くにすらのに

「ワン! ワンワン!」

 

 俺は犬だ。妻と子供もいる。子供と言ってもすでに独り立ちして今度の週末には結婚を考えている彼女を連れてくるらしい。

 妻との関係も悪くはないはずだ。お互いに言いたいことを言って不満をためこまないようにしているし、そもそも揉め事になることも少ない。


 会社でもそれなりの地位について後進の育成に務めている。中年男性の中ではかなり充実した人生を送っていると自負している。が、俺は犬だ。


 今この部屋においては家庭も地位も全て捨てて犬になっている。


 首輪から伸びるリードを握るのはご主人様ならぬ女王様だ。お金を払えば綺麗な女性に犬扱いしてもらえる。このために働いていると言っても過言ではない。


 家族にバレたら家庭は崩壊、同僚にバレたら最悪の場合は解雇もあり得る。だから入店の際には最新の注意を払って扉をくぐる。


 初めから店に来なければなんのリスクもないのだが、俺は犬になりたいのだ。この性癖はもう死ぬまで治らないだろう。


 これまで幾度となくやめようと考えても、結局ここに来てしまっている。女王様は数年で入れ替わり、受付はもう少し長い間隔で入れ替わっている。もはや生き字引と化しているのではないだろうか。


「わおん! ワンワン! きゃんっ!」


 お尻を鞭で叩かれて嬌声を上げる。こんな情けない声は妻にだって聞かれたことはない。遠慮なく打ち付けられる皮は過去最高の痛みだ。新人らしいが才能を感じる。


 おっとりとした目元からは想像できないSっ気に俺は震えていた。まさかお隣に住む阿川さんのお嬢さんがこの店で働いているなんて。


 間違いなく阿川さんだ。若いのに町内会の行事にも積極的に参加していて何度も言葉を交わしているから間違いない。女王様とは無縁そうな箱入り娘がリードを引っ張ると首がぎゅっと締め付けられる。


「わ……わん」


 四つん這いになった背中に阿川さん……女王様の体重がずしりと乗る。馬乗りになった女王様は両手を俺の乳首に伸ばし円を描くように細い指でなぞった。


「くっ……おふ。くぅん……」


 中年男性の喘ぎ声が漏れそうになるのをグッと堪えて犬らしく鳴く。女王様はそれが気に食わないのか指の動きを速める。


「ふぅ……ふっ! わぉん」


 伊達に何十年も犬になっていない。いくら才能があったとしても新人の女王様に化けの皮を剥がされるほど俺は甘くない。


「ワンッ! ワン!」


 そろそろプレイ時間の終了が迫っている。プロボクサーのような体内時計を身に付けた俺は女王様よりもタイムキープがうまい。本来は女王様が全てを支配するのだが、お金を払ってサービスを受ける以上は最高に気持ち良くなりたいのだ。


「うるさい駄犬ね」


 女王様は背中から降りると俺の体を仰向けにさせた。パツパツに張ったパンツの頂点はうっすらと濡れている。


「くぅん……」


 情けない声を出すことで女王様のSっ気を煽る。隣に住む親と同年代のおっさんがこんな姿を晒していたら気持ち悪くて踏みつけたくもなるだろう。

 さあ、思い切り踏んでごらん!


「ワオン!」


 リードを握られていて痛みから逃げることができない。女王様のヒールで全身を貫かれているような感覚だ。


 もはや人としての尊厳はない。快楽に溺れる犬になり果てた俺は年不相応の絶頂を迎えた。


「わふぅ……はぁ、ハァ……」


 パンツの中がぐちょぐちょで気持ち悪い。だが、このまま放置されるのが犬らしくて堪らない。


 このまま一生リードを握っていてもらいたい。阿川さんは俺のことに気付いていない様子だ。このまま引退するまでずっと指名したい。


「あの……違ったら聞き流してほしいんですけど。栗田さんですよね? 誰にも……特に両親には話さないでもらえますか?」


 きっと何か事情があるんだろう。阿川家はお金に困っているようには見えない。もちろん俺は今日のことを誰かに話すつもりなんてない。客がバレたら困るように、女王様だってバレたくはないはずだ。


 阿川さんには俺のリードを放さないでほしい。


「ワンッ!」


 今日イチの、いや人生で一番の鳴き声で答えた。

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