第17話 アクシス・ムンディ【3】


光芒こうぼうの宮殿の廊下はその名に反し薄暗いままで、両壁の上方に蛍の光のような淡い照明が頼りなく明滅しているだけであった。

その照明もなぜか私達が通り過ぎると徐々に光を落として消えてしまう。

ちょっとした迷宮ダンジョンの中にいるようだ。


これも魔法、かな?


案内してくれている執事バトラーのローレンス氏がいなければ、自分が城にいるなどとは微塵も思えない。


いや逆に、これこそがエルフの城なのかも知れないな、とも思う。


迂闊うかつに足を踏み入れる者がいないように───


そんな事を考えていた矢先、不意に私達の目の前に巨大な扉が出現した。


そこを開けばいかにも大物が鎮座ちんざしてそうな雰囲気の───螺旋らせん状のつた植物のような模様とルーン文字、そして魔法陣らしきものが彫刻された、不思議な木製の観音開きの巨大扉。


ローレンス氏がその扉に刻まれている魔法陣のひとつに右手を触れると、そこからぽわんと蛍光グリーンの光が輝き、重々しいきしみ音を立てて扉が開き始めた。


ある程度開ききったところでローレンス氏は脇に身を寄せ、私達を廊下とほぼ変わりない薄暗い室内へと導き入れる。


「よくぞ無事に戻って参られたな───!」


その薄闇を破るがごと滔々とうとうとした声が響き渡ったかと思うと、室内が一気にぱあっと明るくなった。


うっ、まぶしっ。


突如とつじょ網膜を焼くような光の奔流ほんりゅう眩惑げんわくされ、思わず目をしばたかせていると、


「メグ………!」


別の声が叫ぶようにその名を呼びながら、私達の方へバタバタと駆け寄ってくる気配がしていた。


「あっ、父上、それはメグじゃ───」


と言うヴィンセントさんの制止する声も虚しく、眼の前に忽然こつぜんと現れた光り輝く大広間に驚くいとまも与えられないまま、その奥から一人の豪奢な金髪のエルフの紳士が猛然と駆け寄ってきたかと思うと、避ける間もなく抱き締められていた。


ひぃー!?


私としては見知らぬ金髪パツキン紳士───多少時を経てくたびれた感は否めないが、ヴィンセントさんに似てなかなかの美麗な紳士───に突如とつじょ抱きつかれ、脳味噌ノーミソが亜空間まで飛んでいった気がしていた。


「良かった……本当に良かった……メグ! 私のせいで、あんな……あんな目に、わせてしまって───」

「イヤ、だからお父さん、落ち着いて……ほら、鼻水が真夜まよさんにつくから……!」

「んぁ……? これが落ち着いて喜んでなどいられるものか! お前の妹が───私の娘が、やっと400年の眠りから戻って来たんだぞ!!」

「いや、だから、彼女はメグじゃ───」

「ん? メグ、その目と髪の色はどうしたんだい!? まっ、まさか、呪いのせいでそんな風になってしまったのかい!? 嗚呼、なんて不憫ふびんな私の可愛い娘……!!」

「だーっ! 少しゃー落ち着けこのクソ親爺……!!」


何、この台風みたいな親子……?


佳麗(?)な親子エルフに挟まれ、今度は私が400年の眠りにつくかも知れないと思うのだった。


どっとはらい。




×××××××××××




「───えっ? メグわたしのムスメメグわたしのムスメじゃないとは、一体どう言う事なんだ!?」


ヴィンセントさんとイアンさんにどうにかなだめられ、ようやく落ち着いた、ヴィンセントさんとマーガレットさんのお父上───グリフィス・マクガヴァン・オハラ氏。


いまだに私の体をぎゅうと抱き締めたまま、困惑の表情を浮かべていた。

今この手を放してしまったら、またマーガレットさんが眠ってしまうのではないかと危惧しているかのように。


マーガレットさんがもう二度と眠ってしまわないように、と───


うん、そうだよね……私だってあんまり信じたくないもん、この状況。


「だから、前にも説明しただろ? 魔法使いドルイダス・リワが、目覚めさせるだけなら出来るって。ただ、もうそれはマーガレットではない、と」

「……確かに言っておられたが、まさか、そんな……」


グリフィス氏は自分が今、確かに抱き締めている自分の娘マーガレット───現在中身は香月真夜かづき ま よ───を、青玉サファイアのような瞳に悲しそうな色をたたえながら見つめ、激しく動揺しているようだった。


あぁ……私が別に悪いんじゃないんだけど。


「ごめんなさい、マーガレットさんのお父さん。私も突然、里和ちゃんに呼ばれて(?)しまってこの体マーガレットさんの中に……私もまだ、どうしていいのか判らないんです」


私が正直にそう口を開くと、更に愕然がくぜんとした様子で、少し青ざめながらそれまで抱き締めていた両手を震わせゆっくりと放した。

ほっとしたと同時に、体がすうっと寒くなった感覚に一抹の寂しさを覚える。


お父さんって、こんな感じなのか、な……?


ふと里和ちゃんに視線を移すと、思った以上に真顔な彼女の目線とかち合い、私はかなり動揺した。


私達は互いに父親を小さい頃に亡くしている。


本当は里和ちゃんも辛かったんだな……。


そうは気づけたのだが、内心再びあの引っ掛かりが再燃する。


何で彼女は私が彼女との約束を忘れたとは言え、わざわざ私をこんな目に遭わせなければならなかったのか?


「あぁ……私の娘……やはり、私のせい、で───!」


グリフィス氏は到頭とうとう立っていられず、崩れ落ちるように座り込んでしまっていた。


私は驚いて手を差し伸ばすが、今度はその私の手を触ろうとはしなかった。

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