第4話 待合室
「オーナー自らが案内とは……感謝する」
ホール脇の待合室に案内された若者は、少女と並んでソファに座ると、オーナーに声をかける。
威厳のある若者の声に、付き従った全員が恭しく頭を下げる。
オーナー自らが対応するという、その意味を知っている若者は少しだけ驚きをみせたが、それ以上の反応はなかった。感激で舞い上がったり、恐縮で卑屈になることもない。
若者の淡々とした反応に、「この方々はそうされるに相応しい、高貴な生まれの御方なのだ」と、オークションスタッフは理解し、いつも的確な判断を下すオーナーの慧眼に感心する。
「嬉しい! オーナーがわたくしのお相手してくださるのね。わからないことがたくさんあるので、色々と教えてくださいね。今回は、わたくしの『お兄さま』も一緒なので、ゆっくりとオークションを堪能できそうですわ」
そこに、サヨナキドリのような澄んだ美しい声が加わる。
歌うような、さえずるような美声に、誰もが我を忘れて聞き入ってしまう。
「前回は急いでおりましたので、オーナーとはあまりお話ができませんでしたけど……。わたくし、オークションの日がくるのを楽しみに待っていましたのよ。今日はオーナーと時間をかけてお話ができるのかしら?」
もちろんでございます……と、答えるところだったのだが、若者から純度の高い殺気を感じ取り、オーナーは慌ててセリフを変更する。
「わたくしどもは、舞台の裏方でございます。おふたりにこの舞台をお楽しみいただけるよう、世界の逸品との一期一会がより鮮烈なものとなるよう、黒子として全力を尽くさせていただきます。よろしくお願いいたします」
自分に注がれていた殺気が和らいだのをオーナーは感じ取っていた。
[『黄金に輝く麗しの女神』様の『お兄さま』は、かなり……いや、とてつもなく嫉妬深い]
[『黄金に輝く麗しの女神』様は、人目から極力隠すべし]
心の顧客メモに新たな項目が加わる。
『黄金に輝く麗しの女神』様が会話に加わった瞬間、若者はオークションスタッフの視線から少女を隠すように身体を動かしていた。
貴賓ルートを選択する若いカップルは、ほとんどの男性がパートナーを独占したがる。今回の賓客もそうだったというわけだ。
まあ、それは若いから致し方ない。
立派な方であるほど……パートナーへのアプローチだけが、なぜか不思議なくらいに空回りする……という傾向が強いのだが、この『お兄さま』もその法則にばっちり当てはまっているようだ。
どこの世界でも、年寄りは生暖かい目で、恋の行方を見守るだけにとどめておいた方がよい。
オーナーは『お兄さま』の未来に栄光あれ、と、祈りの詞を心の中でつぶやく。
オーナーはすぐさまサインを送り、控えていた若い男性スタッフを速やかにバックヤードへと下がらせる。
スタッフが豪奢な待合室から退出すると同時に、若者の口元が嬉しそうな笑みを浮かべたのをオーナーは見逃さない。
若者と目が合った。
尊大で、挑発するような鋭い目だ。
ふたりの言動を観察し、それにあわせて対応を瞬時に変更しているザルダーズ側の思惑を見抜いている目だった。
それはまるで「わたしを満足させることができるかな?」と語っているようだった。
オーナーの職業魂がブルブルと震えだす。
参加者の『欲』を見抜く目を受け継ぐザルダーズオーナーは、己の威信と経験、持てるすべての力と技と、ついでにスタッフを総動員して、このふたりに最高の案内をしようと心に決める。
そうするだけの価値ある御方に出会えた幸運を、ザルダーズオーナーは素直に喜ぶ。
「お席にご案内する前に、まずはこちらをお使いくださいませ」
オーナーが軽く手を二度叩くと、銀のトレイを持った年配の女性スタッフが少女と若者の前に進み出る。
片膝をつき、頭を垂れて視線を下げると、銀のトレイを恭しく掲げる。
スタッフは賓客を見下ろしてはならない。
「まあ! 綺麗!」
「仮面?」
銀のトレイの上にはそれぞれ、男性用、女性用の仮面が載っていた。
こちらも鳥を模した仮面だが、今、ふたりがつけている仮面よりも装飾が多く、キラキラと煌めいている。
「今の仮面だと、なにか不都合があるのか?」
「わたくし、今の仮面が気に入っていますのに?」
用意した仮面だが、少し、装飾が派手すぎたようだ。
「さようでございますか。では、こちらはいかがでしょうか?」
オーナーは軽く頷くと、今度は3回、手を叩く。
女性スタッフと入れ替わるようにして、年配の男性スタッフが、銀のトレイをふたりの前に差しだす。
今回のトレイにも仮面が載っている。
今度の仮面も鳥デザインは踏襲していたが、先ほどの仮面よりはキラキラいや、ギラギラはしていない。
ぱっと見た感じでは、女性スタッフが持ってきた仮面の方が高価そうに見えるが、男性スタッフが持ってきた仮面の方がよい品物で、10倍の値で取引されている。
原材料費もそれなりにかかっているのだが、それ以上に工程が複雑で、一つ完成させるのに随分と時間がかかる仮面だった。
生産に時間がかかりすぎて在庫を確保できず、受付で他の参加者に売るには、ふさわしくない仮面である。
だが、そのようなザルダーズ側の事情など、女神とその後見人には関係ない話である。
「お兄さま……これは、どういった余興なのでしょうか? 入室テストかなにかでしょうか?」
「……試されているようで、あまりいい気分はしないな」
若者の声音ががらりと変わり一瞬、冷や汗がでかかったが、澄んだ女神の声がオーナーの窮地を救う。
「でも、お兄さま、こちらの仮面、お兄さまにはとても似合うと思います。この凛々しい顔立ち……この仮面をつけたお兄さまを見てみたいですわ」
「うむ。そうだな。こちらの仮面の方が、イトコ殿の美しさを損なわないな。今の仮面もイトコ殿の愛らしさを表現しているが、こちらの仮面もなかなかのものだ。気品がある」
ふたりはそういう言葉を交わしながら、控えめな装飾がなされた仮面の方を手にとった。
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