第5話 固有スキルの発現
私は食事を注文すると待っている間に先ほど受けた鑑定内容を思い出していた。
(教会の持っている情報の中に無いスキル……か。あの管理者が最後に残した言葉『少しだけ加護を付加しておく』を好意的にとらえれば有用なスキルなのだと推測はできるけど『カード化』かぁ)
「お待たせしました。じゅうじゅう揚げ定食になります」
私が考え事をしていると急に声をかけられて現実へと引き戻されると同時に目の前にはなんとも美味しそうな唐揚げ定食が運ばれて来ていた。
「こ、これは唐揚げ定食!?」
「いえ、じゅうじゅう揚げ定食ですよ?」
「料理の名前なんてどうでも良いですよ。それよりもなんて美味しそうな匂いをしているの?」
「うちの店で一番人気の定食ですからね。熱いうちに食べてくださいね」
彼女はそう言うとぺこりと頭をさげてからくるりと背を向けて奥へと歩いていった。
(あの時、聞きそびれた事のひとつが『食事は美味しいのか?』だったのよね。日本人として生まれて十九年、食に関しては贅沢な環境で育って来たから食事だけはと思ってたのよね)
はむっ……。
はふはふはふ。
「んー。もう少しスパイスが効いてるともっと美味しいのだろうけどこれでも十分に満足出来るレベルだわ」
私は夢中で食べ進めて気がつけば全てを平らげていた。
「あとは食後の紅茶でもあれば最高なんだけどな」
私がそう思いながら先ほどは見る暇も無かったメニュー表を手にとって眺めてみる。
(飲み物は……香茶? 紅茶ではなく?)
私がメニューを見ていると先ほどの彼女が寄ってきており笑顔で話しかけてきた。
「当店自慢のじゅうじゅう揚げ定食はいかがでしたか? お客様は初めてのご来店と言われておりましたのでお飲物のサービスをさせて頂きたいのですが何が宜しくですか?」
「え? えっと、この香茶? というのはどんなものなのですか?」
「香茶はその名のとおり、香りを楽しむお茶で少し苦みを感じる方もおられますが身体の疲労回復に良いお茶とされています。そちら、お試しになられますか?」
「は、はい。宜しくお願いします」
私はそう言ってメニューを置く。
「では少々お待ちください」
彼女はそう言って食器を片付けていく。
食器の片付けられたテーブルを見ると水の入ったグラスだけが残されていた。
(カード化かぁ。たとえばこんなガラスで出来たグラスをカード化出来たりしたら割れる心配をせずに大量に運べたりするのかな? もし、そうだとしても一体どうすれば良いのだろう?)
私がそんな事を考えていると彼女が香茶を運んで来てくれた。
「香茶になります。先ずは香りを楽しんでからゆっくりと味の方も堪能してみてくださいね」
彼女はそう言って軽く会釈をして戻っていった。
「まずは香りを楽しむのね」
私はそう小さく呟くと陶器に入ったお茶の香りを嗅いでみる。
(あ、いい香り)
ふわりと甘い匂いが鼻をくすぐり気分を落ち着かせてくれる。
(このあとでゆっくりと飲めば良いのよね?)
私がゆっくりと陶器の端に口をつけて香茶を一口含むと心地よい香りと共に程よい苦みが舌を刺激する。
(思ったよりも苦みは少ないようで良かったわ)
私がホッとして香茶を飲み込むと頭の中にある言葉がふいに浮かび思わず呟いていた。
「――圧縮」
次の瞬間、手に持っていたはずの陶器のカップは一枚のカードとなって私の手の中に収まっていた。
「え?」
私は何が起きたのか理解が追いつかず手にしていたカードを呆然と眺める。
【陶器のカップ香茶入り】
カードにはつい今まで持っていた陶器のカップの絵が描かれその下には説明が書かれていた。
「これがカード化。私の固有スキルなのね」
私はそのカードを見つめながらそう呟くが、次の瞬間あることに気がついて焦り始める。
「こ、こ、こ、これどうやって元に戻したらいいの?」
陶器のカップは当然お店のものであり中身を飲んだら返さなければならないのは当然なのだが偶然カード化してしまったので戻し方が分からずにあたふたしながら頭をフル回転させる。
(カード化が圧縮だったから戻すには何になるのかしら?)
私はそう思いながら言葉を選んでいく。
「解凍。逆行。リターン。リバース。返還」
いくつか思いつく言葉を連ねてみるがカードは反応を示さず何も起こる気配もない。
その時、水の入ったグラスで氷がカランと音をたてた瞬間、ふと言葉が浮かんだ。
(あ、そうだ。圧縮――つまり物質をカードに押し込めたんだからそれを元に戻すのなら【解放】すればいいんじゃないかな?)
私がそう思った時、向こうから彼女が歩いてくるのが見えて慌てて唱えてみる。
「――解放」
私がそう言った次の瞬間、手にしていたカードは元の陶器のカップとなり私の手に収まっていた。
「香茶の味はいかがでしたか?」
ちょうどそこに彼女が現れ私に香茶の感想を聞いてきた。
「匂いは凄く良いですね。リラックス効果が期待出来ますし、味も言われていたほど苦くはなくて大変美味しく飲ませて貰いました」
私は今のカード化が見られていないかが気になって内心冷や汗をかいていたが彼女は特に変わった様子も見せず笑顔で私の話を聞いてくれた。
「ごちそうさまでした」
私は彼女に食事代を支払うとふと思い出した事を聞いてみる。
「間違っていたらごめんなさい。あなた教会の近くて串焼き屋をやっている方の親戚でしょうか?」
「はい? それを何処で聞かれましたか?」
「串焼き屋の主人に。このお店のことも彼に聞いたのですよ」
私がそう伝えると彼女は苦笑いをして「すみません」と言ってから続ける。
「叔父は時々ああしてこのお店にお客を誘導しているんです。でも、こんな若い女性にまで声をかけるなんて……気をつけないと役人に捕まってしまうかもしれないわね。今度注意しておきますね」
そう言って苦笑いをする彼女に再度お礼を言うと私はお店を出てドキドキした胸の高鳴りを抑えながら宿へと向かった。
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