星の王女と月の姫 王女だけど王子なのでなぞかけで恋の相手を捕まえます!

花潜もぐら

プロローグ なぞかけあそび

「なぞかけをしよう」


 アストライアがすっぽりかぶっているコートの上から、アークトゥルスが優しく言った。


「でこぼこ道をとっても揺れる馬車が走っているとき、穴から兎が跳びだして駆けっこ勝負をはじめたんだって。どっちが勝ったと思う?」


 ずっと拗ねて口をつぐんでいたかったが、答えられないのもしゃくだったので、

「……うさぎさん」

「どうして?」

「でこぼこ道をぴょんぴょんとびこえるから」

「はずれ」

「どうして?」

 コートの袷から目だけ出すと、アークトゥルスの顔がすぐ目の前にあった。


 青空を溶かしたような髪と、淡い銀の瞳。

 まるで鏡を見ているくらいにそっくりな顔立ちだけれど、アークトゥルスはアストライアよりも一つ年上の男の子で――賢い兄だ。


「だって穴兎はでこぼこ道の穴を見つけるたびにもぐりたくてたまらなくなって、ちっとも前に進めなかったんだもの。だから馬車が勝ったんだよ」

「なあんだ」

「アストライアもうさぎさんみたいだね」


 からかうように額をつつかれ、アストライアは思いきってコートを脱いだ……実は少しばかり息苦しくなっていたのだ。

 すぐに髪の軽さに気づいてまた泣きそうになったけれど、


「ぼくとお揃いだよ」


 頭を撫でてもらい、ちょっとだけ笑う――流行病で荒れた都から逃れるためには男の子の振りをするほうが安全だからと、腰の長さまであった髪を切られたのは出発直前だった。

 また馬車が大きく跳ねる。天蓋を打ちならず雨音が強くなった。


「雨、やまないね……」

 窓枠につるした病魔除けのニガヨモギの束を見あげ、アークトゥルスが息をついた。

「おとうさまとおかあさまはご無事かしら」

 二人の両親は、カンバーランドの王と王妃だ。

 子供たちだけを逃がし、民を守るために王宮に残った父母を思うと兄の顔も曇る。

 ポケットのなかのものを握りしめるアークトゥルスに、アストライアがぺたりとくっついた。

「おにいさま、だいじょうぶよ。アストライアがそばにいるからね」


 アークトゥルスは笑った。

「どうしてぼくの心配をするの。ぼくはこわがっていないし、泣いていないのに」

「だってわたしたち、二人でがんばるようにっておとうさまとおかあさまがおっしゃったもの」

「……そうだね」

 アークトゥルスは手をもたげて妹と頬をくっつけあった。切られたばかりの髪の先はざらざらしている。


 目指しているのは、山を越えた領地だ。街道は都から逃げる人で埋めつくされているため、あえて崖の道を進んでいる。

 窓格子に風が吹きつける。

 女の悲鳴のような隙間風の音が沈黙のなか響いていたが、アストライアが急にぱっと顔をあげた。

「おにいさま、なぞかけを思いついたわ。おとうさまとおかあさまとおにいさまとアストライアがいました。みんなをいっぺんに呼んだら、いちばんおくれて返事をするのはだれかしら」

「……アストライア、かな」

「あたり! すごいわ、どうして?」

「アストライアはのんびりやだから」

 アストライアはぷうっとむくれた。

「ちーがーうーの。おとうさまとおかあさまとおにいさまは五文字だけど、アストライアは六文字だからいっぺんに呼ばれると一文字ぶんおくれちゃうのよ」

 得意げな妹の顔を閃光が照らした。

 瞳孔がすぼまる。

 直後、怒涛の雷鳴に子供たちは悲鳴をあげて抱きあった。

 馬が嘶き、車体が傾ぐ。御者がなにごとか叫んでいる。

 山側の窓に土くれがぶつかり、茶色いしぶきが頬を打った――崖が崩れたのか。

「おにいさま……っ」

 泥に流される。

 アストライアが泣かないように、守ってあげるようにと父王に言われていた。

 アークトゥルスは両手で妹を抱きかかえると、自らを映す鏡のような妹の白い顔に笑いかけた。


「なぞかけをしよう、アストライア――きみとぼくでは、どちらが強いかな?」

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