第十五話 『皇帝を見下ろす公爵令嬢』


 王城の上層階、王宮区画の一室で、私はゼレノガルスクから一緒にきた専属のメイド達に着せ替えられていた。

 まるで前世のゲームキャラクターのゲームエンジン上での初期姿勢の様に無心でTポーズをとる私。

 私の専属メイド達は四メートルもある私を着せ替える為、脚立に上って仕事をしている。

 そんな四メートルもある巨人令嬢に対する仕立てという、その異様な光景を一目見ようと王宮区画の使用人達が部屋に押し寄せ、この私に宛がわれた部屋には沢山の人でごった返していた。


 私の専属メイドの一人が、私の前で大きなキャリーケースを開ける。

 中から出てきたのは、私専用に作られた金の刺繍が目立つ黒い奇抜なドレス一着だけ。

 この四メートルもある私の身長に合わせて作られたドレスの為、たった一着入るだけで大きなキャリーケースが一箱丸々だった。

 私の専属メイドは、その大きなドレスを持って脚立に立ち、私に見せる。

 そのドレスの大きさに、私の仕立てを見ていた王宮区画の使用人達は驚きの声を上げた。


「すっご…… 大っきい……」

「大きさも派手さも凄いです……」

「重さはどれ程かしら……」


 周りで見物する王宮区画の使用人達から、そんな言葉が飛んでくる。

 淑女の着替えとあって、一応ここには女性しかいないと言えど、こうも見られたら全くもってこっぱずかしい。

 全くもって恥ずかしい程の環境で、更に恥ずかしくなりそうな程に目立つドレスを着なきゃいけない。

 これも全部、皇帝陛下への謁見の為だ。

 つい先ほどに皇帝陛下と話はしたが、今から行われるのは他の貴族と交える公式的な場所での謁見だった。

 そこで私は護衛を引き受ける趣旨の発言をしなければならない。

 即興で、それっぽい言葉が浮かぶかなぁ。

 まあ頑張るか。


 そうこうしている内に私の専属メイド達はドレスを私に仕立てていく。

 私の専属メイド達の脚立を使って私を仕立てる曲芸にも似た手際の良さに、周りで見物していた王宮区画の使用人達から歓声と驚きの声が上がる。

 そんな半分見世物の様な仕立ては無心でマネキンに徹していると、気が付くと終わっていた。

 私の専属メイドの一人が通常サイズの姿見を担ぎ、脚立に上って私の前に掲げる。

 そこに映っていたのは金の刺繍が目立ち、胸元が大きく開いて谷間が目立ち、腰のラインを強調するコルセットが巻かれ、フリルが重なり床まで広がる大きなスカートの、それはそれは派手でセクシーな黒色のドレスを着た、いつもの見慣れた桃色ウェーブのロングヘアで桃色の瞳をした美少女。

 頭には大きな赤いバラの髪飾りを付けている。


 一目で見た印象だが…… なんだか映画のヴィランの様な、とにかく凄い威圧感だ。

 これはゼレノガルスクで唯一のドレス屋を営む店主が献上してきたドレスで、その店主が私の偉大さを表現しただとか、よくわからない事を言っていたのを覚えている。

 まったく、こんな威圧感たっぷりの姿で大丈夫なんだろうか。

 私としては平穏でスローライフの様な生活がしたいのだけど……

 王宮区画の使用人達が私を見ながら無言で顔を強張らせている中、私の専属メイド達はどこか誇らしげだ。

 正直不安しかない。



○○



 この謁見の間の玉座に座るワシの元にも、周りの諸侯の噂話が届いてくる。

 あの美しくも心優しいメルナ嬢がドラゴンを倒したと、その話で貴族社会では持ちきりだ。

 ワシもメルナ嬢本人に会うまで信じられなかったものだ。

 右奥の男爵家の当主と会話をしているのは伯爵家の者か。


「そなたは聞いたか。あのメルナ嬢がレッドドラゴンを倒したとの事だ」

「ああ、なんでもスキルで倒したそうだ。メルナ嬢のスキルは巨大化といった筈だが、そなたは何か聞いているか」

「ああ、私は聞いているぞ。なんでも山の様な巨人になって初級魔法で倒したそうだ」

「初級魔法でですと?そんなことが……」


 その右隣では別の伯爵家達が会話している。

 メルナ嬢の容姿の噂話のようだ。


「そちは聞いたか? メルナ嬢はスキルの代償で姿が変わったと聞いたぞ」

「俺も聞いた。だが姿じゃなくて身長が変わったと聞いた。」

「身長が?どれ程だ」

「さあな、ただ今は成人男性より高いと聞いた」

「成人男性より高身長な令嬢なんて聞いたことないぞ」


 他の皆も似たような会話をしている。

 この諸侯達、実際のメルナ嬢の姿を見たら腰を抜かすのではないか?

