第2話 マヨイガ
微風にそよぐ花の下、桜の大樹にもたれかかったまま、
桜の花が舞い散り、雪のように
そうしているうちに--時空が、ズレこんだ。
そんな馬鹿な事があるだろうか。
だが、本当に、桜の大樹だけは変わらぬままに、
はらはらとしどけなく舞い散る桜の下で。
時空を越え、異界と呼ばれる次元に滑り落ちても、
桜の大樹に抱かれて。
そこは全く見知らぬ森の中にある、広大な庭を供えた壮麗な屋敷の一角であったが、桜の大樹は学校の近所の公園のものと寸分たがわぬまま、雨のように花弁を降らすままだった。
その大樹の根元に眠りこけている
その名を、
それは、屋敷の主人がつけた通称であり、元の名前が何であったか、本人以外知らないと言われている。
忍びである彼は、屋敷を森や周辺の外敵から守る役割を持っている。そのため、定期的に屋敷全体の巡回をするのが彼の日常であった。
その日も、うららかな光の降り注ぐ午後、庭を何気なく歩いていて、気配を察知し、桜の大樹のそばに向かったのだ。
「……」
そして、そこに、気持ちよさそうな寝息を立てながら、寝転がっている少年を発見した。
黒髪。
浅黒い皮膚。
黒いブレザーの制服。
何の変哲も無い、十代の少年に見えた。
だが、
血色のいい健康そうな顔立ち。その頬が、日の光を受けて、うっすらと白い痕を見せている。
(傷痕……?)
「ん……?」
「……なん、だ?」
少年は、自分を身近から見下ろし、観察している和装の男に尋ねた。
「誰だ、あんた」
「俺が聞きたい」
「お前は誰だ。何故ここにいる?」
そう言われて、少年--
それから
唖然としているのが、
そこには、巨大なそびえ立つ城と言っていいほどの洋館があり、その前に、延々と季節の花々が咲き乱れ、整備された菜園のある庭が広がり、その向こうには、迷いの森と呼ばれる脱出不可能の暗雲のように垂れ込める森がある。
その光景を、どうやら少年は見た事がなかったらしい。
ぽかんと口を開けて、館と、庭と、その向こうの森を見比べている。
「ここは、どこだ?」
「メレウト」
「メレ……何?」
「お前はどこから来た?」
口ごもっている少年に、
「どこって……公園」
「公園?」
すると、
「眠っていただけなんだ」
自分でも信じられないように、呆然として力の抜けた口調で、
「異邦人か」
さらに言った。
「またか……」
「異邦人って、俺のことか?」
すると、
「お前は、日本から来たと言ったが、ここは日本であって日本ではない」
「……何?」
「ここはどこの国にも属さない。反対に言えば、どこの国でもある。地球上のどこにも属さないし、地球のどこにでもあると言える、そんな場所だ。そしてこの時空は、本来は閉じられている」
「…………電波?」
思わず
「電波、とはどういう意味かわからんが。お前はそういう、異常な異次元の中に紛れ込んでしまったんだ。もう、元の世界に帰られないと思え」
「元の世界に帰られない……?」
それから、館を見て、庭を見て、空を見上げた。
抜けるように青い空には、雲がいくつかフワフワと、風にながれて揺らめいていた。
「…………」
公園にあった桜の木。
間違いなく、その桜の木である。
見間違いとは、思えない。
だが、その桜の木の周りの風景が違う。……というよりも、情景が違う。環境が違う。
一体何があったのか、わからない。
自分が眠っている間に拉致されたのなら、話はまだわかるが。何故、どっしりと地面に根を下ろした桜の木が、そこにあるのか。
「なんだ、これは……」
何度目かに呆然として、
「だから言っただろう。お前は異邦人だと」
「異邦人……?」
それをそのままの意味に受け取れば、自分は、「ここ」では外国の人間という事になる。
「ここは、どこだ!?」
今更のように、
「だから、言っただろう」
「ここは、日本であり、日本ではない、異界だ。あえていうなら、マヨイガ」
「マヨイガ……?」
何がなんだかわからない。聞いた事のない単語を聞いて、
そのまま、続けて、
「来てしまった者は仕方が無い。Ladyに会わせてやろう。くれぐれも無礼のないようにしろ」
そう言って、
「??」
「何をしている。着いてこい」
「着いてこいって、あんた、なんなんだよ!」
訳がわからなくて、
「ここがどこだか知りたくないのか?」
それから、言った。
「そこにいても、メシは出ないぞ」
「…………」
どうしようもなくて、
メシのことはどうでもいいが、元の公園に帰らなくてはならない。元いた公園の位置がわからないのだから、その場所を聞きに、館の中に入っていったのだった。
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