第13話 僕の初恋
気付けば時計の針は22時を指していた。
「じゃあ、そろそろ僕は帰るよ……。」
もう少し一緒に居たい気持ちにどうにか蓋をして、そう切り出すと、結衣が言う。
「え? もう帰っちゃうの……?」
と、まるで寂しそうな、縋るような目で……。
その顔……ホント、つくづくずるいと思う。
「でもほら、もうこんな時間だし……」
と、時計を指差しながら言う僕も、まだ結衣とこうして一緒に居たいというのが本音。
でもやはり、こんな夜更けに女性の部屋に居続けるのはさすがにまずい……。
――いや、別に、何か男女の間違いとかがあり得るとか、そういうのを考えたわけじゃないよ?
そもそも僕は〝男〟として見らていないと思うし。
だから、こうやって無防備に部屋へ上げて貰えているのだろうし……。
でも、それはそれで果たして〝男〟として喜ばしい事なのか、ちょっぴり複雑な心境でもあるけれど……。
でもまぁ、逆を返せば信頼されているとも言える。ここはプラスに考えるようにしよう。
……ただ、ね?
僕だってこれでも一応は〝男〟やってるんです。
……だから、僕だって、夜になれば狼にだってなれる
「……うん。そうだよね……」
と、僕が言った言葉に対し結衣は残念そうに俯いた。
よほど信頼を得ているのか、まるで僕に帰って欲しくないような素振りだ。
いつの間にこんな信頼をと、驚きつつ、嬉しい反面、でもやっぱりちょっと複雑。男としてね。
「……んー。じゃあ……もう一局、やる?」
そう申し出ると、結衣の表情がパッと明るくなった。
「うん!やろう!……でさ、いっそもう――朝まで……とかは……さすがに……だよね?」
勢い余ってか、とんでもなく破天荒な事を口走ったか思った直後、どうらやら我に返った様子で段々と口ノリが辿々しく弱くなっていき、最後は申し訳無さそうに――でも、必殺上目遣いは忘れない。……本当、ここまでくるとまるで蛇に睨まれたような気分だ。
「え?!朝まで!?」
いつもは敗北を喫しているこの上目遣いだが、今回ばかりは耐え忍ぶ。
さすがに若い男女が朝まで同じ空間はまずいだろう。
さすがの僕も狼になっちゃう……って、
――え〝!?
お前にそんな度胸は無いって!?そんな馬鹿な!僕だって一応は〝男〟なんだ!だから僕だっていざとなれば狼にだって――(以下略)
と、冗談はさて置き、正直男女云々という懸念よりも、今日はまだ水曜日で、明日も学校という状況下でのオールナイト将棋がちょっとしんどい……。
僕は夜型ではない。何なら既にもう軽く睡魔が襲ってきているくらいだ。
でも結局は……
「――駄目?」
結衣の更なる追撃により――
「わ、分かったよ……」
無事陥落。
「やったー!! じゃ、ハイ。早速――と、お願いします!」
結衣は嬉しそうに将棋盤の前へと俊敏な身のこなしで移動するとそこへ正座し、一礼をした。
(まったく、どんだけ将棋好きなんだよ!)
僕はこれ見よがしに頭を掻きながら将棋盤の結衣の座る対面側へと腰を落とす。
本当は嬉しいのに、こうした仕方なしの体の態度を取るところがさすが陰キャ。我ながらつくづくずるいと思う。
「……お願いします」
こうして、長い長い二人だけの夜が始まったのだった。
◆◇◆
『ねぇ、おじさん。このバス、〝お魚センター〟の所まで行く?』
ふと気がつくと、僕はバスの運転手を相手にそう口にしていた。
どうやら、また、
――それにしても、最近見る頻度がより一層増えたような気がする……。
『ん? あぁ、行くよ。……おや?少年。デートかい? まったく、最近の小学生はませてるねぇ』
バスの運転手は僕の隣りに立つ迷子の少女を見て、そう冷やかすような笑みで言ってきた。
『……でーと?』
『――ち、違うよ!おじさん、変な勘違いしないでよっ!』
〝デート〟の意味が分からない様子で首を傾げる迷子の少女と、その意味を理解し、咄嗟に否定する僕。
しかし、バスの運転手はまるで微笑ましいものを見るかのような笑顔で『はいはい』と軽くあしらうように言うとバスの進行方向へと顔を向けた。
僕はその態度に『もうっ、違うってば!』と、ムスっとしながら再度否定し、迷子の少女へと振り向き『行こ!』と、その手を引いてバスの奥の方へと進む。
田舎という事もあって乗客は少ない。
老夫婦と杖を持ったおばあちゃんの3人だ。僕は適当に空いた席に座ると、その後をつけるように迷子の少女も僕の隣りへと座った。
チラッとその横顔を見ると、不安からか表情は強張り、今にも泣き出しそうな顔をしている。
僕はそんな少女を励ますつもりで、
『大丈夫。必ず僕が君の家まで送り届けるから。だから、安心して?』
そう言うと、振り向いた少女がニコッと微笑んだ。
第一印象こそまるで〝ち◯まる子ちゃん〟のようだと、それしか思わなかったのが、今こうして真正面から微笑みを向けられ、初めて僕の鼓動がドキリと跳ねた。
よく見るとこの少女、とても可愛らしく整った顔をしている。
『……うん。ありがとう』
少女はそう言うと、極々自然な感じで僕の手をきゅと握ってきた。
またしても鼓動が跳ねる。そして今度はさっきのとは比べものにならない程の大きな高鳴りだった。
――そう。僕の初恋はこの時だった。
と。
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