第126話 夢と興味
※ 今回のお話は専門分野の方からすると非常に稚拙な内容になっている部分もあるかと思います。それに加え、現状の法律や条例等では違法となる形も含まれている可能性がありますが、フィクションとして読んでいただき「こんなやり方は実際に無理」と鼻で笑いながら読んでいただけると助かります。尚、それに関する批判や指摘はお控えいただけますと筆者本人の精神衛生上助かります。
2019年12月 高知市内ホテル <常藤 正昭>
私だけではありません。和馬さん、真子さん、古川君の顔が一気に険しくなります。この事に関しては既に先に土地を所有しているMK射撃場の親会社とも話は進み、土地を買い取る方向でほぼ話は済んでいます。射撃場の移設場所も決まり、後は金額面での話し合いになっている状態でした。
「どう言う事でしょう?」
「そう構えるな。邪魔する訳でも止めろと言っている訳でも無い。そこも含めたVandits fieldの北から北東に広がる保安林の土地までの36ha中の22.5haの一部をここにいるメンバーで確保したい。」
「ますますお話が分かりません。我々の施設の拡張をするなと言う事でしょうか?」
「常藤、そう捉えられても仕方ない話じゃ。しかし、そうではない。実はな、二年後を目途にここにいるメンバーが中心となって私立高校の学校法人を立ち上げる事になっている。」
学校法人?その土地でと言う事でしょうか。
「二年後に....ですか。詳しくお聞きして良ぅございますか?」
「もちろんじゃ。元は儂と薫..真鍋が昔から話していた事が発端での。儂の笹見建設の根幹である建築の分野は、現場職の大工や左官の技術を若い世代に効率的に継承出来るシステムが上手く出来てない。次の世代の育成と言うのはどの分野でも課題となっておるが、それは大工や左官、施工業務の分野では危機的な問題にもなっておる。」
笹見氏のお話では、私立高校内の学部で建築学や施工を大学レベルで学べるようにしたいと言うモノ。高校を出た時点で、いえ、高校で学びながら現場レベルの教育が出来ないかとずっと真鍋氏との話で上がる事があったそうです。
「そこで私立高校の設立を考えた訳じゃ。現場で働いた高齢者を技術指導の形で招き、高校一年生から建築のイロハを叩き込む。そうして高校卒業の時には現場に出ても即戦力となれる人材を育成しようとな。」
「なるほど。お話は分かりました。そこで、我々の施設拡張の計画を止める話にどう繋がるのでしょう?」
「分かるか?坊。」
全員の視線が和馬さんに集まります。我々の席次の一番端に座り、ジッと話を聞いていた和馬さんは少し考える素振りを見せ、私と笹見氏を見ながら話し始めました。
「ここまでのお話を聞いての推測でしかありませんが、高校の学科と言っても建築の分野だけでは無いのでしょう。その他の学科の生徒が使う校舎をその山林部に建設し、Vandits field内の既存の施設を学校施設として借りたい....とか?例えば今の状況ならVandits field内には体育館と武道場があります。それを学校の教育施設として借りて利用料をデポルト・ファミリアに支払うとかでしょうか。」
和馬さんがそう話すと、真鍋氏が手を叩いて笑います。
「さすがお兄さんが孫にしたいと目にかけてきた冴木さんやわ。良ぇ読みされてはる。そうなんよ。その山林部全体をヴァンディッツさんが買取る。その後、学校の学舎部分の土地だけを校地用として私達の学校法人に寄付していただく。その代わりぃ、年間の施設利用費をお支払いする。そして、もう一つヴァンディッツさんのプラスになるモノを学校側が用意する。お分かりになるやろか?」
「スタジアム、と言いたい所ですが。恐らくスポーツ学科などでしょうか。」
「ご明察。サッカーに特化したスポーツ学科を設立してスポーツ特待生で有望な選手を獲得する。そら、卒業後にもしかしたら他の強いチームに契約されてしまう可能性はあるかも知れへんけど、その学科が軌道に乗るまでにヴァンディッツさんがその強いチームにならはったら問題はありまへんやろ?」
内容によっては挑発されているとも受け取れる文言ですが、柔らかく優しい笑顔の真鍋氏からは嫌味や挑発と言ったマイナスなイメージを感じさせません。しかし、この内容には少し無理がありました。
「企業の所有する土地は学校法人への寄付が出来なかったのでは?」
「その通りです、常藤さん。せやから、冴木さんやないの。冴木さん個人に土地を買収して貰って個人財産として寄付して貰う形にでけへんかなと。」
