【KAC20245】絶対に、はなさないで

属-金閣

第1話 ラスト・カノジョ

「絶対に、


 そう近い距離で言い残し、彼女は立ち去って行った。

 俺の手元には彼女にプレゼントしたネックレス。そして、何故かお守りを一緒に渡された。

 何が起きたのか理解出来ず、俺はしばらく呆然と突っ立ていた。


「……え、どういう状況?」


 今日はやっとの思いでたどり着いた隠しヒロインである彼女との最終デートイベント回収のはずだった。

 好感度も完璧に管理し、バッドエンドも回避して来た。それなのにデートも成功せず、攻略サイトでも見たことない未知のイベントが発生したのである。

 今更だが、これは現実ではなくフルダイブVRのギャルゲーである。

 俺は渡された物を持ったまま、近くのベンチに座り考え出す。


「アイテムが消失してない。ってことは、まだイベントは継続中なのか」


 このゲームは該当イベントがどんな形であれ終了するとアイテムは消失する。それが残っているので、イベントは継続中だと判断できた。

 だが、今置かれてる状態が分からなかった。


「フラれてないし、結ばれてもない。てか、この渡されたのは何? ……もしかして、何か進行に関係あるのか」


 渡された物を見つめていると、最後に言われた言葉を思い出す。


「はなさないで……はなさな……っ! 離さないでか?」


 離すは遠さ的な意味合いがある。つまりは、彼女をすぐさま追えってことか。

 ネックレスとお守りはフェイクなのだと思い、俺は立ち上がる。そのまま手に持った物を置いて全力で彼女を追いかけようとした。

 しかし、一歩踏み出した所で足を止めた。


「いや! いや、いや待てよ、俺。放さないでって可能性もあるんじゃないのか?」


 俺はもう一度ベンチに座った。

 はなすは別の意味もあることに気づいたのだ。そう放すだ。

 放すは、自由にするな、手放さないでって意味合いがある。つまりは、今手放そうとしたネックレスとお守りを手放すのはダメなのではと気づく。


「仮にそうなら、これは離せない。だけど、離す意味だったらこのまま彼女を放って行かせるのはダメだ」


 今の二つを同時に行いつつ、彼女の元に行くという可能性はある。しかし、そんな同時進行しろというイベントは今までにない。

 選択すべきタイミングでは必ずどちらかなのだ。両方は基本的に考えて出来ないケースだからだ。

 だが現状、与えられている選択肢二つは同時に行えてしまう。

 未知のイベントという点を考えれば、これまでなかった同時進行という考えはあり得る。しかし、これまでのゲーム性を考えれば同時はあり得ないと思ってしまう。


 所詮はゲーム、ミスればやり直せばいいと思うだろう。だがそうではないのだ。

 ここまでたどり着くのにどれだけの思いと時間を費やしたことか。

 そう易々と諦めることなど出来るわけない! なんとしても、ハッピーエンドを見るんだ。


 その時だった。

 偶然にも同じゲームをプレイ中のマークがあるフレンドのジゲンから通話が来た。俺は迷わず通話に出ない選択をする。が、すぐに再着信が来る。

 もう一度切るが諦めが悪いのか、再び掛けてきた。

 小さくため息をつき、俺は観念しジゲンの着信に出た。


『おい! 何回切るんだお前!』

「今お前と話してる場合じゃねんだよ。こっちはラスカノの隠しヒロイン攻略一歩手前で忙しんだよ。切るぞ」

『ちょっと待て! 一方的に話して切るなよ。つうか、ラスカノってマジで隠し居たのかよ』

「はいはい、王道メインヒロインを攻略し攻略後のイチャイチャ時間過ごせれば満足なジゲン君は興味ない事ですよ。どうせ、久しぶりにログインして攻略ヒロインに甘えに来たんだろ。ノロケはいらないから、別の奴にしててくれ。じゃ」

『だから待てって、りょう。その隠しヒロインでじ――』


 その直後、俺はジゲンの発言を止めさせるために大声を発した。

 ジゲンはもちろん驚き、突然大声を出した俺に怒鳴った。


「いや、今悪いのはお前だぞジゲン」

『はあ?』

「お前今、彼女との状況について話そうとしたろ。そう、話さないでだ。そうだよ! 何でこんな当たり前な事に気づかなったんだよ俺!」


 俺は一人で答えに辿り着いた喜びで、ベンチから立ち上がっていた。


『あー喜んでるところ悪いが。隠しヒロインが言った意味はそうじゃないぞ』

「……はあ?」

『ちなみに、距離を離す方の離さない。でも手放す方の放さないでもないからな』

「へえ?」


 次々と辿り着いた答えを切られていき、俺は茫然してしまう。

 だが、その時ある閃きが生まれた。


「……ない」

『ん? 何?』

「はなさない……はなさ、ない……鼻差ない! そうか! もう心の距離的に鼻差がな――」

『いや、こじつけすぎだから。ないから、そんな解釈。つうか遼、お前今はなさないでっていうイベントやってるだろ』

「なっ、何でお前がそれ知ってるんだよ!」

『あーそれな。バグらしいぞ。そもそも隠しヒロインルート、間に合わなくてそこまでで制作終わってるらしい。続きはないって』

「ふにぁ?」

『ちな、公式発表だから。デマでもなんでもないから。一応救済なのか後日隠しヒロインだけの追加DLC出すってよ。あと、明日の講義代理出席出来ないやつだから大学来いよ』


 完全に放心状態に至ってしまい、それ以降のジゲンの話は覚えていない。

 その後ゲームを中断し、自らの目でも公式ページにて事実だと認識した。


「……中途半端でお預けはねえよ~。せめて、ゼロか百にしてくれ~」


 俺はただそう嘆きながら、一人暮らしの部屋で大の字になった。

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