第6話 呼び捨てとかマジ無理です!
互いの部屋を区切るフェンス際の最も近い距離感にて彼女の存在を感じながら――沈黙が落ちる。
でも、この沈黙はどこか心地良い。
ほんわかとした、まるで癒しのような沈黙が高鳴る僕の鼓動を優しく鎮めていく。
「……私さ、学校じゃあんな感じだから。中々奏君と話せないなーって、思ってたんだよね。……だから今この瞬間、結構嬉しいっていうか、幸せだなーって、そう思うんだよね」
(それはこっちの台詞だよ……)
再び彼女の方を振り向くと、
そこには幸せそうに微笑んだ横顔があって。
思わずとも惚れてしまいそうになる……いや、でもダメだ。
こんな僕が、そんな夢のような事を考えてはいけない。
それに、今の彼女の言葉だってきっと深い意味は込められていないはず。と、いつものように自制を効かせ、我に帰る。
まったく。
僕だから良かったものを、他の陰キャならきっとここで大きな勘違いを引き起こしていた事だろう。
ふと彼女がこちらを振り向いた。
「――ねぇ、奏君……」
僕は咄嗟に視線を外してしまう。
理由は自分でも分からない。
そんな僕に彼女は、
「ねぇ、こっち見てよ?」
と、そう言われて僕は彼女の方へと視線を戻す。すると彼女は、
「私、もっと奏君の事知りたい。もっと奏君と仲良くなりたい」
と、真っ直ぐに僕の目を見つめてそう口にした。
「……なんで、僕なんかと……?」
「う〜ん……それは……」
僕の問いに少し困ったような笑みを浮かべた佐々木結衣は、少し考える間をあけて、
「……隣人、だからかな……?」
と、歯切れ悪そうにそう言った。
その言葉は僕の心をチクリと痛くした。
――隣人として……か。
そうだ。
その通り。
僕だってそのつもりだ。
期待なんて、これっぽっちもして無い。
だから大丈夫だ。
……でもやっぱり、ちょっとだけ痛い。
「そ、そうだよね! うん!隣人同士、仲良くしよう!」
出来るだけ明るく振る舞うよう努める。もちろん落胆を隠す為の空元気だ。
ただ、当たり前だけど自分では自分の事を客観的に見れやしない。
大丈夫だろうか。
ちゃんと、中で起きた落胆は隠せているだろうか?
哀愁は漂っていないだろうか?
「――ところでさ。私の名前は下で呼べるようになったの?」
胸中騒がしくしているところへ、そんな言葉が飛んでくる。
「……え?」
ピタリと固まる。
まったく、『宿題はちゃんとやったの?』みたいに言わないで欲しい。(確かに昨夜そんな事を言ってはいたけど……)
「無理だよ。そんなの……」
「何で?名前で呼ぶだけだよ?そんなに私って、寄り付き難いかな?」
そんな悲しみが籠った声で言われても無理なものは無理だ。
正直なところ、彼女の言った『寄り付き難い』という表現はその通りで、〝佐々木結衣〟とこうして会話していている現状、僕はとても畏縮している。
彼女は普通の女の子として接して欲しいと、そう言った。
でも、例え意識したとしても彼女へ対する特別視はそう簡単にやめられるものではない。
こうやって彼女と関わる中、どうしても、『僕なんかでごめん』という謎の謝罪の念に駆られてしまう。
でも、彼女は彼女で常に周囲から向けられる特別視を心苦しく思っている事を僕は知っている。
ならば……
「……結衣……さん」
彼女がそう願うならばと、遠慮がちな声で辿々しく彼女の名前を口にするが、でもやはり呼び捨てはさすがに耐えきれず後付けで〝さん〟を付け足す。
すると彼女は「……あ、言えたね」と少し驚いたように目を見張って嬉しそうに言った直後、今度は悪戯的な笑みを作ると、
「でも〝さん〟は要らないかな。〝結衣〟って呼び捨てで呼んでみて」
と、潤んだ瞳で懇願するような視線を向けてくる。
(だからその上目遣い、反則だから……)
耐えきれず、
「……結衣……」
ついに言ってしまった……。
「うん!合格!じゃあ、これからはそれで呼んでね!」
と、満足そうな笑みを浮かべながらそう言われれば、僕は「……うん」と頷くしかなかった。
今後は呼び捨て……かぁ。
ただただ恐縮。
そう思いながらも、佐々木――いや、結衣、が浮かべるその笑顔のキラキラとした輝きはまさに宝石そのもので、僕一人に向けるにはあまりにも贅沢な笑顔だった。
「……どうして、そんな笑顔を僕なんかに向けるの?」
結衣の満面の笑みが微笑みへトーンダウンする。
「不思議?」
その聞き返しに僕はコクリと頷く。
「そう。じゃあ教えてあげるね。何故私が
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