第25話 思いは英雄に託された
画面に映ったのは、トビを始めとする不良グループだ。誰かの体を床に押さえつけている。
そして――もう1人。アーチボルトの姿が映っていた。
「おい、こら、暴れるんじゃねえ!」
「先生、本当にこれ手伝ったら、俺たちのこと見逃してくれるんですかー?」
「ああ。知り合いにこういう写真を高値で買ってくれる者がいてね。この見た目なら、さぞ高値で売れるだろうな」
「はは、そりゃいい! たっぷりと稼がせてくれよ、カミーユくん?」
「やだ……やめて……」
「もう二度と、ローレンスやリトレには泣きつけねえぞ? そうなったら、てめぇの写真、あいつらにも拝ませてやるからな」
「いや……どうして? 先生……。お願い……やめて……」
「はは、その顔もそそるねェ」
そこまで見るのが限界だった。
レオナルトがカメラを床に叩きつける。間髪入れずに足で踏み潰した。
「う……」
グレンは口を押さえて、その場にへたりこんだ。気を抜けば、胃の中のものがすべて逆流してきそうな不快感に耐える。
そうして、しばらくの時が経った。
グレンがようやく吐き気を収めて、顔を上げてみれば、レオナルトは未だにカメラの残骸を踏み潰している。その口からも拳からも血を流れていた。奥歯を噛み締め、爪で自身の肌をえぐりとってもなお、消えない怒りに身を任せている。
「……レオ」
グレンはかすれた声をあげる。
「すまない……。俺が……教師に相談するべきだなんて言ったから……」
「お前は悪くない。腐っているのはこいつらだ!」
レオナルトは乱暴に、カメラの残骸を踏みつぶす。
「教師は当てにならない! 俺が片をつける」
「……俺たち、だろ」
グレンとレオナルトには、決めていたことがある。
それはカミーユの尊厳が死後もなお、踏みにじられることはあってはならないということだった。証拠写真や動画を突き付ければ、アーチボルトを正当に失職させることは可能だ。
しかし、それではカミーユのその姿を衆目にさらすことになる。
それだけはできなかった。
だから、2人は証拠をすべて処分し、自分たちの手でアーチボルトに制裁を与えることを選択したのだった。
アーチボルトへの制裁方法はグレンが考えた。
外傷は残さずに効果的にダメージを与える方法――それが視覚と衣服を奪い、拘束することで、恐怖心を煽るというものだった。
そして、トドメが凶器を体に押し付けての脅し――。
『このナイフを刺したら先生がどんな顔をしてくれるのか。試してみようか?』
『や……やめてくれ、やめるんだ! レオナルト・ローレンス―――ッ!』
レオナルトがナイフで刺した時、アーチボルトは泡を吹いて、気絶していた。
――刺したのは内腿だった。
それも、かすり傷程度の裂傷だ。
だが、視界が奪われ、長時間の拘束による恐怖で錯乱していたアーチボルトには、それで十分だった。
アーチボルトは学校を去った。
それで終わった。
そのはずだったのに。
(何かがおかしい)
グレンの心は晴れなかった。引っかかることが1つあるのだ。
それは「カミーユを自殺に追いこんだ犯人はレオナルトである」という噂が、学校内に回っているということだった。それを知った時、グレンは嫌な予感を覚えた。
なぜレオナルトだけが噂の的になっているのか?
その噂は誰が流しているのか?
もし、そいつの真の狙いがレオナルトだったとしたら?
その予想にグレンは恐ろしくなった。
そして、今。
レオナルトの姿が見当たらないことで、不安は加速度的に大きくなっていた。
――この事件には、裏で手を引いている何者かがいる。
グレンは確信していた。
「僕に成りすましている者の正体。……僕は知ってるよ」
そして、その正体について、リーベには心当たりがあるのだ。
今まで頼りないと思っていた新任教師。彼が初めて浮かべた真剣な表情から、グレンは目を離せなかった。
それはクリフォードとアルバートも同様だったようで、神妙な面持ちでリーベを見つめている。
「リーベちゃん。詳しいことは言えないが……きっと、今、レオはまずいことになっていると思う。そいつは誰なんだ? 教えてくれ」
「――教えられない」
リーベはきっぱりと言う。
その表情が普段のゆるいものとは一変している。鋭く敵を見定めるような眼差しだった。
(こいつ、こんな顔ができたのか?)
