僕とプラネテスは、今日も回転する。
鼠鞠
第1章 プラネテスは。
第1話 プラネテスは、ネオンの街を踊る。
「榊原くん、これ片付けておいてくれる?」
生徒会長、真宵ナツ。彼女はいつも品行方正で、真面目で、生徒みんなの模範となる存在。対して僕は彼女の補佐である生徒副会長。ほんの数カ月前に決まった今の生徒会メンバーは、真宵ナツを中心に動いている。
「分かりました」
彼女は同級生だ。けれども僕が敬語を使う理由は、情けない話だが彼女に圧倒されているところにあった。
そうして僕は、書類の整理をしながら彼女を横目に見る。
まるで真夜中のように黒い髪と黒い瞳、それを際立たせるような長いまつ毛。考え事をしながらシャーペンを回転させる仕草に、ひとつの隙も無かった。
「あの……」
僕の一声に、彼女は鋭い目線だけを向ける。けれどもそれは鋭いだけだ。その瞳の中に何も映ってないことに気づいたのは、いつだろうか。
「さっき、数学の山下先生が探してましたよ」
「……ああ、わかったわ」
思い当たる節があったのか、一拍考えてから彼女は小さく頷いた。
「ありがとう。もう戻らないから、鍵よろしくね」
彼女は素早く荷物をまとめて立ち上がる。目線だけで鍵の場所を伝えてきた彼女は、そのまま扉を静かに開けて出て行った。
それから数時間後。窓の外は既に暗くなっていた。
もうこんな時間かと視線を動かすと、時計はまだ六時を過ぎた辺りだった。そういえば、本格的に冬が始まってしまったのだと思い出す。
「……帰るか」
ストーブを消すと、何となく寒いような気がした。荷物をまとめていると、床に消しゴムが落ちているのが見えた。
「真宵さんの、かな」
シンプルなロゴが入った消しゴムで、彼女らしいとふと思う。
机の上に置いておけば気づくだろう。そうしていつも彼女が使っている机に優しく転がす。
彼女の消しゴムを暗闇に包んで、僕はその場を去った。
彼女は来なかった。次の日も、その次の日も、ずっと。
その間に、生徒会長が不在の会議は三回あった。彼女の仕事は日々溜まっていった。消しゴムは転がったまま、動かなかった。
まるでそこだけ時が止まったように、なんの変化もなく、やがてその年は開けてしまった。
それから僕が彼女と邂逅したのは、年が明けて1ヶ月後だった。彼女の溜まった仕事片付けるために、その日も遅くまで残っていた。冬の真っ只中な今は、やはり真っ暗で、鋭い寒さが肌を突き刺した。
そんな日に、彼女はネオンの街を不完全な踊りで歩いていた。
「……真宵さん?」
髪はバッサリ切って、化粧もしていて、ピアスも開けていて、普段の彼女からは考えられないほどのミニスカートを履いて、ヒールも突っかけていた。それでも彼女と気づいたのは、毎日あの部屋で一緒に仕事をしていたからだろう。
そして彼女も、僕と目が合った瞬間に反応を見せたからだ。
「榊原、くん」
彼女はバツが悪そうに頭をかいた。こういう姿を見られる予定はなかったのだろう。それはこちら側も同様で、本来は見る予定ではなかった。
今日はたまたま新作の本を買いに、普段とは違う道を歩いていたからだ。
「秘密にして欲しーな」
どこかふわふわしている彼女の声は、やはり普段からは考えられなかった。
「ねっ?」
しー、と人差し指を口元に当てた彼女の頬は、化粧か、感情的か、何かの影響なのかは分からないが、酷く紅潮していた。
そして彼女はゆっくりと回転する。まるでダンスのようなそれは、徐々にバランスを崩しながら、やがて僕の胸元に着地した。
「……酒臭い」
頬の紅潮はお酒によるものだったのだろう。彼女が酔っているとすれば、この状況にも納得がいく。
しかしそれ以外は納得がいかなかった。どうして彼女は酒を飲んでいるのか。そもそもどうしてこんな格好をしているのか。どうして学校に来ないのか。
あまりにも完璧すぎた学校での彼女とは正反対に、隙だらけの今の彼女は、刺激が強すぎる。
「あーあ、バレちゃったっ」
この子は真宵ナツではない。けれども、声も、顔も、真宵ナツそのもので。
「好きだったのになー、榊原くん」
そんなことを言って、真宵ナツは僕の肩で泣き始めた。
僕とプラネテスは、今日も回転する。 鼠鞠 @mknorange___
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