廃病院の約束

すみはし

廃病院の約束

「心霊スポットに興味はない?」

いかにも興味そそられる話題を振ってくるあたり、さすが俺の幼馴染である。

有名な心霊スポットが実は地元からそう離れていないところにあるということで、俺は興味津々だった。


「山手側に廃病院あるでしょ、あそこらしいよ」

「廃病院? そんなとこあったっけ」

「あるある、二年前潰れたとこ」

「さすがに最近過ぎないか? しかもあそこ耳鼻科だったろ、何が出るんだよ」

「まぁ出るもんは出るらしい、耳鼻科だけど」

「ふぅん、気にはなるけど」


俺は先程までの前のめり気味のワクワクはすっかり落ち着きを見せ、腕組みをしながら不服そうに顔をしかめる。


「なにさ、興味無くさないでよ。ここ、噂によるとルールさえ守れば必ず幽霊に会えるらしいんだからさ」

「事情が変わった、詳しく聞こう」


①カップルで行くこと

②そのふたりは必ず手を繋いでおくこと

③一言も喋らず全ての部屋を回ること

④中で起こったことは当事者以外に話さないこと


彼女は指を1本1本立てて法則を話していく。

それを条件にすると必ず心霊現象が起きるが、これさえ守っていれば被害に遭うことはないらしい。


「噂では女の声で『はなさないで…』とか声が聞こえたりするらしいよ」

「はなさない、はこの条件からすると手のことかな。とはいえカップルじゃないけどいいのか?」

「それは嘘じゃないかなぁって思う。カップルであることって幽霊側からすればわからなくない? 話題性でいくと男女の方が聞く側が盛り上がるからじゃないかと思うんだよね、だから君と私でも大丈夫だと思う」

「なるほどね、行ってみるか」


週末、決行日。

録画用に自撮り棒をつけたスマートフォン、暗い室内を探索するための懐中電灯。

そして手を繋いだ俺と彼女。


「あのさ、私今日までにちょっと例の病院について調べたんだけど」

彼女が病院を目の前に呟く。


「この病院自体は耳鼻科だったんだけど、その前に建ってたのが大金持ち夫婦の別宅だったらしくて、その夫婦が強盗殺人にあって死んだって話が出てきたんだよね」


随分縁起が悪い場所に病院を建てたものだ、と思った。

なにかそれも関連しているのかもしれない。

この病院自体もそう長くなかったのは、その影響もあるのかもしれない。


「夫婦二人っていうのがあるから同じように男女二人で行くと出やすいのかもな」

「夫婦仲はすっごく良かったみたいだからそうかもね。でも男の方はその時は生きてたみたいだよ、その後の行方は分からないみたいだけど」


その後のことには興味はない、という素振りを見せたのでいざゆかんとす。

もう入るかと聞くと最後にひとつ、と彼女は言った。


「最初のルールで言った通り『③一言も喋らず全ての部屋を回ること』を守ってね。聞くところによると、出るって言う幽霊さんは音に敏感だから、決してその中では話しちゃダメなんだって。気をつけて」

「了解」



暗い院内に踏み入れると、割れたガラスがそこら中に散らばっており、手入れされていない床には小枝が散らばっている。時折それを踏み抜くとバキパキと音を立てる。

不気味な室内を黙って部屋を順に巡っていく。

だが特に何が出る訳でも無く、繋いだ手が少し汗ばんでいく気がした。

吊り橋効果というものだろうか、ふと横に目をやると彼女はいつもより魅力的に---


か細い女の声が聞こえる。

『はなさないで…』


「出…ッ」

出た、と呟きそうになったが繋いだ手で口を叩かれ、反対の手の人差し指を口元に当て静寂を促される。

喋っちゃ駄目、目はそう訴えていた。


『はなさないで…』


少し上品そうな女の声は不安げで、誰かを探しているようでもあった。


『はなさないでね…』


女の声が段々と近づいてくる。

何者かに追われているように聞こえる。


よくよく聞くと後ろから女とは別に男の笑い声が聞こえる。


『だんなさんはにげたねぇ』


『なかよくおててつないでたのにねぇ』


『だんなさんがはなしちゃったねぇ』


特のニチャニチャとした笑い声と共に声が聞こえる。

察するに夫婦の元に強盗(らしき人物)が押し入り、追いかけ回していたのだろう。

旦那が逃げた、手を繋いでいたということはこのタイプの怪異の答え合わせは


・強盗が来たことにより夫婦は手を繋ぎ逃げ回っていた

・途中、夫側が手を離して逃げたことにより妻側が殺された

・“はなさないで”とは“話さないで”という注意ではなく手を離して逃げていった旦那に対する言葉


ということではないだろうか。


俺達は二人、慌てて数あるうちのひとつの部屋に入り息を潜める。

しばらくすると、幼馴染がトントンと肩を叩いてきた。

見ると半泣きになった幼馴染が口を真一文字にして顎で横を示す。

示した先にはうっすら透けた長い黒髪の女が俺たちと同じように座っていた。


『はなさないでね』


女は体育座りでこちらを見つめ、同じ言葉を何度も繰り返し呟く。

俺たちの手元を見つめているように見えた。


俺たちは口をパクパクさせながら幽霊の存在がごく間近にいることに戦慄する。


ヴーッ


スマートフォンのバイブ音が鳴る。

今日のことを聞いていた友人の1人からの連絡だった。


さっきのニチャニチャ声の男の笑い声がまた聞こえた。

女の霊はこちらをじっと見ていた。


俺たちは頷き、せーので走り出す。

出口へ向かい、ただ走る。


女の霊は先程の位置から恐る恐る外を見ているだけだったが、男の霊はずんずんと進んでくる。


出口が見えたと思ったとき、幼馴染がガラス片に躓き俺の手を離れて倒れ込む。


慌てて駆け寄るが、心臓の音はとても激しかった。

離してしまった。

離してはいけないはずのものを。


しかしそこから何が即座に起こるでもなく、男の霊は進んでくる。

そして、進んでいく。

俺たちを通り越して、真っ直ぐ進んでいく。


「はなさないで、ってただの幽霊の走馬灯みたいな声だったの…?」


出口を目の前に幼馴染は呆気にとられて安堵の息を吐く。

俺は1歩先に外に出る。


「かもしれないな」


そう笑って振り向こうとしたとき、


『はなさないでっていったのに』


という声が聞こえた。


だらんと肩を落とし、首を折れそうなほど斜めに落とした彼女は聞いたこともない高い声で繰り返す。


「はなしちゃった! はなしちゃったねぇ!」


体は微動だにしないまま目も口も三日月のようにぐにゃりと曲げて笑っていた。

開ききった瞳孔は俺を見ていなかったし、笑った口の中は真っ暗く見えて、ただ無の空間を前にケタケタと笑っていた。


慌てて帰宅すると、俺と彼女の共通の友達から来ていた連絡を思い出す。

メッセージを開いてみると『今日、どうだった?』と書いてあった。

1人で処理しきれない頭の中を少しでも安定させるために、震える指で『女 出た』とだけ伝える。

呼吸を整える。

返事を待つ。

スマートフォンが震えた。


『はなしちゃったね』

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