世を儚んだ友人がエルフになってファンタジー世界で私を脅迫するんですが

ゑ曽とがりねずみ

〜 Prologue 〜


あれは数年前のやけに暑かった夏の終わりだった。


割といつも、何となくベタつく潮風が吹き続ける閑散かんさんとした港町の夏なのだが、その年は北海道にしては変に耐えられないほど湿気の高い暑さが連日続いていた。


その上、毎年夏になると更にこの町特有の油っぽい魚介臭がひどく漂うのが、猛暑の不快感に更なる拍車をかけていた。


そんな街で久々に会った高校時代の同級生から飛んでもない話を聞かされた。


結婚して内地で暮らしてたはずの里和りわちゃんが突然亡くなったと───


はっ……!?


降って湧いた話に脳ミソが追いつかない。


「え、何、ソレ……?」

「何って、アンタ知らなかったの?」

「知らないも何も、最近特に連絡もなかったし……」

「アンタら仲良かったんじゃないの?」


その呆れたような相手の言葉に、私は思わずぐっと言葉に詰まる。


「ワタシもまた聞きだからくわしくは分からないんだけど……」


彼女が下にズレた細いフレームの眼鏡を指先で揺すり上げながらそう言い淀んでいるのを見て、ある光景が私の脳裏にフラッシュバックする───


一昨年おととし彼女に会った時に見た、左腕の内側にあった無数の傷あと───


その時は別の友人も同席していたので、必要以上にくことはしなかったのだが……。


まさか───


私は目の前が真っ暗になる心地がしていた。

そんな私の様子を見て、眼鏡の同級生は何かを察したように口を開いた。


「……まぁ、華田はなだにハナシ通しておくからさ、会ってその辺のこと聞いてみるといいよ」


華田冴子さえこは私達と高校で同じクラスだったひとりだ。

本人達から遠縁に当たると聞いてはいた。


しかし私は全くそれどころではなく、ただ呆然ぼうぜんとしたままうなずくしか出来なかった。


何故なぜ───?

意味が、判らない。


言葉にならない色んな感情が胸の奥底で渦巻き、足元が歪んで晩夏の街並がにわかに亜空間のような風景をひり出していた。


冷たい汗が身体中から吹き出し、ぐゎんぐゎんと回り始める景色に、咄嗟とっさに、あ゛、ヤバい、と思う。


キーンという甲高かんだかい金属音が耳の中に鳴り響き、目の前にメタリックカラーの光がチカチカと飛び交い始める。


貧血だ───


私は小さい頃から虚弱で、朝礼の体育館でよく倒れていたクチなのだが、極度のストレスを受けた時でも同じような状態になる事があった。


今回のは間違えなくそれに該当がいとうする訳なのだが。


そんな私の様子に気づかずポニーテールに眼鏡女子の同級生は、たすき掛けのバッグの中からゴソゴソと何かを探すのに真剣だった。


それを横目に、テレビの砂嵐のような視界が次第しだいに暗闇におおわれつつある中、私はおもむろにしゃがみ込んで自分が倒れるのを防いだ。


いや、倒れてるバアイじゃないっつーのに……!


遠くの方で眼鏡の同級生のくぐもった声がしているのが判ったが、狭くなってゆく視界と意識に自分ではどうしようも出来ないでいた。


里和ちゃん、何で……?



『か……、き………か、づ……き………』



沈んでゆく意識の奥底から、湧き上がってくるようなか細い声が聞こえてくる。


香月かづき……』


───日向子ひなこの声、かな?


けれど私の名を呼ぶその声は、先程まで話していた眼鏡女子の同級生とは確実に違う声色こわいろをしていた。


でも確実に聞き覚えのある、ちょっとキンキンするようなソプラノの声。


『香月………忘れて、ないよね………?』


えぇ……?

な、何を………何が!?


『忘れたなんて、言わせないよ………!』


そんな叫びにも似たささやき声に、一瞬私を取り巻いていた闇が光のスパークに切り裂かれた。


すると、目の前に生まれてこのかた出会った事もないような清冽せいれつな美少女が現れた───


淡い紫水晶アメシストみたいな輝きを伴った二重ふたえの大きな双眸そうぼう、自ら光を放っているかのような白磁はくじごとき肌、薄くしゅいた小さく艶やかな唇、少し困ったように下がった眉尻を有した蛾眉がび


そして、月の光を凝縮したかのような輝きを放つ流麗な銀髪プラチナシルバーのロングヘアとそこからのぞく特徴的な耳朶じだは、人以上の存在を主張するかの如く天を指し示しとがっていた───


コレって、妖精エルフ……!?


その神々しいまでに白く発光する現象に圧倒され、私はしばし言葉を失ったまま、その細身に純白でしゃの古代ギリシャ貫頭衣キトン風ドレスをまとった美少女に見惚みとれてしまっていた。


すると、そのエルフらしき美少女はあでやかに微笑んだかと思うと、いつの間にか右手に握られていた槍に似た黒い細身の杖を私に差し向けた。


次の瞬間───


その杖は空を斬り、私の胸に深々と突き立てられていた。


………えっ!?


余りに一瞬の出来事できごとで、自分の身に何が起こったのか、私は理解できずにいた。


どくん………!


突き刺さった杖に、胸の中で冷たく重い質量を受けたまま自分の心臓が大きく一度脈打った。


だが、それきりだった。


胸から大量の血液がこぼれだすのを感じていた。


そして、口からも───


あれ、何で………こんなコトに?


全く何の事か判らないまま、美しいエルフに刺しつらぬかれたままで、私は意識を失った。

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