第125話 昇格

2019年12月 香川県総合運動公園 <三田 浩伸>

 ヴァンディッツゴールを目の前にして相手が押し寄せてピンチになると思った瞬間、一転して高速カウンターが炸裂した。河合選手のパスカットからゴールまでおそらく20秒無かっただろう。

 まだ信じられない気持ちだ。


 「........バイエルンミュンヘンみたいだ。」


 夢見心地で昔試合映像で見た海外サッカーを思い出した。


 「浩伸君!!コールッッ!!!」

 「あっっ!!!」


 夢見心地の僕を三原さんが正気に戻してくれる。必死にコールサインの画用紙を上に掲げて、観客の皆さんにコールを促す。


 『Vandits!Woh!Oh!!Vandits!Woh!Oh!!Vandits!Woh!Oh!!..Wohッッ!!Oh!UuOh!!!』


 コールをした後は得点した選手のコールをする。そしてその後は周りの皆さんとハイタッチして喜んだり選手達に自分達の熱気を伝える。

 選手達もこちらにガッツポーズを見せながらポジションへ戻っていく。貴重な貴重な先制点。観客の皆さんは一気にテンションが上がっている。


 試合中に行うコールは極力初めて観戦に来てくれた人が一緒に手拍子しやすいリズムで作るようにしている。ノリづらい、または言葉が分かりづらいコールは極力作らないようにしている。この先、何年かしてコールがもう少しヴァンディッツの観客席に浸透したら色々なリズムのコールも作ってみたいと思っている。


 そんな事を考えていると、またヴァンディッツのチャンスが生まれる。やはり1点を先制された事で相手は前掛かりになりSHとSBの四人が少し位置を高めに上げて来ていた。

 隣で一緒に応援している希美(瀬戸)が気付いた事を質問してくる。


 「ねぇ、これってもしかしてチグハグになってる?」

 「そうだね。たぶん急に戦術変更した事で意思の疎通が取れてないんだと思う。」


 相手チームの中盤のOHとDHを境目にして、攻め上がりたい前線としっかりボールキープしてから攻め崩したい守備陣とで連携が取れていないような違和感がある。実際にフォーメーションで中盤に異様なスペースが時折見られる。先ほどと変わって中盤にスペースが生まれれば、その間のパスは自ずと先程までより距離が長くなる。


 そんな状況をヴァンディッツが放っておく訳も無く、前線を引き上げようとする相手FWへ急いでボールを供給しようとした相手DHのパスをまたも河合選手がインターセプト。そのまま一気に押し上げていく。パスを受けた伊藤選手がドリブルで一気に持ち上がり、DFの裏をついた古賀選手にラストパス。古賀選手が難なく2点目を奪った。


 「もう四国リーグレベルの争いになって来るとフォーメーションや戦術の穴はすぐに修正出来ないとこうやって相手に突かれちゃう試合が多くなってくるんだろうな。」

 「レベルがどんどん高くなってくるね。さすがに四国リーグは全勝って訳にもいかなくなってくるのかな?」

 「もうすぐ岡田選手が怪我から復帰はしてきて、DFに厚みが出来るのは間違いないけどそれで全勝が出来るって訳でもないだろうからね。まぁ、当たり前にレベルは一段と上がって来るんだと思うよ。」


 チームの成長は試合ごとにみられるくらいに頼もしさを感じる。しかし、それはこれから先で対戦するチームにも言える事。上に昇格すればするほど強敵は待ち構えている。こうしてチームが結果を残す中で、選手の更なる成長に胸は期待で膨らむ。


 ・・・・・・・・・・

<三原 洋子>

 ハラハラする気持ちとワクワクする気持ちが自分の体の中で抑えきれない状態でずっと声援を送っていました。たぶん周りにいる皆も同じ気持ちのはず。


 後半アディショナルタイム、5対1。試合終了のホイッスルを今か今か!と、早く鳴って!と待ちわびています。

 相手のロングパスを競り合った成田選手が頭でクリアした瞬間!青空に抜けるような長い笛が3回吹かれました!!!


 【Vandits安芸 四国リーグ昇格おめでとう!!】


 皆でお金を出し合って買った横断幕サイズの用紙に知り合いの習字教室の先生に達筆で書いていただいた祝福の文字!


