第十七話 『反省の反省の猛反省』


 王宮区画の会議室で、目の前に座るローガン皇帝陛下と執政のラルドに頭を下げる。


「護衛配属の早々、申し訳ございません……」


 先程の騒ぎを聞きつけたローガン皇帝とラルドは即座に会議室に私を呼び出した。

 憎き父親を前に冷静さを欠いた、この失態。

 もし、あの場で父親を手にかけていたら、さらに事が大きくなっていただろう。

 ラルドの話によれば、あの場には複数の貴族や文官が居たらしく、大体の事の流れは二人も知っているとの事だ。

 にしても、盛大にやらかした。

 二人の顔も厳しい。

 ローガン皇帝が、その碧眼の瞳で私を睨み、口を開く。


「まったくだ。確かに酌量の余地はあるが、怒りに我を失うなど、これから護衛を受ける身としては、あってはならぬ事だ」

「その通りでございます……」


 ど正論な言葉に、何も言う事もない。

 確かに私は父親が憎い。

 ただ、だからといって王城内で暴力沙汰を起こして良い筈が無いし、何より憎いからと殺していい筈もない。

 憎いから殺しました、が通用するなら、それはもう社会の秩序など要らない事になる。

 私は只のクラスノヤ帝国の公爵令嬢だ。

 殺人を法律が縛るなら、私はそれに従う義務がある。

 全く、只々猛省するばかりだ。

 どこか安心した様子のラルドがローガン皇帝に言う。


「リフレシア公の他に怪我人が居なかったのが今回の幸いですね」

「ああ、他に怪我人が居れば、更に事が複雑になっていただろう。死人が出ていないのも幸いだ」

「そうですね。リフレシア公が死んでいたら、いったい今頃どうなっていた事やら」


 ローガン皇帝は溜息交じりに私に言う。


「この一件で、君の護衛任務に対する適正を疑う声が出ている」

「はい……」

「しかし、ワシがもう公に宣言してしまった上に、他に適任の貴族も居ないのも事実だ」

「……はい」

「これ以上問題は起こさないでくれたまえ」


 本当に、申し訳ない。

 四メートル程の身長になってから、私の身の回りの世界は小さく見えている。

 周りが小さい世界で、自分の気が少し…… いや、だいぶ大きくなっていた。

 反省の反省。

 猛反省である。


「本当に申し訳ございませんでした……」


 今はただ、謝罪の言葉しか出てこない。



○○



 王宮区画の私の自室に戻り、動きやすい服に着替える。

 これからは王子二人の護衛としての生活。

 動きやすいカジュアルな服じゃないと困るだろう。 

 脚立に乗り、Tポーズをとる私を着せ替える私の専属メイド達。

 しばらくすると着せ替えが終わり、脚立に上った一人のメイドが姿見を私に掲げてくる。

 姿見には長そでの白いシャツに、黒色の膝丈のスカート、襟には黒いリボンが付いている、桃色ウェーブのロングヘアの桃色の瞳の美少女。

 私が頷くと、メイド達はテキパキと脚立を片付け、去っていった。

 

 自室を出て、目的の場所に行く。

 王宮区画の更に上、私の仕事場となる皇族区画だ。

 騎士が左右で守る観音扉の前で、先程の女騎士が待っていた。

 女騎士は私を見上げて姿勢を正し、胸に手を当て礼をする。 


「私が騎士団団長、ルーシアです、よろしく。」

「メルナ・リフレシアです。先ほどの騒動、すみませんでした……」


 謝る私に、ほっとした様子でルーシアは言う。


「謝罪ができる方でよかったです」

「誠に申し訳ありません……」

「以後、あのような事は無いようにお願いしますね」

「はい……」


 平謝りしかない。

 全く、いろんな人に迷惑をかけてしまった。

 頭を下げる私に、ルーシアは言う。


「謝罪もいいですが、反省は今後の態度で示してくださいね」

「……はい。わかりました」

「よろしい」


 ルーシアはそう言うと後ろの観音扉を見た。


「ここから先が、私と貴女の仕事場です。皇族区画では立ち振る舞いには気を付けてくださいね」

「わかりました」

「私も皇族区画を警護する同じ仕事仲間ですが、基本的には貴女が護衛する時間が多い筈です。私は騎士団の団長としての仕事もあるので、王子二人に付き添える護衛は、基本的に貴女に委ねられます。いいですね?」