 横にいる執政のラルドが小さく言ってくる。


「皆さん噂好きですね」

「それはそうだ。可憐なご令嬢がドラゴンの討伐などという、大層な偉業を成し遂げた訳だからな」

「新たな英雄譚の誕生です」


 まったく、ラルドは相変わらずだな。

 この執政のラルドは冒険譚や英雄譚が好きな事は皆が周知の事実だが、メルナ嬢の話となれば童心に帰った様な瞳になる。

 今やメルナ嬢は生きる伝説と言える偉業を成し遂げたのだ。

 このラルドが夢中になるのも無理はない。

 まあ、そういった話が好きなのは結構だが、本を執務室に持ってくる癖だけは何とかしてほしい。


 しばらくすると、謁見の間の扉が重く開いた。

 奥から大きなメルナ嬢が腰を屈め、穴を潜るように入ってくる。

 その姿に、皆が言葉を失っていた。

 まあ、当然だろう。

 まさか、あれほどまで大きな姿だとは思わなかっただろうからな。

 いや、それだけじゃない。

 あの衣装、なんと優雅で高貴、それでいて絶対的な存在感。

 メルナ嬢の威圧感ある身長と合わさり、まるで御伽噺から飛び出した絶世の美貌を持った悪女の様ではないか。

 

 メルナ嬢は驚く周りの諸侯など気にも留めぬといったいでたちで、ワシの元に歩いてくる。

 ワシの数歩前に立ち、その圧倒的な体格で見下ろしてくる。

 威圧的な雰囲気に気押されそうだ。

 しばらくワシを見下ろしていたメルナ嬢は、スカートの端を持って優雅にお辞儀した。

 その大きな上半身がワシに迫る様だ。

 

「メルナ・リフレシア。参上いたしました」


 そう言って頭を上げるメルナ嬢。

 お辞儀を終えると、その圧倒的な体格で再度ワシを見下ろす。

 この国の儀礼としては正しい立ち位置と立ち振る舞いだが、これほどまで大きいメルナ嬢ではワシの心臓が持たんな。

 しかし、儀礼は儀礼だ。

 メルナ嬢は確かに我らがクラスノヤ帝国式の儀礼を果たした。

 今度はワシの儀礼の番じゃな。

 ワシを見下ろしているメルナ嬢に言う。


「うむ、ご苦労。招集の要件は聞いておるな」


 そう言うと、メルナ嬢は再度、優雅にお辞儀をした。

 それを見て、話を続ける。


「一応、ワシからも説明しておこう。この国では現在、二人の王子が皇位継承権を争っている。双方、暴力は控えるよう言っておるが、過熱したら何が起こるかわからん。そこで、メルナ嬢。そなたには王子二人の近くで身辺の警護を頼みたい」

「存じております」


 ワシの言葉に、答えるメルナ嬢。

 その言葉にメルナ嬢に頷く。

 そして、最後の儀礼の言葉をかける。


「警護の話、頼めるか?」

「謹んでお受けいたします」


 ワシの問いに、メルナ嬢はスカートを持ち、大きく頭を下げてお辞儀し答えた。

 

「よろしい。王子二人の警護の件、しかと頼む」


 ワシの言葉を聞き、メルナ嬢は一歩下がる。

 その大きな歩幅を見せつけるかの様だ。

 メルナ嬢は再度ワシにお辞儀をして、この謁見の間から去っていった。

 

「……はぁっ!」


 迫りくる様なメルナ嬢の圧から解放され、つい息が出てしまった。

 横に立つラルドに手で合図を送る。

 ワシの合図を見たラルドは声を荒げた。


「これにてメルナ嬢の謁見は終了だ! 皆速やかに謁見の間から退出するように!」


 ラルドの言葉に、諸侯の皆が思い思いの会話をしながら去っていく。

 そしてしばらくすると、謁見の間はワシとラルドだげになった。

 ラルドから声がかかる。


「おつかれさまでした」

「ああ……」

「なんというか、凄い迫力でしたね」

「全くだ。自分を保つだけで精一杯だった」


 そんなことをラルドと言い合う。

 メルナ嬢。

 なんともまぁ…… すごいな。



――――【あとがき】――――


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