名古屋観光
松原凛
名古屋観光
日曜日に東京から友達が来る。SNSで仲良くなったゲーム仲間で一度も名古屋に来たことがないという。名古屋を観光したいから案内してくれと友達は言った。
僕は困った。名古屋を観光地として捉えたことがなかった。だって何もないじゃないか。
思いつくかぎり名古屋の観光スポットらしきものを頭に浮かべてみる。名古屋城、名古屋港水族館、東山動植物園、熱田神宮、名古屋市科学館、御園座……食べ物はどうだろう。ひつまぶし、味噌カツ、味噌煮込みうどん、手羽先、きしめん、天むす……あれこれ考えながら床に就いた。
おかしなことが起こりはじめたのはそれからだった。
朝、起きて居間に行くと、父がシャオロンになっていた。母はパオロンだった。僕は悲鳴をあげて自室に逃げ込み、服を着替えて外に出た。
大学の校舎に金のシャチホコが乗っていた。うちの大学はいつから名古屋城になったんだ? 教科書はすべて名古屋のガイドブックになっていた。筆箱は味噌カツだった。学食でカレーを注文したら味噌煮込みうどんがでてきた。僕は大学を飛び出して街を彷徨い歩いた。名古屋城の屋根には巨大なエビフライが二つ乗っていた。名古屋港水族館ではゴリラが泳いでいた。僕はわけがわからず地下鉄に乗ってぐるぐると名古屋を周遊した。
テレビでシャオロンとパオロンがコロナになって休養中と言っていた。姿が見えないのは当然だった。やつらはうちにいるのだから。僕はやけにキラキラした目をした水色とピンク色の得体の知れないそいつらが怖くなってきた。父と母はどこに行ってしまったのだろう。
友達からメッセージが届いた。明日何時に待ち合わせするー? もうプランどころではなかった。僕は布団の中でぶるぶる震えながら土曜日を過ごした。
そして日曜日になった。朝起きると父と母は元の父と母に戻っていた。僕はほっとして友達にメッセージを返した。十一時に名古屋駅で。
金時計の前で合流して挨拶をする。少し緊張した。通話は何度もしていたが実際に会うのは初めてだ。友達は通話のときと同じで気さくで話しやすかった。
駅前にあるひつまぶし専門店に入った。しかしこの選択は間違いだったかもしれない。僕は生まれも育ちも名古屋だがひつまぶしを一度も食べたことがない。テレビや写真で見たことはあるしネットで調べもしたけれど、正直言ってよくわからなかった。
料理が運ばれてきた。丼のふたを開けると湯気が立ち上り、中には照りのあるうなぎが並んでいる。つぼのようなものに謎の液体が入っている。
はたと考える。
これは本当にひつまぶしなのだろうか。
確信が持てないまま僕はそれに手を伸ばした。
名古屋観光 松原凛 @tomopopn
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