良い知らせは堕天使が告げる クリスマスストーリー
timothy turner
第1話 天地創造
神はことばであり、ことばは神であった(注1)。
父なる神には御子がいて (注2)神は御子を深く愛されていた。父なる神と御子は同人格であり別人格でもあった。
初めに神は天と地を創造し、ことばによって六日間で人間を含む自然界のすべてのものを創造した。
ことばは万物の根源であり、情報の根源であった。
神はすべての創造に対して「非常に良かった」と告げ、天使たちとともに喜んだ(注3)。
神は天においては神の使いとして無数の天使を創造し(注4) 、地においては地の管理人としてアダムとエバを六日目の最後に創造し、神はどちらも深く愛されたが、その愛のゆえにどちらにも神の本質である霊と自由意思を持たせた。
自由意思があるということは「選択」する余地があるということであり、神は天使や人間が自分の意思で神を礼拝する存在になることを願った。
神には天使や人間を創造するにおいて、天使や人間に自由意思を持たせないという選択肢はなかった。なぜならば、自由意思がなければそれは天使でも人間でもないからだ。
神はご自身の配下である天使に階級を設け(注5) 、神に最も近い位置に座す智天使(ケルビム)を最高位としたが、その智天使の中でも油注がれた祭司長級の天使がルシファー(注6)だった 。
ルシファーは完全なものの典型であり、知恵に満ち、美の極みだった。ルシファーは神が創造したエデンに招かれあらゆる宝石で着飾られ、金で作られたタンバリンと笛で神を賛美した(注7)。
その後神は創造の最終日に自分の姿に似せて男の祖先アダムと女の祖先エバを創造した。エデンは人間のものとなり、アダムはエデンの畑を耕した。まだ労働は苦役ではなかった。
エバはアダムの骨から組み立てられた。もともと一体だったので、人間は父母を離れ、一夫一妻で結ばれるものとなった。
宇宙、星々、地球、大気、大陸、海、動物、植物など万物が人間のために造られたのですべての被造物は人間に都合よく設計されていた。
アダム暦元年、紀元前三七六〇年。
完全無欠の存在として創造されたルシファーはその高慢により堕落し、神に愛される御子と人間に嫉妬し (注8)、心のなかでこう呟いた。
「私は天に上ろう。神に仕える天使たちの遥か上にまで私の王座を引き上げ、北の果てにある会合の山に座ろう。栄光に満ちた雲の頂きに上りいと高き方のようになろう。」 (注9)
憎悪と野望に支配されたルシファーは謀反に賛同した熾天使ベルゼブル(注10) 、レビアタン(注11) 、アザゼル (注12)など三分の一の天使を率いて神に反逆し、神の御座を攻撃したが、天使長であるミカエルが率いる正規軍から反撃され、ルシファーとその一味は天から地の下の陰府(よみ)(注13) にふるい落とされた。(注14)
天使ラミエルは神に反逆するつもりは全くなかったが、所属していたアザゼル分隊の隊員二百人 (注15)は暴れ馬みたいな分隊長に誰も逆らえず、全員強制的に謀反組に組み込まれたのでラミエルも自動的に謀反組に組み込まれ、自動的に陰府にふるい落とされた。
天使は基本的に男だが、ラミエルは突然変異なのか、なぜか女だった。
御子は天から落とされるルシファーを見たが、ルシファーはこの地に落ちる自分の哀れな姿を見つめていた御子の姿を忘れることはなかった。
天使は死ぬことがなく、堕落した天使も死ななかったので、堕天使たちは地下の陰府に閉じ込められた。
(注16)こうしてルシファーは堕天使の長に成り下がり、陰府を牛耳るのが精一杯の立場となった。ルシファーに従った天使たちは階級に従って堕天使や悪霊に成り下がった。
陰府ではルシファーたちは伏魔殿を建設して集まり、そこで今後の神への反逆方法を話し合った。参謀であるベルゼブルが地球の破壊を提案し、ルシファーは賛同したが、大挙して反逆すると再びミカエルに気づかれ反撃されるので、単独で地上に向かい、神に反逆する方法を模索した。
