陽、落ちる

ゼン

1

 「ねぇ、知ってるかい?」


 さらさらと風が吹く夕暮れ時、先輩は語りだした。


 「桃太郎は日本発祥じゃないんだ。中国発祥のものが仏教と共に伝わって来たらしいよ」


 僕は小さくため息を吐く。またか。


 「はいはい、桃太郎は日本発祥ですよ」


 そう、先輩が今言った事は全くの嘘である。桃太郎は日本発祥だし、割と最近できたものなので仏教とは大して関係がない。

 彼女はため息を一つ吐き、つまらなそうに空を見上げた。


 「君は本当に面白くないねぇ」

 「どう考えても先輩が変な嘘つくのが悪いでしょ……」


 先輩はこういった嘘をよく吐いた。たこ焼きは最初平べったかったとか、らっきょうはニンニクの仲間だとか。嘘か本当かわからない嘘を吐く。

 初対面の時は感じのいい明るい人だなぁなんて思ってたのに、実際は年中低血圧の変人だ。今もタバコの煙で輪を作って遊んでいる。


 「……ふぅ。少しは騙されてくれないと面白くないんだよ。君は知識ばかりあっていけない」

 「知識があるのは良い事でしょう」

 「……知識ばかりでは駄目だ。知識を扱う知恵がなければ意味がないんだよ。」


 ぐうの音もでない正論だ。先輩が言ったように僕は試験はできるが実習はできないタイプだった。知識があっても実践に生かせない。


 「さて、そろそろ行こうか」


 先輩は吸殻を携帯灰皿に押し付けると、僕たちが乗ってきた車に向かって歩き出した。ざくざくと小さな雑草を踏み倒し進んでいく。来た時にはまだ明るかった空は暗く染まり、もうすぐ日が落ちる事を知らせていた。


 「後輩君」


 先輩が振り返る。瞬間ふわりと煙草と香水が混ざった香りがした。


 「私は君となら……一緒に死んでもいいと思ってる」


 どきりと心臓が高鳴る。顔が赤くなっていないだろうか。夕暮れで隠れていることを祈った。


 「また、嘘ですか」


 先輩はくすりと笑うと、僕の手を握った。


 「どうだろうね。でも……」

 

 「君は私の手を放さないでね」


 僕はもうしばらく、先輩の手を離せそうになかった。

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陽、落ちる ゼン @e_zen

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