からくりとしてはこうです。現在、和馬さんはファミリアの代表取締役を退任し辞職した事もあり、所有していた社内株を全て売却しました(正式にはファミリアが買い上げた)。当初は東城の事でこのような結果になるとは思っておりませんでしたので、私も和馬さんも東城のファミリア役員会への影響を阻止出来る様に株は退職後も保持する予定でした。
しかし、東城の懲戒免職された事により株を保有する理由が無くなり、重ねて和馬さんに至っては責任を取っての辞任なので、株をその後も保有して株主として経営に影響力を持つ事が宜しくないとの判断になり全てを売却しました。
その売却益と個人資産のホテルをデポルト・ファミリアに移した事で、和馬さんには以前の様にホテルの利益から決められた割合の金額がデポルト・ファミリアから渡される事になりました。これは冴木和馬個人がデポルト・ファミリアにホテルの経営を委託している形を取っています。はっきり言えば、和馬さんは今、デポルトの一社員でありながら、大口の投資家・資産家のような状態なのです。株は持っていませんが。
ですので、和馬さん個人で土地を購入し、笹見氏達で立ち上げる学校法人に寄付する形を取る。その代わりに私立高校にスポーツ科を設立しサッカーに特化した学科にする。その後の説明でVandits安芸の選手やコーチ、最終的には引退後の選手を外部指導員として雇用する形も考えているとの事です。
「もちろん冴木さんご本人に対するメリットは何も無いのが大前提です。個人に対する見返りなどが前提の寄付は出来ませんから。」
「今、このメンバーで話し合って決めた学校の内容はこうなっている。」
①全日制の高校
②普通科・スポーツ科・建築科の3学科
③学科内には3学科共通の受講選択コースと学科ごとの独自の選択コースを用意している。
「なるほど。その選択コースとは?」
そこからの説明は久保氏が進めてくれます。久保氏も年齢は真鍋氏より年上とお伺いしましたが非常に温和な話し方で好印象な方です。
「3学科共通の選択コースとしては経営学コースと一般コース。経営学コースは将来的にマネージメント・コンサルタントや経済学部・経営学部への進学を考える生徒向けのコースになる。他にも経営者を目指す学生も対象となる。一般コースはほぼ公立高校普通科と同じカリキュラムだと思ってもらって良い。ただこれに関しては希望者がいるかどうかが未知数だ。」
「なるほど。」
「建築科では木造建築と左官のコースを選択出来る。建築科の基本講義に設計等は既に含まれている。この選択コースで自分の進みたい職種の専門的な知識を選択する形になる。」
「なるほど。設計などでより専門的に学びたければ大学に進めば良い訳ですね。あくまで大工さんや左官さんなどの即戦力を養成する職業訓練校に高卒資格が付いてくると。」
久保氏の説明に頷きながら真子さんが反応します。久保氏も真子さんが理解している事にホッとしている様子です。
「そう考えていただけると説明しやすい。他の学科でもそうだが、マネージメントやコンサルタント、経営学なども学士などを目指すならば結局は大学進学を選択せねばならない。はっきり言えば、高校で自分の学びたい学部の入り口を体験すると言った形だ。」
「経営面に興味のある学生をあらかじめ受け入れる。私立だから出来る事ですね。」
「うむ。スポーツ科ではアスリートコースとフットボールビジネス・マネージメントコース(以降、ビジマネコースと記載)の二つの選択肢を考えている。これは後ほど総合カリキュラムの説明と共に詳しく話させてもらう。」
そこからは部屋に用意されたモニターで説明が行われました。映し出された内容としては、学校の時間割の話でした。基本的にどの学科も午前中は普通高校で学ぶような教科を学習します。スポーツ科は少し外国語の授業が多いと言う印象です。
この学校の特色は午後の授業にあるようです。午後は学科ごと、または選択コースごとにガラリと内容が変わります。例えばスポーツ科のアスリートコースならば、ほとんどの時間が実技練習とトレーニングやサッカーに関する知識やスキルを習得するカリキュラムになっています。同じスポーツ科でもビジマネコースでは練習時間が極端に少なくなり、クラブ運営やコーチング・チームマネージメントなどが加わって来る感じでしょうか。広報や営業などの授業も案として上がっているようです。
「スポーツ科のビジマネコースで言えば、卒業までにサッカーのコーチングC級ライセンス取得、またはフィジカルフィットネスC級ライセンス取得が目標となる。コーチ希望の学生にとってはC級ライセンス取得はほぼ義務と言っても良い。通らないようでは困る。」
