第14話 そのさくらんぼ、私が掴み取る!!

[結衣視点]




 私の名前は佐々木結衣。16歳。


 アイドルを辞めて一ヶ月が経ったけれど、実質的にはまだまだ〝普通の女子校生〟とはいかないらしく、周囲は未だ私の事を〝芸能人〟として見ている。


 アイドルを辞めた理由は『もう、そろそろいいかな?』といった、要は頂点へと登り詰めたその時点で、アイドルになった元々の目的を果たしてしまった為だ。


 ただ、少しニュアンスが違うのは、それまでアイドルの頂点を目指してきた身から一転、今度は頂点に立つ身となった事での目標喪失。所謂いわゆるアイドルでいるモチベーションを維持出来なくなってしまったから――といったような上昇志向的類いのものでは全然なくて。

 私にとって〝アイドル〟とは飽くまで通過点に過ぎなかった、という事。


 つまり、そう。

 私はアイドルになったわけじゃなかった。


 有名になりたいだとか、トップアイドルになりたいだとか、〝日本一可愛い女の子〟とか、そんなのはどうでも良かった。


 でも、、それらを目指した事には違いない。


 自らアイドルを志望したし、人気を得る努力もした。

 広く自分を売る為女優としての仕事も積極的にやった。

 誰よりも可愛くなる為、自分磨きも頑張った。(いや、でも整形はしてないよ?本当に)


 でも、そうした芸能界という煌びやかな世界へ身を投じようとしたそもそもの動機は決して、有名になたいから、という自尊心の為ではなく、しつこく繰り返すけど、飽くまで通過点だった。


 アイドルも、女優も、〝日本一可愛い女の子〟も。


 ――飽くまで、私の夢はその先にある。


 ――え? その夢とは一体何かって?

 トップアイドルになる事が通過点に過ぎない程の偉大なるその夢って一体、何かって?

 そんなのもちろん……


 〝お嫁さん〟に決まってるじゃない。――あ、間違えた。

 ここ、大事なとこだから訂正させて?


 ――〝お嫁さん〟。

 これが私にとっての唯一無二の夢!……ただ〝夢〟とは言ったけれど、つもりは毛頭ないっ!!

 絶対に現実にしたい!!――いや、する!!


 そう思って私はアイドルになり、更にその頂点を目指した。

 もの凄く端的で低俗な言い方をすればモテる為だ。


 但し、モテたい対象はただ一人。それが誰なのかはもはや言うまでもない。


 そんなわけで私は奏君への愛を原動力に頑張った結果――〝トップアイドル〟と呼ばれる存在になれた。(頑張ったと言っても枕営業とかはしてないからね?)

 しかも〝日本一可愛い女の子〟なんて二つ名まで付いた!!(いや、だから整形はしてないって!)


 とにかく、今の私ならもう充分〝夢〟を〝現実〟に出来るはずだ――と、そんな自負が芽生えた頃合いに芸能界引退を決意し、そして私は次なるステップへと移行する為に奏君の住む家の隣りに引っ越して来た……というわけ。

 

 ――え? 何で奏君の住む場所、通う高校まで分かったかって?


 いやいや。

 その為に、探偵プロがいるんでしょ?


 探偵さんへ依頼した内容は奏君の住所と通う高校のリサーチ。あと、彼女の有無だ。これ大事。


 でも探偵さん、注文した分の調査報告を終えると続けて「この情報はサービスです」って、私の耳元である事を囁いた。


 ――ターゲットはまだチェリーなようですよ。


 ハッと探偵さんの顔を見ると、白い歯を覗かせて親指を立てていた。続けて、


 ――そのさくらんぼ。他に取られないようしっかりと掴み取りましょう!


 そこまで言って、再度サムズアップ。そして光る白い歯。


 そこまで背中を押されれば、私も応えなければならない!

 その決意を表情に込めて、


 ――えぇ。もちろんです!奏君のさくらんぼは、私のこの手で必ずもぎ取ってみせます!


 そう言って、サムズアップする探偵さんへ、私は自分の顔の前にて、掌を我が方へ、パーからグーへ力強く握り締め、〝掴み取る〟ポーズをして見せた。必ずやり遂げると。そう探偵さんへ誓いを立てて。


「……いや。お客さん……それ、握り潰してるから……」


 決意を固めた今の私に探偵さんの声は聞こえない。


 それにしても……奏君……。

 良かった。まだ童貞で……。


「……おーい。お客さーん?聞いてますかー?(……ダメだこりゃ……)」


「…………♡」


 ――あ、やばい。鼻血出そう。




  それはそうと、芸能界への未練は無いのかって話だけど。


 ないよ?

 あるわけないじゃん。芸能界に未練なんて。

 そんなのこれっぽっちも、1ミリも無い。


 むしろ、〝イケメン〟から始まる俳優とか、アイドルとか、歌手やスポーツ選手……その他諸々多方面の業界人達からのしつこく言い寄られる事が無くなって、清々してるくらい。


 てゆうか、て……(笑)

 確かに世間一般的に彼等はそう呼ばれてるけれど……。

 悲しいかな。私には結局ただのイケメンナルシストにしか感じ取れなかったんだけどね!


 ――え? 私にとってのイケメン?それはどんな人かって?


 …………人……? 

 うーん……違うな。そもそもが違う。私にとってのイケメンとは複数を指すようなものではない。


 つまり、そう――吉本奏君イケメン!――以上!!


 ………………コホン。(落ち着け私)

 

 え〜と……さすがに引いたでしょ?(笑)


 でもこれが本当の私。本性とでも言おうか。

 もちろんこんなキモい私を奏君に悟られるわけにはいかない。

 だから私は必死に取り繕っている。奏君への溢れんばかりの想いをなんとか押し殺し、作り上げた〝佐々木結衣〟を演じているのだ。


 お母さんが教えてくれた。


 ――『男と言う生き物は追っては駄目よ?追わせなさい』――と。


 あの日、奏君に出会ってからの私の頭の中は奏君でいっぱいだ。


 本当に……好き過ぎて……奏君の事を想えば想う程に、幸福感が胸を満たす。


 同時に不安もある。


 もし……この恋が叶わなかったら……?振られたら?

 その時、私は一体どうなっちゃうんだろう……?


 そう思うと胸が痛くなる。


 ――つらい。これもまた私の本音である。


――――――――――――――――――――


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