はじめてのオークつかい!!! ~元最強の戦士、オークに堕ちて幼女テイマーに調教される~

黒衛

第1話 深い森の出会い

『勇者』と『魔王』の戦いについて、知らない者はいないだろう。


 かつて魔族の王である魔王は、七つの邪悪なる種族と共にこの世界を侵略した。

 多くの人々が苦しめられ、世界は絶望に包まれていた。


 そこに現れたのが勇者だ。


 女神の加護を受けし勇者は、五人の仲間と共に魔王の軍勢と戦った。

 激しい戦いの末に勝利したのは勇者だった。

 魔王は勇者に倒され、他の種族の王達も女神の祝福により邪悪な力を浄化された。

 こうして世界に平和がもたらされたのだ。


 何の捻りもないお伽噺みたいだが、これは間違いなく現実にあったことで。

 しかも十年前。

 伝説と呼ぶには割と最近の話だ。


 まだこの世界には危険なモンスターが数多くいる。

 魔族の残党とかもしぶとく生きながらえ、どこかに隠れ住んでいるらしい。


 それでも、もう人々の平和が脅かされることはないのだろう。

 勇者の末裔にして『冒険者』と呼ばれる彼らがいる限り。



 だからこの世界は――今日もクソみたいに平和だった。



 ●●●



 そのオークは冒険者が嫌いだった。

 冒険者と言えばこの世界における平和の象徴であり、かつて魔王を倒した勇者の末裔とされている。高価な武具を買い揃え、仲間とパーティを組み、様々なクエストをこなす彼らのことを英雄の如く崇める者は多い。


 しかしそのオークに言わせれば、所詮は勇者の真似ごとだ。


 既に魔王が倒されたこの世界で彼等が求めるものといえば、金や名誉、一時的な快楽といった低俗なものばかり。かつての勇者のように高潔な使命があるわけではない。戦いにおける誇りや信念、覚悟もない。

 この十年の間に急に溢れだした虫ケラのような存在だ。


「どこ行きやがった、『角付きのオーク』!」

「絶対に逃がすかよォ! 懸賞金二十万ゴルは俺らのもんだァ!」

「殺せ殺せえ! きゃはははは!」


「グウウウウ……!」


 深い森の中を、一体のオークが逃げるように走る。

 ブタかイノシシを思わせる頭部と、屈強な茶褐色の肉体。あちこちに刻まれた古傷は、冒険者に狙われ続けてきたことを物語っている。

 そして何より特徴的なのが、額に生えた一本の角だろう。普通のオークにはあるはずのないもの。高額な懸賞金がかけられている所以でもある。


 モンスターは人々の平和をおびやかす。

 勇者の末裔である冒険者は、人々を守るためにモンスターを討伐する。

 それは今の世界における絶対の摂理であり、オークである自分がこのような扱いを受けるのも当然のことなのだろう。


(……違う)


 オークは即座に否定する。


(俺はオークではない……ロウギだ)


 ロウギ。

 それはある一人の戦士の名前だった。

 肉体がオークに堕ちてなおも自身を見失わないために、幾度となくこの名を心の内で繰り返した。少なくともロウギという男は、冒険者などという戦士ですらない俗物に背を向けて逃走するような腰ぬけではなかったはずだ。


「……! グウッ」


 オークの肩口を一本の矢が射貫く。

 どうやら見つかってしまったらしい。


「よっしゃあ! 今度こそ追い詰めたぜ!」


 暗がりからニヤニヤと笑いながら姿を見せたのは、忌々しい冒険者共。

 前方の左右に二人。そして後方にも一人。三人の冒険者が隙なくこちらを囲む配置についている。もはや逃げ切れる状況ではないだろう。


(ここまでか……ならば)


 ロウギとしての理性が、ある覚悟を決める――その時だった。

 球状の何かがヒュンと飛んできたのは。


「ぐえっ!」


 ドポウッ!