ルシファーはケルビムに成りすますことができたので、陰府から地上に抜ける道を守る番人の天使を騙しながら、地上に降り立った。そこはあまりにも美しい神による被造物の世界であり、ルシファーの嫉妬心は頂点に達して呟いた。
「天において奴隷でいるより地において自由でいるほうが良い。」
父なる神と御子はルシファーがアダムとその子孫であるすべての人間を堕落させ人間は生まれながらの罪人になることを予感した。
ルシファーはエデンの園で神がアダムとイブに対して「死ぬことになるから」という理由でいのちの木の隣に生えている善悪の知識の木の実を食べてはいけないという命令を下している場面に密かに遭遇し、チャンス到来を確信した。
ルシファーは蛇に憑依し、裸のエバを誘惑した。
「神は本当にエデンの園のどの木の実も食べてはいけないと仰ってましたか?」
無垢なエバは答えた。
「いえいえ、私たちはエデンの園のどの木の実も食べてよいのです。いのちの木の実はとっても美味しいんですよ!ただ『善悪の知識の木の実』だけは食べても触れてもいけないと仰っしゃりました。その木の実を食べると死んでしまうらしいのです。」
蛇に憑依したルシファーは言った。
「その実を食べてもあなたがたは決して死にませんよ。それを食べるとあなたがたの目が開け、あなたがたが神のようになり、賢くなれることを神は知っているだけのことですよ。」
エバはキョトンとした。
「そうなんですか?」
エバは善悪の知識の木をまじまじと見ると、その果実は誠においしそうで、見た目もよく、賢くなれるという響きが耳に麗しかった。
エバはルシファーの嘘に騙されその実を食べ、近くにいた裸のアダムにも勧めてその実を食べさせた。
すると二人は目が開かれ、それまでは裸でいてもお互いに恥ずかしくなかったのに、その実を食べてからは裸でいることが恥ずかしくなり、慌てて下半身をいちじくの葉で隠した。
蛇はいつの間にかその場からいなくなっていた。
天では御子は父なる神に進言した。
「あなたの時に、わたしを生贄として捧げてください。わたしが死んでよみがえれば死の問題は解決します。」
父なる神は我が子が死ななくてはならないことに、悲しみ、泣いた。
夕刻の風が強まった頃に二人は神がエデンの園にいる雰囲気を感じ、木陰に身を隠した。
神はアダムに声をかけた。
「アダムよ、どこにいるのだ?」
アダムは答えた。
「あなたの姿を感じて怖くなりました。私は裸なので。」
神はアダムに言った。
「・・・・あなたは食べてはいけないと命じた木から実を食べたのか?」
事態を神に見抜かれ二人は動揺した。
アダムは答えた。
「あなたが私のとなりに置いたこの女があの木から実を採ってくれたので、私は食べてしまったのです。」
アダムにあっさり売り飛ばされたエバは驚きのあまり目玉が飛び出た。
責任を擦り付けられたエバに神は言った。
「お前はなんてことをしてくれたのだ。」
慌てふためいたエバは苦し紛れに答えた。
「蛇が私を惑わしたのです。だから私は食べてしまったのです。」
アダムはエバに責任をなすりつけ、エバは蛇に責任をなすりつけた。人間は明らかに堕落していた。
それまで人間はいのちの木をいつでも食べることができ、霊と体は一体のものとして造られたが、神は霊と体は分離するものとし、人間はいつかは必ず「死ぬ」存在とならしめた。そして男アダムには労働の苦しみ、女エバには産みの苦しみという呪いをかけた。
そして陰府の封印が解かれ、堕天使や悪霊はルシファーの指揮のもと自由に地上で活動できるようになった。
神は蛇に憑依したルシファーに対しては「わたしはおまえと女との間に、お前の子孫と女の子孫との間に敵意を置く。彼はお前の頭を砕き、お前は彼のかかとに噛みつく。」と呪ったが、これは人間に対する救済の約束でもあった。
