第4話 夢だったはずじゃ……?
ブロロロロ……
粗いエンジン音に、奥へと伸びる車内風景、お尻に伝わる強い振動、揺れ。
どうやら今僕はバスに乗っているようだ。と、その状況を把握すると同時に、
――あぁ、またこの夢か。
と、これが夢である事を悟る。
ただ。そう冷静に『これは夢だ』と感じ取る自分とは別に、この夢の世界に没頭する自分もまた同時に存在している。
今――夢の中での僕は7歳である。
青い空、入道雲、田園風景。
窓に流れる夏の風景を眺めながら、幼心に募るのは不安と恐怖心。
そして隣りへと視線を向ければ同い年くらいの女の子が泣いている。
そして、この女の子の存在が、今の僕の行動原理。
――僕がこの子を守らなきゃ!
幼心に芽生えたその強い意志で、僕は僕の中で必死に戦っていた。
――そう。この時の僕は〝小さな勇者〟だった。
◆◇◆
朝の気配に目を覚まし、ベッドから起き上がる。
「またあの夢か」
と、口さがなく言う反面、別に嫌な夢を見たという認識はない。むしろ良い夢だ。
その夢の本源は幼い頃の記憶からきている。
それが今でも夢となって甦るわけだが、幾度と見ている夢な為に少し食傷気味になっている。
「ふっ。あの子は今、どうしてるのかな……?もう、泣き止んだかな?」
ただ、記憶の中の泣き虫な女の子に思いを馳せると自然と口元が緩む。
一応、自己分析としてその夢を何度も見る理由は分かっているつもりだ。
要は酔っているのだ。当時の自分に。
幼いながらに目の前で泣いている女の子をなんとかしようと、必死に守ろうとしたその行動と勇気に。
「うぅ……。こんな事を思う僕はつくづく痛い奴だな」
……うん。そう。僕は痛い奴だ。
でも一応、そんな自分を客観的に『痛い奴』だと思えるだけの常識があっただけ、大目にみてほしい。
と、まぁ、それはさて置きだ。
昨夜はそれともう一つ、とんでもない夢を見ていたような気がする。
そちらの夢は文字通りの〝夢〟だろう。
そう。
「……それにしても、間近で見る佐々木結衣、めちゃくちゃ可愛いかったなぁ」
もしも〝夢〟にクオリティの概念があるとするならば、
まるで現実の出来事のような、鮮明に色づいたハイクオリティな夢だった。
あの〝佐々木結衣〟と、あのような甘いやり取りを交わすなんて事、言うまでもなく現実では絶対にあり得ない。
そんな貴重な体験を、夢だったにせよ味わえた事に、
「何だか得した気分」
と、一人ニヤける。
そんな自分はもはや〝痛い奴〟を通り越して〝ヤバい奴〟だと認識を改める。
同時に、もう少しあの夢の世界の中に居たかった――という甘酸っぱい思いを置き去りに、意識を現実へと引き戻すと、僕は学校へ行く支度を始めるのだった。
◆◇◆
「――あ! 奏君、おはよう」
夢から覚めた今、聞くはずのない鈴音のような声が聞こえ、家から出てドアを閉めようという一連の動作がぴたりと止まる。
そしてそのまま首だけを動かし、声のした方へ。
「……はい?」
「どしたの?そんなに固まっちゃって」
そこには目をぱちくりと瞬いた制服姿の佐々木結衣が立っていた。
「……ええぇぇーーー!!!なんでここにッ!?」
夢だと思っていた事象が再び目の前で起き、思わず驚きと戸惑いの声を上げてしまう。
そんな僕を彼女は困った人を見るように苦笑を浮かべると、人差し指で頬をぽりぽりと掻く仕草を取った。
「……えっと……。何故ここに?って言われても困るんだけどなぁ……。っていうかさ。今更驚く?昨夜もベランダで会ったじゃん」
「……え?……あ、あぁ……まぁ、そうなんだけどさ……」
そう答えながらも頭の中は真っ白。
