志保と木葉のホワイトデー
無月兄
前編
今日は、3月14日。つまりは、ホワイトデー。
一般的には、バレンタインデーにもらったお菓子のお返しをする日だ。
つまりは、バレンタインに何ももらってなければ、何もしなくていい日。
お返しは何にしようか悩む必要もなければ、お店に行ってあれこれ探すこともない。ましてや、お菓子を手作りするなんて手間、かける必要もない。
だけど私、朝霧志保には、何もしないわけにはいかない事情があった。
なぜなら、バレンタインの時にチョコレートをもらっているから。
その相手の名前は、木葉。一応……一応、私の彼氏。
バレンタインって言ったら、女の子が男の子に渡すものって思ってたけど、木葉のやつ、海外じゃ男から贈るってところあるとか、ジェンダーがどうこう言われてる現代で一方通行なのは考えが古いとか言って、渡してきたのよね。
しかも、手作りのすっごく凝ったやつ。
まあ、私も私で木葉に手作りのチョコを渡したんだけどね。
とにかく、そんな木葉のことだから、今日も何か凝ったものをプレゼントしてくるに違いない。
そんな奴へのプレゼントを考えるのも、なかなか大変なの。
けどまあ、いつまでもグチグチ言っても仕方ない。
プレゼントをどうするかも、散々悩んだけど準備は完了したし、あとは実行するだけだ。
いつも木葉との待ち合わせ場所として使ってる、うちの近くの山の中にある社にたどり着く。
なんでわざわざこんな所で待ち合わせするのかって言うと、木葉のやつ、この山のさらに奥に住んでいるのよね。
山の奥の、普通の人間には入ることのできない場所に。
「木葉、いるー!?」
声をあげると、上の方からバサバサと、鳥の羽ばたくような音が聞こえてきた。
だけど、これは鳥じゃない。見上げると、そこには思った通り、背中に白い翼の生えた少年がいて、ニコッとわらいながら私を見下ろしていた。
「やあ、志保」
彼が木葉。木上木葉。
その……一応、私の彼氏。
実は人間じゃなくて、この山の奥にある妖怪の里に住む、白い烏の妖怪なの。
妖怪は普通の人間の目には見えないんだけど、私はたまたま見える力があったから、小さい頃に知り合って、それ以来の腐れ縁。
あと最近じゃ、普通の人間にも見える道具なんてのを使うようになったし、それどころか妖術を使って、あろうことか人間のふりして私と同じ学校に通ってる。
まあ、その辺は今は関係ないし些細なことだから、詳しく説明しなくていいか。
そんなことより、今はもっと大事なことがある。
「はい、志保。バレンタインのお返し。俺の手作りマカロン」
「あ、ありがとう」
木葉から渡された包みを受け取る。
予想はしてたけど、当然のごとく手作りなのね。
「マカロンなんて、作るの難しそうなやつよくできたわね。作り方なんて、どこで覚えたのよ。それに、妖怪の里の調理器具で作れるの?」
「作り方は、普通にスマホでクック〇ッド見ればわかるよ。調理器具が足りないのは、ちょこっと妖術を使ってなんとかした。」
クック〇ッド見てるんだ。妖術でなんとかできるんだ。
ツッコミどころ満載なんだけど。
それにしてもこのマカロン、中身は見えないけど、ラッピングだって凝ってるし、きっときれいで美味しくできてるんでしょうね。
それはいいことなんだけどさ、そんなやつにプレゼントを渡すのは、プレッシャーになる。
じゃあ、どうすればいいか。考えに考えた結果、私のプレゼントはこれだ。
「私からも、バレンタインのお返し。近くにあるイ〇ンのパーラーでクレープが売ってあるから、なんでも好きなの食べて。奢るから」
「えっ?」
とたんに、木葉の目が点になる。
「なに? クレープよ。ほしくないの?」
「う、ううん。それじゃ、遠慮なくご馳走になるね」
無理しちゃって。私だって、この流れでお返しがクレープの奢りってのは、なんか違うって思うわよ。
けどしょうがないじゃない。
バレンタインの時私が作ったチョコレートより、木葉の作ったやつの方がずっときれいでおいしかった。
今度のだって、きっとそう。
だったら、私が作るお菓子よりも、間違いなく綺麗で美味しいクレープを奢った方がいいの。
とにかくそういうことだから、二人揃って近くのイ〇ンにやって来た。
「どこかに遊びに行こうってなると、大抵ここになるよね」
「悲しいことにその通りね。田舎だから、他に行くところないのよね」
どこかに行くならイ〇ン。これって、田舎あるあるだと思う。
今回木葉に奢るものにしたって、どうせならス〇バみたいなオシャレなところの方がいいかなって思うけど、こんな田舎にそんなものはない。
それにス〇バは、なんとなく陽キャなリア充たちの行くところってイメージがあるのよね。とても、クラスでも地味な陰キャの私が行けるような場所じゃない。
木葉なら、十分陽キャっぽいんだけど。
そんなわけで、目当てのクレープを売ってるパーラーに向かって歩いて行くけど、その途中、急に声をかけられる。
「あっ。朝霧さん。それに、木上くん」
「湯前さん?」
そこにいたのは、同じ学校のクラスメイト、湯前さん。
私と違ってクラスの中心にいるような明るい子だけど、前に色々あって、まあまあ話すようになっている。
「二人一緒にどうしたの? もしかして、デート?」
「あっ、そう見える? 志保、聞いた? 俺たち、デートしてるように見えるって」
「誰もそんなこと言ってないでしょ! 湯前さんも、変な冗談言わないでよね」
私と木葉がデートなんて、どうしてそんなことになるのよ。
いや、一応彼氏彼女なんだから、デートしたって不思議はない?
でも、知り合いの前で認めちゃうのは、なんとなく恥ずかしいの。
「志保はツンデレだから、照れてるんだよ」
「ああ、そうだと思った」
「そこ、勝手なこと言わない! 私はただ、バレンタインのお返しにクレープ奢るってだけなんだから!」
「いや、それって十分デートなんじゃ……」
湯前さんが呆れたように私を見るけど、それから、あれっ?て感じに首を傾げた。
「でも、朝霧さん。バレンタインのお返しって、確か……」
まずい!
彼女が何を言おうとしてるか察した次の瞬間、私は、勢いよくその口を塞いだ。
「わーっ! 待って待って待って!」
「ん────んぐぅ!」
急に口を塞がれ、ジタバタする湯前さん。
ご、ごめん。でも、その先の話を木葉に聞かれるわけにはいかないの。
とりあえず、一度木葉をシッシと向こうに追いやって、ようやく湯前さんの口を塞いでいた手を離す。
「ぷはぁ────なんなのいきなり」
「お、お願い湯前さん。私がホワイトデー用のキャラメルを作ってたこと、木葉には絶対に話さないで」
そう。実は私は、木葉に渡すためのお菓子を、キャラメルを手作りしていた。
湯前さんには、前に学校でそのことを、ちょっとだけ喋っちゃったのよね。
「い、いいけど、どうして? もしかして、失敗したとか?」
「そういうわけじゃないんだけどね……」
私のキャラメル作りは、一応は成功した。そしてそのキャラメルは、ラッピングして、今持ってる鞄の中にしまってある。
だけど、今それを木葉に話されるわけにはいかないの。
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