グレンは思わず息を呑む。
彼は鈍くさくて、運動神経も悪くて、何をやらせてもダメなへたれ教師のはず。
それなのに、
(何だよ、この感じは……)
得体の知れない雰囲気を感じとり、グレンの鼓動は激しくなった。
なぜか、リーベの言うことに逆らえない。
彼が「教えられない」というのなら、自分たちは引き下がらなくてはならない――。
(って、そんなはずがあるか! レオのピンチなんだぞ!?)
グレンはひるみそうになった心を叱咤して、リーベに食ってかかった。
「ふざけるなよ! あんたには全部、吐いてもらうぞ。そうでなきゃ……」
「待て、グレン」
それをアルバートが制する。
グレンは鬱陶しく思って、彼にもつかみかかろうとする。
だが、その顔を見てハッとした。
アルバートは苦悩を噛み殺すような表情を浮かべていた。その拳は震えている。
――彼も不安なのだ。それを必死で押し殺している。
レオナルトが心配だという気持ちは、自分と同じなのだろう。
それを理解して、グレンは唇を噛みしめる。
アルバートが懇願するようにリーベに尋ねた。
「リーベちゃん……おれたち、どうしたらいい?」
「寮に戻って休んでいて。レオナルトくんのことは僕が探してくるよ」
リーベは少しだけ眼差しを柔らかくして告げる。
その顔をアルバートは真剣に見つめる。
「レオがさ、先生たちから評判悪いのは知ってるよ……。でも、それはおれのせいでもあるんだ。あいつはすごい奴だよ。誰に何と思われようと、自分が大切に思うものを守ろうとする……だからさ……」
後は言葉にならない様子だった。
アルバートは絞り出すように告げた言葉に、グレンは心苦しくなった。
クリフォードも瞳を揺らすようにして、面を伏せる。
「レオはさ。ああ見えて、面倒見がいいんだよね。オレの盗まれた持ち物だって、1人でとり返そうとしてさ。オレ、そんなこと頼んでないのに……。ほんとさ。おせっかいなんだよね」
笑いを交えて話そうとしたのだろうが、失敗している。その声にはしんみりとした感情が混ざっていた。
グレンは更に胸が苦しくなって、拳を握りしめる。
「……先生……」
グレンは教師なんて嫌いだった。
カミーユをあんな目に遭わせたアーチボルトのことを考えれば、その思いは一層強くなった。だが、この件がとっくに自分たちの手に負えないものになっているということもグレンは理解していた。
アーチボルトに制裁を下した時、レオナルトはグレンたちにいっさいの手出しを許さなかった。『複数の男がその場にいた方が相手の恐怖は増大する』と説得したことで、かろうじて同席することは許してもらえたが……実行したのはすべてレオナルトだ。
なぜ彼が1人でやることにこだわるのか、グレンにはわかっていた。
(レオは……いざとなったら、自分1人だけで責任をとるつもりなんだ)
レオナルトは誰にも頼らない。古くからの友人であるグレンにすらそうなのだ。
だが、そんなやり方がいつまでも続けられるわけがない。
誰かのために自身を犠牲にして、すべてを1人で背負い続けたら――レオナルトはいずれ潰れてしまう。グレンにはそれが何よりも恐ろしかった。
彼に必要なのは、『心置きなく頼ることのできる存在』。そして、それは同年代ではなく、彼を守れるだけの強さを持つ『大人』が望ましい。
今までそんな存在はいなかった。孤児院の職員も、レオナルトの養父も、学校の教師も。周りの大人は敵しかいなかった。だからこそ、レオナルトは仲間を守るために、1人ですべてを背負いこんできた。
グレンは値踏みする視線で、リーベのことを見つめた。
(頼りになるのか? こんなダメ教師に託しても大丈夫なのか? だが……)
この教師に、ただならぬものをグレンは感じていた。その直感が正しいものなのか、確信は持てないが……。
「先生、お願いします……。レオを……助けてください」
先ほどまでのふてぶてしさをすべて取っ払い、彼は丁寧に頼みこんだ。
「カミーユ先輩の件、俺の口からは言えない。だけど、悪いのはレオじゃない! あいつは誰かのためなら、どんな崖からだってためらいなく飛び降りる。それで自分がどんなにひどい怪我を負ったとしても……。でも……でも、俺は、」
あの日からずっと、心の中でわだかまっていた思いをグレンは吐き出した。
「俺はもう……あいつに危険な崖を、1人で飛び降りてほしくないんだ……」
「グレンくん……」
リーベは3人を見渡す。
そして、優しくほほ笑んだ。
「君たちの思いはわかった」
――それはまるで、幾千の修羅場を潜り抜けて来た英雄のように。
彼は力強く告げた。
「約束する。僕がレオナルトくんを探して、必ず連れ帰るよ」
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