 それは冒険者の一人に直撃すると破裂した。

 黒ずんだ何かを撒き散らしながら筋肉質の男を弾き飛ばす。


「なんだあ! う、動けねえ!」

「ちょっ。くすぐったい。きゃはははは!」


 また、他の二人の足元にも黒ずんだ何かが出現していた。

 五本の指を持つ『手』を形作り、二人の足首を掴んでいる。


(なんだ、これは)


 突然の事態を前にオークは硬直する。

 黒ずんだ何かはドロドロと粘性を帯びており、まるで『泥』のようだった。突如として現れた泥と形容すべきなにかが、意思を持ったかのような動きで冒険者達を妨害している。


「こっち、です……」


 何者かの声。

 オークの視界の端に、チラリと小さい人影が見えた。

 しかしそれも一瞬のこと。すぐに木の陰へと姿を隠してしまう。


(……俺を誘っているのか?)


 相手の意図はわからない。

 しかしオークの足は自ずと人影を追うように動いていた。

 負傷した体を引きずるように森の中を歩くと、やがて開けた場所に辿り着く。


 そこで待っていたのは二人の少女だった。

 丈の長いローブを羽織った、十才にも満たないであろう幼い少女。

 黒を基調としたセーラータイプの学生服を着た、十代半ばくらいの銀髪の少女。


 いずれも冒険者という感じではない。

 モンスターが徘徊する森の奥深くで見かけるには、かなり異質な二人組だ。


 オークは本能的に感じていた。

 先ほどの『泥』による冒険者への攻撃が、目の前の少女達によるものであること。

 そしてオークである自分に何らかの目的があること。そのために冒険者達を妨害し、この場所に招いたであろうこと。


(一体、どういうつもりで……)


 オークがその真意を探るような目を向けていると、


「よし、エコ様! こいつ相当弱ってる! 今がチャンス!」

「う、うん……やってやる、です……!」


 二人は突如として行動を開始した。

 まずローブの少女が、手にした杖の先端をずぶりと地面へと。そこから黒ずんだ『泥』がずぶずぶと生まれ、いくつもの塊となって浮かび上がる。


「【奈落の泥団子アビスボール】! やああっ! 」


 ローブの少女が何かを口にすると、塊の一つが球状になって飛んできた。

『泥』の弾丸は果たしてオークへとぶつかり――ドポウッ!

 弾けるように炸裂した。


「グゥッ!?」


 見た目以上の衝撃がオークの全身を揺らす。

 しかも弾けた『泥』はまるでアメーバのように、オークの上半身を覆った。視界も瞬間的に塞がれる。


「くらえっ、『角付きのオーク』!」


 その隙をついてオークに迫ったのは銀髪の少女だ。

 先端に金属製の球体が付いた鎖をビュンビュン振り回しながら、


「てええい!」


 オークの顔面へと一切の容赦もなくゴギンとぶつけてきた。

 この鎖分銅のような形状の武器には、見覚えがある。鎖のしなりや遠心力を利用することで威力を底上げさせる「フレイル」という武器だ。主に腕力に劣る女性や、殺傷力の高い刃物の使用を禁じられた教会の聖職者とかが扱うらしいが。


「このっ! このっ! こんくそっ! とっととくたばれェ!」


 ビュンビュンビュンゴスッ! ビュンゴスッ! ゴスッ!


 銀髪少女はヤケクソ気味に鎖を振り回し、しかし打撃部分は執拗なまでにオークの顔面を打ちまくってくる。フレイルの趣旨の割に殺意が尋常ではない。


「【奈落の泥団子アビスボール】!」


 一方、遠距離からは次なる泥の弾丸が飛んでくる。

 直撃と同時にドポウッと炸裂、衝撃がオークの全身を震わせる。


「えこのありったけをぶつける……です! やあああああ~!」


 ローブの少女が叫ぶ。

 十近くある拳大の泥が一斉に着弾――ドポドポドポドポウッ!