しかし人間はこれから長い間このことばの本当の意味を理解することはできなかった。
人間には寿命が設けられ、体から分離された死人の霊は陰府に閉じ込められることになり、ルシファーたち堕天使たちが管理を任された。
神は人間をエデンから追放し、エデンに行く道には善悪の知識を得たアダムとエバとその子孫がエデンでいのちの木の実を食べないように、輪を描いて回る炎の剣で守る智天使ケルビム(注17) を配置し、人間がエデンに行けないようにした(注18)。
善悪の知識を得た人間がいのちの木の実を食べて死なない存在になるとかえって人間を苦しめることになるので、エデンとの往来を禁止したことは神の愛でもあった。
こうして人間は神から切り離された存在となった。
ルシファーは人間の堕落に成功した後陰府の伏魔殿に戻り、全人類に悪霊を配置することにより誘惑に勝てないこの世を支配した。
人間はアダムの罪の性質『原罪』と寿命ある体を未来永劫遺伝により引き継ぐことになり、それは全人類に及んだ。罪と死と陰府は同義であり、人間には解決できない問題となった。
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アダムとエバはエデンの園の外に住んだが、神はそばにいた。やがて二人は結婚し、長男カインと次男アベルを産んだ。エバは産みの苦しみを味わった。
カインは父にならい農業に従事し、アベルは牧畜に従事した。
アダムとエバはエデンの園では肉を食べなかったが、エデンの園を追放されてからは羊を放牧して育て、その羊を殺し、その肉を食べるようになった。
アダムとエバは神の怒りをおさめるために最高の羊を屠って捧げていた。それは罪のないものの血を流さないと神の赦しは得られなかったからである。
やがてカインとアベルは成長し、自分で神に捧げ物を捧げる時が来た。
カインは父母が羊を捧げていることを知りながら、自分で収穫した作物を捧げた。精魂込めて作ったものだから問題ないだろうと考えた。
しかし神はカインの捧げ物に目を留めなかった。
アベルは自分が育てた羊の初子の中から最上のものを屠り、捧げた。
神はアベルとその血が流された捧げ物に目を留めた(注18-2)。
カインは怒りを露わにし顔を伏せた。
神はカインに言った。
「あなたは何故憤っているのか、何故顔を伏せているのか。」
カインは黙り込んだ。
神はカインに言った。
「あなたの行いが正しければわたしは受け入れる。あなたの行いが正しくないなら、 罪は戸口で待ち伏せして、あなたを恋い慕っている。そのことを理解すべきだ。」
神はルシファーや悪霊の罠にカインが陥らないように警告した。
しかしカインは怒りから生じた高慢な心や自尊心に勝つことができなかった。
カインはアベルを野に誘い出し、アベルを殺害した。
神はカインに質問した。
「あなたの弟アベルはどこにいるのか。」
カインは答えた。
「そんなのわたしの知ったことではありません。私は弟の番人なのでしょうか?」
カインの堕落は頂点に達していた。
神はカインに言った。
「あなたは一体なんということをしたのだ。聞こえないか?あなたの弟の血がその土 地からわたしを叫んでいるのを。」
カインは土地から上がるアベルの叫び声を聞いて、自分がしでかしたことに気づき始めた。
神はその土地に呪いをかけた。
「あなたの土地をいくら耕してもあなたのための作物は育たない。あなたは地上を彷徨い歩くさすらい人となるのだ。」
事態の重さにようやく気づいたカインは嘆いて言った。
「私はなんてことをしてしまったのでしょう。私の咎は大きすぎて私には担いきれま せん。ああ、あなたは私をこの土地から追い出されたので、私はあなたの御顔から隠れて生きていかなければなりません。そして地上を彷徨い歩くさすらい人とならなければなりません。私と出会うものは皆私を殺そうとするでしょう。」
神はカインに言った。