 ピッチではガッツポーズをしている選手や抱き合っている選手、ベンチでもハイタッチをして喜んでいる選手や監督・コーチ・スタッフの皆さんの姿が見えます。二年連続で順調にリーグ昇格をして四国リーグ入り。順調すぎるくらいに順調。

 ネット上の批判的な意見などの中には「金を使って素人相手に勝ち誇って嬉しいか」みたいな書き込みもあるけど、そのチーム資金を作る事もチーム力なんだって事をこれまでのVandits安芸の配信の中でMCの由紀ちゃんやミーティングでの冴木さんや常藤さんから学びました。


 『良い選手を揃える』『その為の獲得資金を確保する』単純だけど一番難しいんじゃないかなって思います。そう言った中でヴァンディッツはセレクションと言う方法で良い選手を確保し続けています。今年は今の段階でセレクションのお知らせが無いので、もしかしたら男子トップチームに関してはセレクションが無いのかも知れません。

 今までセレクションで有望な選手を獲得しているだけに残念に感じますけど、逆を言えばセレクションをしなくても選手獲得が出来るだけのスカウトや強化部が充実してきていると考える事も出来ます。四国リーグに向けた新たな戦力拡大があるのか、もしくは今のメンバーのままで臨むのか、非常に興味が湧きます。


 でも、今はまず四国リーグ昇格を心から喜びましょう。


 ・・・・・・・・・・

2019年12月 高知市内 <常藤 正昭>

 今日は笹見建設の笹見徳蔵氏とのお約束の日です。高知市内にある高級ホテルの一室を借り切ってお会いする事になっています。

 我々は和馬さん・真子さん・雪村くん・御岳コーチ、私。が当初予定されていたメンバーでしたが、笹見氏より急遽、古川君と山口くんも同席する事を希望され同行しています。


 「あのぉ。どうして僕なんでしょう?このメンバーに僕ってあまりに場違い過ぎませんか?」


 行きの車の中でずっと不安そうにしている古川君。しかし、話の内容については我々も聞かされていませんから、何とも判断の仕様がありません。


 「それを言えば儂もじゃからな。まぁ、獲って喰われる訳じゃ無し。当たって砕けろしか方法は無いのぉ。」


 気楽な御岳コーチの表情に古川君は苦笑いを浮かべています。私は運転を買って出てくれた和馬さんに質問してみました。


 「和馬さんは何か想像が付きますか?」

 「そうだな。俺と真子と常藤さんはデポルトの創立メンバーだから、どういった話になるにしても礼儀上でも立場上でも外せない。となると、判断するのはその他のメンバーだ。古川が徳蔵さんとかかわりがある事は?」

 「ヴァンディッツ....でしょうか?」

 「でも、僕、キャプテンでも何でも無いですよ?」

 「それだけか?今の担当業務は?」

 「え?南国市と野市市の管理物件と、あっ!都市計画。」

 「笹見建設と古川って繋がりならそこが思い当たるけど、じゃあ御岳さんや山口や雪村くんはどうしてって話になる。まぁ、こればっかりは俺も行ってみなきゃわからんが、恐らく都市計画に関りはあると思うぞ。」


 そんな不安も感じながらホテルに到着し、フロントで名前を伝えると『菫の間』と言う個室に案内していただけるようです。ここでまずい展開をホテルの従業員の方から聞いてしまい私と和馬さん・真子さんは表情が曇ります。それに気付いた雪村くんが小声で尋ねてきました。


 「常藤さん、どうされたんですか?」

 「笹見さんを含め、他の方は既に揃ってらっしゃるそうです。」


 雪村くんの表情も曇ります。我々は笹見氏から頼まれたと言うのは間違いありませんが、会社としてのお付き合いや今までの事を考えれば相手の方が上役です。こちらは先に到着して部屋で待っている予定でかなり早くホテルにも到着しています。

 それにも関わらず、笹見氏はもう到着されていて、しかも他にも同席される方がいる。予想外でした。


 我々は緊張のまま従業員の方が開けてくれたドアから部屋へと案内されます。部屋は20~30人程で使う見晴らしの良い落ち着いた雰囲気の部屋でした。その部屋に向かい合って10名づつが座れるように長テーブルが構えられており、桜色のテーブルクロスがかかっていました。