「はい」


 私の返事に満足そうに頷き、ルーシアは後ろで観音扉を警護する騎士に手信号を出した。

 左右の騎士が観音扉を開ける。

 見えるのは綺麗な装飾の廊下だ。

 ルーシアは親指を立てて中を指さした。


「さあ、仕事の時間です。行きましょう」


 そう言ってルーシアは中に入っていく。

 私も、それに続いて腰を低くして扉を潜る。

 中は豪華絢爛の装飾が施された壁紙で埋め尽くされていた。

 前を先導するルーシアを蹴り飛ばさない様に、慎重に距離を保つ。

 ここで問題を起こしてしまったら、もう後がない。

 いろいろな周囲に気を配り、針の穴を通すような感覚で歩く。

 しばらく歩くとリビングらしき部屋に来た。

 中央に皇族用のソファとテーブルがある。

 ルーシアが部屋の隅にある椅子を指さす。


「護衛の席はあれです。どの部屋にも必ず一つ同じ椅子があるので、護衛対象の近くでアレに座ってください」

「わかりました」


 私の返事に頷き「よろしい」と答えるルーシア。

 そうこうしている内に、廊下側の扉が開いた。

 開いた扉の奥に立っていたのはローガン皇帝で、廊下の奥で手招きしている。

 これから護衛対象との顔合わせだ。

 最初に入ってきた王子は金髪碧眼のイケメンの少年で、見知った顔だった。


「ひぃ! な、なんで此処にお前がいるんだ!? てか、デカすぎない!?」


 久しぶりに会うなり私を怖がるロナウド王子。

 そんな彼に私は腹に両手を当ててお辞儀をする。


「お久しぶりです、ロナウド殿下。今日から皇族区画の護衛を任されました」

「ご、護衛ってお前なのかよ!? うそだろ!?」


 そう言って驚きを隠せないロナウドは、じりじりと、にじりよるかの様にリビングに入ってくる。

 うーん、あんな事をした彼に言うのもなんだけど、あまりにも警戒しすぎでは?

 そうして彼はゆっくりソファーに座った。

 

 しばらくすると、もう一人、眼鏡をかけた金髪碧眼の少年が本を読みながら入ってきた。

 入り口で本から顔を上げ、私を見る。

 驚く表情を作り、呆然と立ちつくしたかと思えば、手に持った本を落とした。

 床に本が落ちる音が響き、その音で少年はハッとする。

 落ちた本を拾って、そそくさとロナウド王子の横に座った。

 ……ってことは、あの少年が第二王子のドナルド王子か。

 二人の王子がソファーに座ったのを見て、ローガン皇帝が中に入ってくる。

 ローガン皇帝が二人の横に立ち、私に言う。 


「メルナ嬢、紹介しよう。この二人が息子のロナウドと、ドナルドだ。よろしくしてやってくれ」


 皇帝がそう言うと、ロナウド王子が立つ。

 

「ひ、久しぶりだね、メルナ。知っての通り、ロナウド・ローガン・クラスノヤさ」

「ええ、護衛に選ばれたメルナ・リフレシアです。よろしくお願いしますね。ロナウド王子」

「ご、護衛…… そうだね、メルナは確かに強いもんね……」


 そう言ってソファーに座ったロナウド王子。

 次に立ったのは眼鏡をかけた方の王子だ。


「第二王子のドナルド・ローガン・クラスノヤだ、可憐な令嬢と聞いていたが、まるで巨人のようじゃないか」

「護衛のメルナ・リフレシアです。スキルの代償で、この様な身長になってしまったのです。腕っぷしなら誰にも負けませんよ」

「ふーん、確かに強そうだ」


 私の挨拶に、そう返すドナルド王子。

 ドナルド王子はソファーに座り、持っていた本を開いて読書に耽り始めた。

 そんな態度のドナルド王子を見て、ローガン皇帝は溜息をつく。


「まあ、ドナルドはこんな感じの奴だ。二人の護衛、頼むぞメルナ嬢」


 ローガン皇帝の言葉に、私は頷いた。


「誠心誠意、頑張らせていただきます」


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