「それは確かにそうでしょうな。しかし、高卒でC級ライセンス持ちでコーチングをそれなりに勉強した人材ですか。今まででは考えられませんな。」
今度は御岳コーチが反応しました。やはりサッカーの指導者の分野に関しての意見を聞きたかったと言うのもあって、今日のメンバーに選ばれたのでしょう。
「そこに関しては私もサッカーファンではあるが、指導や教育の専門分野では無いので、色々な方から話を聞いた。日本に関してはどうしてもある一定の年齢やカテゴリーまで選手として活動してから指導者の道を歩む者が多いと聞いている。その点、海外などではサッカー経験がそれほど豊かでない者でもプロチームの指導や指揮を執っている者もいると聞いた。」
「そうですな。多いと聞きます。日本で言えばやはり指導者が代表経験者やプロ経験者であるのか無いのかで、選手が指導内容を納得するしないの割合が気持ち的に変わるような気がしますな。」
「なるほど。やはりレッテルや選手としての実績が先んじてしまうと言う事でしょうな。それは仕方のない事でしょうか。」
「そう言ったプロ経験の無い監督がJリーグや果ては代表監督に選出されるなどの前例を生み出さなければ、いつまで経ってもプロ監督はプロ経験者と言う暗黙の了解からは抜け出せぬでしょうな。何のためのライセンス制度なのか分からなくなってくるでしょうな。」
そこを抜け出す為にも若い世代の頃からコーチングやマネージメントを専門的に勉強する場を作る必要があると言う事ですね。そして、その他の特色で驚いたのは部活動でした。候補として上がっているいくつかの部活名の中に、【確定】として創部が決まっている部活が二つだけありました。
一つはもちろん『サッカー部』。そしてもう一つは『eスポーツ部』でした。この説明は
「今回僕がこのお話に参加させていただいたきっかけは、このeスポーツ部の創部があったからです。現在、eスポーツ部や同好会がある高校は全国でおよそ20校前後となっています。しかし、昨今のeスポーツ熱の世界的な高まりは凄まじい物があり、恐らくですが数年後には100校どころか2~300校以上の高校にeスポーツ部が出来ると言われています。その中で二年後にこの高校でeスポーツ部を設立と言うのは、もはや時代の流れからすると遅いと言っても良い。しかし、僕が笹見さんのお話に参加させていただいたのは、この学校で部活動から専門コース、最終的にはeスポーツ科の設立も視野に入れられると思ったからです。」
宇城氏の説明では現在、ゲーミングPCの開発・販売を行っている企業からの協力も取り付けており、学校にゲーミングPCやその為の環境設備設置に関する支援も交渉中であると教えていただけました。
「最初はプレイヤーとして関わる中で、開発や営業などに興味を持ちゲーム業界の発展に携わってくれる専門知識を持った若者を育てたい。その場を笹見さんが用意してくれたと言う訳です。あとは、他の皆さんと同じで興味があったんですけどね。」
「興味....ですか?」
宇城氏が含みの有るような笑顔で和馬さんを見ています。それを見た笹見さんが説明を引き取りました。
「今回集まったこのメンバーに共通している事は、この学校設立に興味を持ってもらえた事が大前提じゃが、もう一つの興味として全員が坊に会ってみたいと思ったからなんじゃよ。」
「私ですか。」
「私が経営の分野でも人材育成の分野でも若い頃からお兄さんとして慕っとる笹見さんが息子さん以上に気にかけてはる人がおるって聞いたら、そら会いたくなりますわ。」
「僕も先日のファミリアの記者会見以降の動向から、ここまでサポーターや従業員に慕われる方がどんな方なのかと気になっていました。」
「それもあっての。しかも高知県は都道府県別の森林率がトップクラスで林業の専門的な学校は設立されたが、そこから派生する大工や木造建築の分野の長期的な育成機関が充分に育っておらん。そこに坊の事もあって高知県で設立しようと考えた訳じゃ。」
笹見氏が設立したいと思っていた『高卒資格の取れる大工や左官業の職業訓練校』に宇城さんの『eスポーツ発展の場を高校へ』と言う狙いと『Vandits安芸の育成組織の足掛かり』が加わり、全員が共通していた『冴木和馬と言う人間への興味』。これが合わさって出来たのが今回の高知県芸西村への私立高校設立と言う流れになる訳ですね。あまりに上手く出来過ぎていて話を疑いたくなってしまいます。
「そう言う訳じゃ。坊、お前の気持ちを聞かせて欲しい。」
真剣な笹見氏に真っすぐ和馬さんが向き合います。
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