「あなたを殺すものは七倍の復讐を受ける。あなたが殺されないように、あなたにしるしを与える。」
神はカインに約束のしるしを授けた。
カインは神の前から去り、別の地に住みつき町を作った。
カインの子孫はテントを作り住み始め、牧畜業を営み、音楽や楽器の楽しさを知り、鉄や青銅の鋳造技術を発見した。
カインとアベルを失ったアダムとエバに三人目の男の子セツが与えられた。
セツは神の御名で祈ることを始め、セツの子孫にノアがいた。
(注1)ヨハネの福音書一章一節
(注2)コロサイ一章一六節「御子は、見えない神のかたちであり、造られたすべてのものより先に生まれた方です。」
(注3)天使の誕生時期 わたしが地の基を定めたとき、あなたはどこにいたのか。あなたに悟ることができるなら、告げてみよ。あなたは知っているか。誰がその大きさを定め、誰が測りなわをその上に張ったかを。その台座は何の上にはめ込まれたか。その隅の石は誰が据えたか。そのとき、明けの星々が共に喜び歌い、神の子たちはみな喜んだ。(ヨブ八章四節~七節)星々や神の子は天使を指す。
(注4)天使は被造物 第四テラテノ公会議(一二一五年)の決議文中の「一.普遍的教会の信仰告白について」から引用。
(注5)天使の階級 紀元後の教会時代に発生した伝承。
(注6)ルシファー イザヤ書一四章一二節にヘブル語でヘレル・ベン・シャハルと書かれていた「輝く黎明の子」がラテン語でルーキフェル「輝く明けの明星」と訳されてからサタンの代名詞となった。
(注7)エゼキエル書二八章一三節~一四節
(注8)謀反の動機 ジョン・ミルトン「失楽園」からの引用。
(注9)イザヤ書一四章一三節~一四節、エゼキエル二八章一五節~一七節
(注10)ベルゼブル マタイによる福音書一二章、マルコによる福音書三章、ルカによる福音書一一章に悪霊のかしらとして登場する。
(注11)レビアタン ヨブ記三章八節、ヨブ記四十一章三四節、詩編七〇篇一四節、詩編一〇四章二六節、イザヤ書二七章一節に登場する海の怪物、現代ヘブル語ではクジラの意。
(注12)アザゼル レビ記十六章八節「アロンは二頭のやぎのためにくじを引き一つのくじは主のため一つのくじはアザゼルのためとする。」に登場する。本書は偽典第一エノク書から引用。
(注13)陰府 ヘブル語でシェオール、ギリシャ語でハデス、日本語聖書ではよみ、黄泉と表示する場合が多い。
(注14)イザヤ一四章一二節「 暁の子、明けの明星よ。どうしてあなたは天から落ちたのか。国々を打ち破った者よ。どうしてあなたは地に切り倒されたのか。」。イザヤ一四章一五節「しかし、あなたはよみに落とされ、穴の底に落とされる。」。マタイ一〇章一八節「イエスは言われた。わたしが見ていると、サタンが、いなずまのように天から落ちました。」
(注15)二百人 偽典第一エノク書からの引用。
(注16) 伏魔殿から蛇への憑依直前までの出来事はジョン・ミルトン「失楽園」からの引用。
(注17)智天使ケルビム 智天使の位は三大天使よりも上位。のちの時代モーセは契約の箱の上にケルビムを二体安置した。
(注18) 創世記三章二四節の他、詩篇九九篇一節「主は王である。国々の民は恐れおののけ。主は、ケルビムの上の御座に着いておられる。地よ、震えよ」。第二サムエル記二二章一一節「主は、ケルブに乗って飛び、風の翼の上に現れた」。エゼキエル書第一章の冒頭にケルビムの姿が詳細に記載されている。
(注18-2)ヘブル九章二一節「また彼は、幕屋と礼拝のすべての器具にも同様に血を注ぎかけました。 それで、律法によれば、すべてのものは血によってきよめられる、と言ってよいでしょう。また、血を注ぎ出すことがなければ、罪の赦しはないのです。」この出来事はイエスの十字架の贖いに繋がる。
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