第15話 アクシス・ムンディ【1】


眼前の異様とも呼べる風景に度肝どぎもを抜かれる。


仄暗ほのぐら幽翠ゆうすいな森の中、白銀の光に彩られた宝玉のような城が、まるで地面に埋まっているかの様に見えていた。


深くて巨大な落とし穴のような谷間に、それは煌々こうこう瑰偉かいいな姿を現している。


そして城自身が発光しているかの如く、束になった輝きが森の木々を突き抜け、遥か天空を指し示しているかのように一直線に伸びていた。


これが『光芒こうぼうの宮殿』───


先ほどのフェアリーリングのあった妖精の森とよく似ている様でまた異質な亜空間にあることだけは、何故なぜか何となく皮膚感覚で感じることが出来た。


「相変わらず用心深い城だな、ここは」


緋色の髪のイアンさんが伸びをしながら呆れたように独り言ちる。


どういう意味だろ?


私がつい先刻さっきまでの妖精たちとのどんちゃん騒ぎから立ち直れず、まだ頭がクラクラしたままへたり込んでいたのだが、たまたまそばに立っていたそんな緋色の青年を見上げ思わず首を傾げた。


「まぁ、最近のニウ・ヘイマールの情勢を考えると仕方ないな」


今度はまた思いのほか近くから聞こえてきたその声にぎくっとする。


そぉっと振り向くと、イアンさんの左隣りに黒髪痩身の青年がたたずんでいた。


ったく、何で私の死角にいるんだ───いやいやいや、たまたまだよね、たまたま。


苦手意識が先走る自意識過剰な自分をいましめつつ、また目の前の圧倒的な風景を眺める。


夢の国の城や日本のお城は何度か見たことはあったが、千秋万古せんしゅうばんこを経たであろう本場物のかもし出す荘厳さには遠く及ばない。


その存在の美しさに心が持っていかれそうな心地がしていたが、ふと違和感に気づく。


ん?

何か、入れそうな出入り口らしき場所が……ない!?

それにどこから降りるんだ、この谷間に?

お城の死角にあるのかな?


私が座ったまま首を傾げていると、今度はおずおずとしたソプラノの声が遠慮がちに頭上から降ってくる。


「あの、メ……カヅキ、さん? 大丈夫ですか?」


お、この可愛らしいアニメ声は───


声のした左上方に視線を移すと、その声に似つかわしい幼さの残る容貌に黄水晶シトリン色の大きな瞳、褐色の肌に桜色のぷっくらとした唇、ウェーブがかった金髪がきらめく愛らしい少女が、その小柄な身長ほどの魔杖ワンドを抱きしめるようにして持ちながら、心配そうに私の顔をのぞき込んでいた。


「大丈夫だよ、ライカちゃん。心配してくれてありがとね」


私はニカッと笑ってそう言うと、そのまま慌てて立ち上がろうとしたのだが、途端にくらくらした目眩めまいに襲われ、立ち上がれないままその場で両手をついてフリーズしてしまっていた。


400年間も眠ってると、こんなに体って無理が利かなくなるんだね……。

つか、そう言う問題でもないか………ははははは。


「あっ、無理しないで下さい」


内心私がそんな風に地味に嘆いていると、焦ったようないたわりの言葉のあとに私の背中に何かが触れ、ライカちゃんが何事か唱和する声が聞こえてきた。


やがてそこからほんわかと温かく柔らかな光が私の体を包み込んだ。


あー、ライカちゃんのヒーリング魔術だ。


私がそのままの格好で彼女に身を任せていると、どんどん体が軽くなってゆくのを感じていた。


そして次の瞬間、ライカちゃんの気合いと同時に私の体の中から何かが払われる感覚が走り抜ける。


「いつもありがとうね。すっごく体が軽くなったよ」


右肩を回しながらそう紫紺しこん色の魔導服姿の彼女に礼を言うと、はにかみながら嬉しそうな表情になった。


なんつーキュートな笑顔じゃ!


ハートを思い切り射抜かれた私は、いつもそうやって笑ってるといいんだけどなぁ、と内心残念に感じていた。


そこで、先ほどからちょっと離れた場所でヴィンセントさん、蘭丸さんと何事か話していた美女エルフが、こちらに顔を向けて鶴の一声を発した。


「ライカ、サンキュー! じゃ、早速アーロンさん達に会いに行こうか」

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