第20話 全ては奏君の為に。

[結衣視点]



 私達は今、奏君がかつて通っていたという将棋道場へ向かう為、バスに乗っている。

 そして、私のすぐ隣りには奏君が居る。


 また、こうして一緒にバスに乗る日が来るなんて……。

 と、あの日の事を思い出し、感慨に耽っていると私は自然と奏君の方を向いていた。


「ん?どうかした?」


「ううん。何でもない」


 顔が見たかっただけ。

 今の、成長した彼の顔を見て改めてときめきを得たかっただけ。


「?」


 そんな私に怪訝な表情で首を傾げる奏君。

 同時に、私の頭の中であの時の、幼かった頃の奏君の台詞が想起する。


 ――『大丈夫。必ず僕が君の家まで送り届けるから。だから、安心して?』


 あの時、自分だって不安でいっぱいだったはずなのに、そんな素振りは一切見せず、私の事を励まそうとしてくれた。

 私の為に頑張ってくれた。戦ってくれた。

 

 この荒いエンジン音も、

 お尻に伝わる振動も、

 座り心地の悪いシートも、


 君となら心地良い。


 あの時の、奏君の優しさと強さに護られ、そして心惹かれた時の事を鮮明に思い出させてくれる。


 ――あぁ、好き。大好き。


 ただただ愛おしくて……。

 思わず、あの時みたいに奏君の手を握ろうとしたが、すんでのところで何とか理性を働かせ、私はその手を引っ込めた。



[奏視点]



 ――あぁ。僕は今日というこの日を一生忘れないだろう。


 だって、信じられるか?

 今僕の隣りに居るのはあの、佐々木結衣……(以下略)。


 ――と、まあ。

 そんな夢見心地で浮かれる僕の横で、


「……男の子とバスに乗るのなんて、久しぶりだなぁ〜」


 と、窓際側に座る結衣が外を眺めながらしみじみとそう言った。


「……へ、へぇ〜。そんなんだ……」


 思わず出てしまった、自分でも驚く程の素っ気ない相槌に対して、結衣は素早くこちら側を向いた。


「あれ?もしかして、妬いてる?」


 そして、その顔にはニヤリとした悪戯的な笑みが浮かんでいる。


「――ち、違うよ!僕が結衣に嫉妬なんて……する訳ないだろ?!」


 そう。何者にも満たない僕のような陰キャが、本来ならば雲の上の存在で、絶対に手の届くはずのない結衣のような有名人に対して、僕なんかじゃどうにもならない事が分かってて、嫉妬もクソもあったもんじゃない。

 それこそ身の程知らずというものだ。


「本当かな? んー。でもそれはそれで少し残念な気もするなぁ……。でも、変に誤解されても嫌だし、一応真実を言っておくけど、前回男の子とバスに乗ったのって、すっごい昔の事だからね?」


「……む、昔って?」


 最大限の興味無い風を装って聞き返すが、


「ふふ、気になるんだ?」


 本心はバレバレだったようで……


「…………」


 僕は無言になった。それを見て結衣は再び含み笑いを浮かべ、


「子供の頃だよ。まだ小学校低学年くらいの頃かな」


 と、続けたが、


「……へ、へぇ。そうなんだ」


 あくまで興味無い風を貫く。


「安心した?」


 ……うん。安心した。

 でも、だからといってどうなる事でもない。

 いつかは僕以外の人を好きになって、僕以外の人と付き合う事になるのだから。

 その対象がいない。ただそれだけの事だろう。


「べ、別に。てゆうか、そもそも僕なんて眼中に無いでしょ?」


「有るか、無いかで言えば――あるよ?」


 ――へ?!


 僕は結衣のその一言に咄嗟に反応したが、その直後、結衣は「あ!!」と、声を上げて窓の外に釘付けになった事で話題は別の方向へと逸れてしまった。



[結衣視点]



 奏君は私の事をどう思っているのだろう?


 自分では恋の駆け引きをしているつもりだ。


 ――男という生き物は追えば追っただけ逃げる。


 そのお母さんの教え通り、明らかなアプローチは避けている。いや、でも全くしないわけではない。

 要は、相手(奏君)に『ひょっとして好かれてるかも?』といった、疑問を持たせつつも、決して確信にまで到達させない絶妙な匙加減で『好き』をアピールしていくのだ。


 そう。 

 私は奏君と何とか距離を縮めようと、必死に奮闘している。

 だがしかし、そんな私の健気な努力も虚しく、奏君の反応はイマイチだ。

 というか、私へ対する畏敬の念が強すぎる。故に、幾ら私からフレンドリーに接しようとも、奏君からの反応はいずれも余所余所しい。


(……おのれ……アイドルとしての過去の私……)


 そんな感じだからか、ついアプローチが行き過ぎてしまうのだ。

 より良い手応え、好意的とハッキリと分かるような反応が欲しくて。


 だが、焦りは禁物だ。

 どう見ても草食系男子の奏君。

 肉食獣のように飛びついて、がっついて、逃げられては元も子もない。

 慎重に、ゆっくりと、じっくりと、時間を掛けて毒牙で弱らせ――じゃなかった。

 心の距離を縮めていき……そして、いつの間にか奏君の中で〝私〟という存在が大きくなり――そして……(きゃ♡)


 ――と。いけない、いけない。つい妄想が過ぎてしまうのは私の悪い癖だ。

 

 ……大丈夫だよね?妄想で終わらないよね?きっと、現実でも奏君は私の方を振り向いてくれるよね?


 うん。大丈夫……だって今の私には〝日本一可愛い〟なんて二つ名さえある身。そんな私だ。

 だから、焦りさえしなければきっと大丈夫なはずだ……大丈夫……うん。――大丈夫!




 ◇◆◇




 ――『べ、別に。てゆうか、そもそも僕なんて眼中に無いでしょ?』

 ――『有るか、無いかで言えば――あるよ?』


 あぁ……。やってしまった。


 勢いのまま口にして――瞬間、しまった、と思った。

 依然として奏君からそれらしい手応えを感じ取れていない焦りからか、つい今みたいな行き過ぎたアプローチを仕掛けてしまった。

 咄嗟にどう護摩化そうかと思った私だったけど、ちょうどその時、車窓越しに見覚えのある風景が目に入った事で自然と会話の流れは変わった。


「あ!!……(あの鉄塔って確か)」


 小高い山の頂上に建つ巨大な鉄塔。

 それは私の記憶に焼き付いたに見た風景の一部に間違いなかった。


「ん?」

 

 唐突に声を上げた私に奏君が反応した。


「……あ、いや。あの鉄塔すごく高いなぁ〜、と思って」


 私と奏君が初めて邂逅した所。

 あの日の事を私は鮮明に覚えている。

 奏君はきっと忘れているだろう。そうでなかったとしても記憶の末端に密かにある程度だろう。

 だから、私は敢えてあの時の事を口に出したりはしない。

 あの時の出会いが私の初恋で、その恋を叶える為にアイドルになって、今に至る……なんて言ったら、きっと重い女だってドン引きされてしまいかねない。

 

 もっとライトで、ありきたりな流れを装って距離を縮めたい。

 そう。隣人同士や、ペア将棋、これら近い関係性から発展へ繋げようと考えている。


 ――でも、本心を言えば、あの日の事を覚えていて欲しかった。もっと言えば、私に気付いて欲しかった。

 まぁ、あの頃の私と今の私とでは、顔は同じでもまるで別人。まさか、あの時の幼女が私だとは思わないだろう。

 それくらい、私は努力して可愛くなったとも言える。全ては奏君の為に。


――――――――――――――――――――


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