「グハアッ!?」


 衝撃に耐えきれず、とうとうオークは後方に弾かれた。

 後ろにあった大木に背中から叩きつけられ、力なく頭を垂れる。


「よっし!」

「や、やった……!」


 二人の歓喜の声が暗い森の中に響く。

 オークは頭を垂らしたまま、暗い森の湿った土の色を呆然と見つめていた。


 意識はある。

 フレイルで叩かれまくった顔面はヒリヒリするし、泥のカタマリを何度もぶつけられた上半身は泥塗れ。しかし、大したダメージがあるわけではない。


 ただ、なんかこう、やるせない気持ちだった。

 結局のところ――この二人もオークの首を狙っていたのだろう。

 泥で冒険者を邪魔したのも、この場所へと誘ったのも、追い詰められたオークを助けるためではない。ようは疲弊した獲物を横取りしようとしていただけなのだ。


 冒険者らしからぬ二人を前に、一瞬でも気を緩めてしまった自分が愚かだった。

 ふつふつと怒りが湧き上がってくる。


(舐めるなよ……小娘が!)


 それはオークに残された、かつての戦士としての矜持なのかもしれなかった。

 戦士ですらない有象無象の冒険者に討伐されることは我慢ならない。

 しかしまだ一人で生きる術も持たないような小童に討伐されるなど、それ以上に許されないことだ。


「ガアアアアアアアアアアアアアアアァァ!」


 憤怒の咆哮をあげ、オークは荒々しく立ち上がる。


「なっ、なんで!? まさか全然効いてなかったの!?」


 銀髪の少女が動揺をあらわにする。それも当然だ。上手く誘い出した獲物相手にあれだけ一方的な攻撃を食わせ続けたのに、倒せなかったどころかまだピンピンしているのだから。


 オークは銀髪少女の慌てように溜飲を下げつつ、続けてローブの少女を見る。

 銀髪少女の反応がコレなのだから、幼い方は恐怖のあまり泣き叫んで――


「ふわあああ!」


 しかしローブの少女は目をキラキラと輝かせていた。


「仲間になりたそうな目で……こっちを見ている、です……!」


 そしてなんか妙なことを言い出した。


(えっ。仲間……えっ?)


 思ってた反応との違いに戸惑うオーク。

 それは銀髪の少女も同じらしい。「えっ、そうなの?」とか口にしている。

 しかしローブの少女はそんな反応を気にする様子もなく、とことことオークに向かって歩き始めた。


「ちょっと!? あ、危ないって、エコ様!」


 銀髪少女がそう声をあげるが、しかしエコと呼ばれた少女は足を止めない。

 その足取りには、一寸の迷いすらうかがえない。


(な…………)


 無警戒に近づいてくる少女を前にして、オークはどう対応していいのかわからなかった。

 あるいは――自分が果たしてどうしていただろう。

 ローブの少女はオークの目の前、もはや手の届くところで足を止める。

 幼い少女にとってはあまりに危険な距離。


「ごめんなさい……痛かった、ですか……?」


 しかし先に手を届かせたのは少女の方だった。

 オークの鼻先にできた傷にぴとっ、と。

 少女の小さい手が触れる。


「…………!」


 その感触に、オークは思わずビクリとなった。

 刃物で切られたり鈍器で殴られたことは、数え切れないくらいある。

 しかしこのように手で直接、それもまるで赤子をいたわるかのような優しさで、ことなど――オークとしての記憶には刻まれていない。


「そ、そうだ……おなか、すいてる、よね……?」


 小さい少女がローブの内側から何かを取り出す。

 手の平に乗せられていたのは、黒ずんだ色の丸い物体。先ほど何度もぶつけられた泥の弾丸に似ているような。しかし鼻孔をくすぐる芳醇な匂いが、それが食べるものであることをオークに理解させる。


「ウ…………」


 謎の球体を見続けること数秒――警戒よりも本能が勝った。

 ゆっくりと口に入れ、それをムグムグと咀嚼する。


(……な、なんだこれは!)


 尋常ではない美味さだった。

 パサパサとした食感こそ味気がないようで、しかし噛む度に上質な肉のような旨みがマグマのように溢れだしてくる。なんだ、この団子は。


 ――ガチャリ。


 感動に打ち震えていると、首に何かが付けられる感触があった。

 手で触れて確かめる。金属製の首輪だった。


「くー。これでいい、の……?」

「たぶん! 『角付きのオーク』、げっとだぜぇ!」


 なにやら楽しげな聞こえてくる。

 二人が楽しそうにバチンとハイタッチを交わしている。


(え……? 首輪? え?)


 ただオークだけが取り残されたかのように呆然と立ち尽くしていた。

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