばらく考え込んでいたお父さまだったが、手元のベルを鳴らして使用人を呼ぶ。

 やってきた執事服の使用人に、お父さまは言う。


「至急、軍務大臣を呼んでくれ。緊急の用件だと言ってな」

「かしこまりました」


 お父さまの用件に執事服の使用人は答え、一礼して執務室を去っていく。

 にしても、大変な事になった。

 このルナリア王国の王都で、何者かが陰謀を行っている。

 その大規模広域魔方陣はどんな効果を発揮するのか知らないが、きっとろくでもない事だけは想像にたやすい。

 ほんと暗黒の輪の真理教の系列なだけあって、やる事が最悪だ。

 何が光の輪だよ。

 やっている事はまったくもって真っ黒じゃないか。

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