第2話 親切な商人

 私は生きるために教えられた言葉を思い出しながら近くの街を探すために小高い丘を目指して歩いていく。


(この世界には凶暴な獣は居るのかしら? それよりも盗賊とかと出会ったらどうしよう)


 そんな事を考えながら丘に登ると辺りをぐるりと確認する。


(ここからは街は見えないけど馬車の通れるほどの道があるのが見えるわね。街道ってやつならばあの道を辿って行けば街か村には辿り着けるはずよね)


 私はズタ袋を肩に背負いながら見つけた道へと歩を進める。


 周りを眺めながら歩くと見たことのある草木が生えていたり逆に一度も見たことのない植物が生えていたりと好奇心を掻き立てるものが多くみられる。


(そういえば野草の中には薬の材料となるものもあったわね。この世界にもそういったものはあるのかしらね?)


 私がそんな事を考えながら歩いているといつの間にか目の前に道が見えてきた。


(結構しっかりとした道だけど舗装はされていないから文明のレベルはそれほど高くないのかも。まあ、街の様子をみれば分かるかな)


 道までたどり着いた私は辺りの様子を見回すがもちろんこんな場所から街や村などは見えるはずもない。


 仕方なしに道に目をやると目の前の道は左右にのびており片方は上りで反対側は下りになっているようだ。


(一概には言えないけれど大きな街は広い平地に作られるものだから下りの方が可能性としては高いはずよね)


 私が道の真ん中でそう思考を巡らせていると右側の上り側から音が聞こえてきた。


 ――ガラガラガラ


 私が首を向けるとちょうど視界に一台の馬車が現れるのが見える。


 私はそのタイミングの良さに違和感を覚えたが今はそんな事を気にしている場合ではないと目の前を通り過ぎようとしている馬車の御者に手を振って合図を送りながら声をかけた。


「すみません。この道の先に村か街はありますか?」


 私に気がついた御者の男性は馬車を止めて質問に答えてくれる。


「この道沿いに下って行けばモルの街に着くが馬車でも半日の距離だぞ。そもそも、何故こんな場所に若い女性が護衛も連れずに歩いているんだ?」


『よく分からない神様に連れて来られたんです』とは言えない私は「自分でも良く分からないのです。気がついたらこの丘の上に居ました」と詳細な事はぼかして事実を話した。


「迷子の上に記憶喪失かい。これはまたどうしたものか……」


 御者の男性が考えていると馬車から声がかかる。


「どうした、急に止まって? 何かあったのか?」


「あ、旦那様。いえ、この方が道を聞いて来たので答えたまでなんですが、どうやら記憶喪失のようで自分がなぜここに居るのかを理解できていないようなのです」


「なんだと? それは大変だったな。ふむ、身なりから盗賊の類ではなさそうだ。街へ行くなら乗せてやりなさい」


「良いのですか? 素性の知れない者を乗せるにはリスクがありますが……」


「構わん。悪意の鈴が鳴っておらんなら害意は無いはずだからな」


「分かりました。ですが、旦那様と同じ馬車に乗せるわけにはいきませんので御者台の補助席に乗って頂きましょう」


 御者の男性は私を見ていくつかの質問をする。


「君の名を教えてもらえるかな?」


 彼の質問に私は「リア」と答える。


「リアか、君が何故ここに居るかは分からないが街へ行きたいのだろう? 旦那様の許可が出たので良ければ馬車に乗せて行く事も出来るがどうする?」


 街まで馬車で半日かかる距離だと聞いており、親切にも馬車に乗せてくれると言ってくれているのだ断る理由はないだろう。


「助かります。それで乗車賃はいくら払えば良いのですか?」


 私の言葉に御者の男性はキョトンとした表情をしてすぐに笑い出す。


「そうだな。旦那様の善意の提案だが無料ただで乗るのは気が引けるか。記憶喪失のようだがその心がけがあるならば悪い人間では無かったのだろうな。そうだな、運賃は街に着いた時に旦那様にしっかりとお礼を言えば良いだろう」


 御者の男性はそう言うと御者台の補助席を指して乗るように促した。


「ありがとうございます。えっと……」


「ニートンだ。今はラジアン商会の筆頭御者をやっている」


 私はニートンにお礼を言って補助席へと乗り込むと馬車はゆっくりと走り出す。


「この馬車はモルの街へ向かっていると聞きましたがどのような街なのですか?」


「モルの街はこの国、セルシウス王国の王都から南にある第三の街で農業から商業まで幅広く発展した街だ。ラジアン商会はモルの街を中心に王都をはじめ近隣の中小の町や村を繋ぐ輸送を担う商会なんだよ」


「なるほど、あと教会について教えて貰えませんか?」


「そんな事まで忘れたのかよ? 仕方ないやつだな、いいか……」


 いきなり別の世界に送られたのだから少しでも情報は集めておかなければならないと私は馬車を走らせるニートンに質問を繰り返したが彼は私をか弱い女性とみたためか怒る事もなく親切に教えてくれた。


 やがて馬車が通る道の幅が広くなってくるとニートンがラジアンに対して声をかける。


「旦那様。そろそろ街に着きますが彼女は何処で降ろせばよろしいでしょうか? さすがに私どもと一緒に街へ入れるわけにはいかないと思いますが……」


 ニートンの質問に対してラジアンは「そうだな、街の門前で降りて貰い、一般門から入ってもらいなさい」と返した。


「……だそうだ。私たちは商人用の門から入るので一般門で入街料を支払って入ってくれ。乗車賃を支払おうとしていたぐらいだそのくらいの金は持っているのだろう?」


「あ、はい。そう高くなければ支払えると思います」


「個人ならば一人銀貨一枚だ。さすがに金の種類と数え方は憶えているだろう?」


 ニートンは一抹の不安を感じて私にそう尋ねる。


「すみません。教えてください」


「マジかぁ」


 結局、私はズタ袋の中から財布代わりの小袋を取り出してニートンにお金の種類と価値を教えて貰ったのだった。

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