家に帰ると推しが冷えている

秋乃晃

きみが望んだ永遠

 航空機事故で亡くなった推しのサキガケ泰斗タイト(享年18歳)が上野公園でイラストを売っていた。その当時には影も形もなかったであろう園児たちが周りを取り囲んで「おにいちゃん、おえかき上手だね」と口々に褒め立てる。ふにゃっと笑った顔が、最初で最後になってしまった写真集の13ページにある北海道で撮影されたものに似ていた。


「タイト!」


 上司に「娘が欲しがってるんだよねー」などと『パンダのぬいぐるみ』のお使いを頼まれた、その道中だった。しかもただの『パンダのぬいぐるみ』ではない。上野動物園の園内に売っている『パンダのぬいぐるみ』でないといけないのだと。ただの『パンダのぬいぐるみ』でよければ松坂屋で事が済む。ついでに一階でタピオカを買っちゃおう。だが、上司曰く「娘が欲しがっているのは限定品なんだよねー」とのことだった。


 自分で買いに行けよ。


「ぽよ?」


 でも、今は無茶振りしてきやがった上司に感謝の意を伝えたい。上司が自分の足で上野動物園に赴いていたら、この出会いはなかった。もう一度感謝。


「このイラスト、全部買うわ!」

「いいんですか? ありがとうございます✨」


 サイン会で聞いた声と同じ!

 そっくりさんじゃない!


 あたしはタイトのイラストをタイトごと購入してから、上野動物園で(夢にまで見た)デートをして、上司の指定してきた『パンダのぬいぐるみ』は二体買った。一体は上司の娘さんのぶんだから領収書をもらっている。もう一体はこの日の出会いの記念品だ。テレビ台に置いてある。


 キリストは一週間で蘇ったけど、あたしのタイトが復活するのにはかなり時間がかかった。けれども、好きな人が生前の姿で戻ってきてくれるなんて、滅多にないことだから、どれだけ時間がかかったとしても広い心で許そう。許した。はい、許しました。


 時間がかかりすぎてしまったせいか、タイトの記憶はとっちらかっているけど、思い出はまた積み重ねればいい。あたしとの幸せ持続計画を始めよう。


 というかさ、園児たちはしゃあなしとはいえ保母さんたちは気付けよな。その目は節穴か。あたしと年齢変わんないでしょ、たぶん。それでタイトを知らないなんてこと、ないよね?


 あの魁泰斗やぞ。スカウトされて芸能界入り、アイドルとしてデビューして、ドラマ出演で注目され、ベストセラーの映画化に主役として抜擢。その演技力で話題になって、ハリウッドから声をかけられ、現地に向かっていたところで、事故に巻き込まれる……なんて悲劇的なんでしょう。涙が出ちゃう。事故があったのは午前中、ニュースを知ったのはお昼休み。そのあと、ちっとも仕事は進まなくて。泣いてばかりいたら、見かねた上司が「帰っていいよ」と言ってくれた。瞬く間にスターダムを駆け上がっていたのに墜落してしまった、あたしの推し。帰り道で死ななくてよかった。何もかもがどうでもよくなっていたから、電車を止めてしまっても許される気がしていた。あのとき死んでいたら、現在の同棲生活はあり得なかったので、


 さっむ。


「暖房入れていいって言ったでしょ!」


 仕事を終えてスーパーで買い物して帰ってきたら、タイトは毛布にくるまってすやすやと寝ていた。あたしの声は聞こえていなさそう。寝顔までかわいいんだよなあ。ご飯ができるまで眠っててよし。


 ていうか、家の中寒すぎて。氷河期が到来している。ぶっちゃけ外より寒い。


「んもう……」


 エアコンのリモコンはなくしやすいから、壁にくっつけている。ボタンを押せば、慌てて暖め始めてくれた。


 この生活を続けるために、あたしはすべての付き合いを断っている。幼なじみにすら、うちにタイトがいることは教えていない。彼氏ができたのかと問われれば、まあ、似たようなもんだって答えている。写真見せてってごねられたらしぶしぶ見せるようにしているけど、タイトの写真を見せるとなんだか可哀想な人を見るような目で見られてしまう。そこで「タイトが蘇っていて、あたしの家にいる」なんて言ってみろ。おかしな妄想をしている女って思われちまう。事実のによ。


 まあね。普通は蘇ってこないんだよ。どんなに待っていても。


 知ってた。


 この日々を継続するために、あたしはタイトを外には出さない。どこかで誰かに気付かれちまったら、連れ去られちゃいそうで。


 また『画面の向こう側の人』になっちゃう。こんなに近くにいるのに、遠くなる。


 タイトがどうしても芸能界に戻りたいってことなら、たまには帰ってきてねって感じだけど、タイト自身も「働きたくないです✨」と言っている。ならば、あたしが養わなくっちゃね。


「モア……」


 たまに寝言で『モア』という妹さんのことを呼んでいる。今もだ。最初に聞いたときには彼女の名前かと勘違いしちゃって、怒鳴りつけてしまった。面目ない。公開プロフィールに妹さんの存在は載っていないし、インタビューで妹さんについて語ったことはないけども、だいたいの記憶が失われているなかでも妹さんのことを覚えているのは家族思いエピソードなのでいいと思う。許そう。あたしは心が広い。


 ご両親が亡くなっていて、おばあさんのところで育てられたってのは知っているから、あたしもできるかぎりお口に合うように『年寄りが孫に食わせそうな料理』を率先して作っている。相手の健康を気遣う、よき彼女なのだ。




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