 テーブルの奥には笹見氏を真ん中にして他に7名の方が座られていました。我々が入室すると皆さん立ち上がられて挨拶をしていただけました。全員のお名前は存じ上げませんが、数名直接お会いする機会のあった方もいらっしゃいますし、お名前を存じ上げている方もいらっしゃいました。

 はっきり言えば古川君の言葉ではないですが、これほどのメンバーの中に入れば私ですら場違いに感じてしまいます。


 「遅れまして申し訳ございません。」

 「いやいや、年寄りは早起きでいかん。気にするな。おぉ、ヴァンディッツの四国リーグ昇格と決定戦の優勝、めでたいの。」

 「ありがとうございます。ご支援のおかげでございます。」

 「まぁ、その話もしたいがの、まずは挨拶としよう。」

 「はい。本日はお招きいただきましてありがとうございます。デポルト・ファミリア代表取締役、常藤正昭でございます。」

 「同じくデポルト・ファミリア社員の冴木真子と申します。」


 そうしてこちらの全員が挨拶し終わると笹見氏から挨拶が始まる。


 「まぁ、来てもらった皆は知っておると思うが、笹見建設会長の笹見徳蔵じゃ。」


 すると隣に座っていた若い男性(30~40代でしょうか?)が続いて挨拶されます。


 「初めまして。皆様にお目にかかれて光栄です。ゲームとアプリケーションの開発会社を経営しております。宇城うのしろ 慶太と申します。」


 そして私も何度もテレビや雑誌でお顔を拝見した事のある女性が立ち上がります。


 「初めまして。今は........そうやね、投資家でええんやろか?投資家をしております。真鍋 かおると申します。山口さん、お久しぶり。」


 そう言って山口くんに優しく微笑みかけます。緊張しきりだった山口くんはビクンッと体を驚かせ挨拶します。


 「お久しぶりです。校長先生。あっ!申し訳ありません。真鍋さん。」

 「ええのええの。昔みたいに校長先生って呼んでよ。」

 「そうか。その子は薫の学校の卒業生か。」

 「そうやねん。お兄さん。私が藤枝女子の理事と校長をしていた時の女子サッカー部のキャプテンやってくれてた子ぉなんよ。ホンマにこの子の代の女子サッカー部のおかげでうちの学校はサッカー部が人気になったんよ。」


 笹見氏と真鍋氏が昔話に華を咲かせる。そう言えば投資家として有名な真鍋薫氏。元は弁護士事務所を立ち上げ、その後知人の勧めで藤枝女子高校の理事となり校長を五年お務めになられていたはず。一昨年で藤枝の理事も降りられたと聞いていましたが。ですから、山口くんが呼ばれた訳ですか。日本経済界・教育界の女傑と言われる真鍋氏。たしか70歳くらいだったかと。


 次の方が挨拶していただけます。中屋 茂晴氏。一級建築士として長く建築事務所を経営されており、東京や博多、北海道などにビルや美術館、大型商業施設などの設計にも携わられている有名建築家です。我々もファミリア時代に何度かお仕事を一緒にさせていただいた事があります。


 もう一人は久保 晋二しんじ氏。東洋マネジメントと言う会社の元会長。経済のテレビ番組でもお見掛けする人気の方です。


 次の方は福山 修氏。(株)福山証券の会長。証券会社時代に何度かお見掛けした事はある程度ですが、この方も大物です。


 その隣は鈴木 正行氏。日本空間デザイン(株)の副社長。こちらもファミリア時代に何度もお仕事をさせていただいた事がある会社です。我々からすれば同じ時期に急成長した会社として、社長の野瀬氏と和馬さんは非常に親交があると聞いています。


 最後は植田 泰明氏。植田法律事務所の所長で弁護士。こちらは初めてお会いする方です。


 皆様の挨拶が終わり、笹見氏の話題が本日の本題に入りました。


 「常藤。今、Vandits fieldの北側の山を買って施設を広げる計画があるな?」

 「....はい。ございます。」


 さすがに都市計画事業でお仕事を共にしていますから、どこかから漏れるとは思っていましたが、まさか役場の方々との会議の内容がすでに笹見建設に漏れていたとは。


 「その計画、待ってもらいたい。」


 思わぬ言葉が返ってきました。

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