佐々木結衣が転校してきた事も含め、昨日の出来事の丸々が夢だったと、そう信じきっていた僕は未だ動揺から醒めず、呆然と立ち尽くす。
そんな僕へ彼女は歩み寄ると、
「とりあえず学校行こ? ほら、早くしないと遅刻しちゃうよ?」
そう言って僕の手を取り、引っ張るようにして歩き出した。
「――えッ!? あ……うん……」
突然手を握られた事でドキリと鼓動が跳ね、そしてそのままバクバクと脈打ちが加速していく。
密着する手と手。
彼女のか細い指、柔らかな肉感を得ながら、僕の心は動揺と高揚感に支配され混乱状態にある。
でも、そんな騒がしい感情が渦巻く中、その逆、まるでホッと気が抜けるかのような感情もあって……。
そう。たぶんこの感情はアレだ……安堵感だ。
どうやら僕は不覚にも思ってしまっているようだ。
この幸福が夢じゃなくて良かったと。
その後、僕らは同じ通学路を歩く他の生徒達から大変な注目を浴びてしまった。
まぁ、そりゃそうだろう。
これから当然の如く学校一の人気者へと駆け上がっていくだろう彼女と、冴えない陰キャボッチな僕とが肩を並べて歩く光景はあまりにも不自然だ。
集まる視線が痛く突き刺さる。
何であんな奴が?と言ったような疑問と妬みが絡んだような視線だ。
ちなみに、僕と彼女が住むアパート周辺には同じ学校の生徒はいなかったらしく、幸いな事に僕らが同じアパートから出てくる瞬間だけは、誰にも目撃されずに済んだのだった。
◆◇◆
学校では昨日と同様、佐々木結衣の周りには生徒の波が押し寄せ、当然そこに僕が立ち入る隙は微塵もない。
心なしか佐々木結衣の表情が引き攣っているようにも見えなくもないが、
やはりああやって常に大勢の人に囲まれるのは疲れるのだろう。
(人気者も大変だな……)
そんな彼女が人集りから解放されるのは唯一授業中のみ。
チラッと視線を隣りへ向ければ真面目な表情で黒板の文字をノートへ写す佐々木結衣の横顔がある。
その横顔は只々美しく、可愛いらしく、そして色っぽい。
僕は彼女に気付かれぬよう度々その横顔を視界に収めるのだった。
◆◇◆
――夜。
いつものように夕食、風呂、その他家事諸々を済ませると、僕はそそくさとケトルで湯を沸かし、ココアを作り始める。
時刻は21時15分を指している。
昨夜ココアを片手にベランダに出た時刻が21時20分頃。そして佐々木結衣と遭遇したのはその直後。
僕は昨夜と全く同じ時間帯を見計らいベランダへと出る。
また彼女と……佐々木結衣と遭遇できやしないだろうかという淡い期待を胸に。
でも、
「……そんな都合良く居るわけないか」
――分かってる。
きっと昨日のアレはたまたまだったのだ。
いくら僕が昨夜と同じ行動を辿ったとして、あっちも同じ行動を辿るとは限らない。
ただ……もしかしたら、と……そんな僅かな希望の元に起こした行動だった。
それほどに、僕にとって昨夜の
何せ、あの〝佐々木結衣〟と二人きり。学校じゃ絶対に叶わないシュチュエーションだ。
誰から邪魔される事も無く、ゆっくり落ち着いた空気感の中でもう一度、昨夜のような夢のような邂逅を果たしたい。そう思ってしまっていた。
「……はぁ。」
落胆に満ちた大きな溜息と共にベランダフェンスの上に肘をつくと星空を見上げ、ココアを飲む。するとそこへ、
「溜息ばかり吐いてると幸せが逃げちゃうぞ?」
「――えっ!?」
切望していた鈴の声音に不意をつかれ、咄嗟に振り向くとそこには、
「こんばんは」
もたれ掛かるようにしてベランダフェンス上に両腕を置いた格好の佐々木結衣が、にっこりと天使のような微笑みをこちらへ向けていた。
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