端から終わりまで

デイジーお味噌汁

第一話

 ハナは自分が一番 、深く物事を考えていると思っていた。志は高く、思慮深く、理想はどこまでも高く。人に見られていることを意識すると言葉や行動の端まで気を配ることができた。

教室の机に座っている時でも、他人の視線が注がれていないとかは関係なしに伸びた背筋。柔らかく伸び伸びとした字がノートを埋める。よく綺麗だねと言われる。字が綺麗なのって良いことなのかよく分からない。悪いことではない気がするんだけど、良いことでもない気がした。高三ゼロ学期という面白くない名前のついた時期である今、ちょうど花粉でぼやけてこの先のビジョンが霞む。志望校のレベルを下げるなんてのはプライドに傷が付くからしない。生真面目な性格で授業中に内職をしている奴を見て内心馬鹿にしている。本当に頭のいい人は内職なんてせずに授業内で完結するんだよ、と性格の悪い自分が捨て台詞を放ってすごすごと心の奥底に戻る。

「この部分、どうして筆者はこう思ったのか考えて周りの人と話し合ってみて」

担任の間延びした声が響く。現代文って必要かな、と得点源の教科の悪口を叩く。周りの人を見回すとお互いの視線が交錯した。タイミングを見計らう顔がこっちを向く。

「やろうぜ」

隣の奴が立って机を動かす。だらしない学ランの襟元に純白から遠のいた色のワイシャツ、決して清潔感が無いわけではない。別段楽しいことがあったわけでもないくせに浮かんでいる笑顔。なんだか眩しいほどのエネルギーとオーラにこっちが疲れるぐらいだ。

「ハナがいれば楽勝じゃん」

根拠のない自信を勝手に持たれた。まだ一言も言葉を発していないし、一緒にやることを承諾もしていないのに。

「人任せにしないで自分でも一回考えてよ」

なんて偉い口が聞けるのはいつも現代文のグループが一緒で仲良くなったから。面倒くさ、と言いながら机をくっつけてくる。

「教科書見せて」

「そこにあるのに?」

「開くの、めんどい」

全てが面倒な年頃らしく、私の既に該当ページを開いている教科書を覗き込んでくる。彼の机の上には用無しになった教科書が寂しく佇んでいた。両親に買ってもらった教科書なのに。

「これ、なんて読むの?」

「かすか」

「すげえ、天才じゃん」

たったこれ如きで、と呆れる。彼、名前はサイゴと言うが、サイゴはどっかりと足を広げて椅子に座って他人の教科書を独り占めしていた。こういう奴が、一番嫌いなのだ。何も考えていない、常に上機嫌で、何もないのに楽しそうな姿を見るとイライラする。サイゴもそう、楽天的で短絡的な考えがバシッとストレートに偶発的にたまに刺さってくるのが苦手で毛嫌いしていた。

もう既に私の中での答えは出ていて、サイゴが自分で考える時間を設けている間に教室の窓から外を見やる。春らしい風に目を細める。上履きで刻んだリズムにスネアの音を足してみると、ハットは加速していく。

「結局さ、これってループしてるってことじゃない?」

サイゴは徐に口を開いた。そして私が先生の話を聞かずに捻出した時間で考えて導き出した答えを今、この私がビートに乗っていた時間で。

「歴史も流行もリバイブするってことでしょ」

リバイブという単語を口にできたのが余程嬉しかったのか綻んだドヤ顔を向けられる。

「私もそう思ったけど、どうだろう」

私と同じ意見であることを確認すると、途端にサイゴは満足げな顔でシャープペンシルを回し始めた。本質を突くのがカッコいいと思っている顔もムカつく。器用にペン回しをしている。回せない私はノック式のボールペンを無駄にカチカチ言わせる。

嫌いとか気に食わないの感情には必ず裏があって、その裏は必ずプラスな面だと思っている。私はきっとサイゴのことが羨ましいから嫌いなのだ。こんなに気を配って周りを見て動いているのに人気者でも何でもない私とは対照的な、何も考えずにバカなことを言ってニコニコしている彼は元から期待値も低くて同じレベルの人も多いから人気者でムードメーカーだ。そう気づいてからは更に嫌いになった。



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