色づいた世界

 港町でたっぷり食べ、しっかり準備をして、これでもかと休み……俺たちは出発した。

 向かうは『天民』という町。そこを経由し、アールマティ王国を目指す。

 港町『灰燐』では海ばかり見ていたけど……街道に出ると驚いた。


「「わぁ~……」」

「すっげぇな……秋っぽいというか、紅葉だ」


 そう、景色は様変わり。

 木々がオレンジや黄色などに色づいており、大きな山々があちこちに見える。

 昔、『紅葉シーズン到来!!』みたいなポスターを見て「山々の紅葉すげー」とか思ったけど……まさか異世界でこんな『秋』を感じさせる風景を拝めるとは。

 エルサもリーンベルも、キョロキョロしながら歩いている。

 俺は飛び回るムサシを捕まえ、地図を広げた。


「とりあえず、今日はオスクール街道を通って行こう。街道沿いの宿で一泊して、明日は山ルートで進む。それからしばらくは山道を進んで、四日後くらいにオスクール街道に出て『天民』へ到着だ」

「はい。山にも観光できるところがあるんですよね?」

「ああ。『鴻鈞鳥こうきんちょう』っていう、アールマティ王国に伝わる神話に登場する鳥の神様が祭られているお社がある」

「なんだかドキドキしてきたかも……私、移動はいつもレヴィアタンの背中だったから」

「ははは。歩きながら旅を楽しもう。それと、オスクール街道では魔獣の心配は少ないけど、山道ではわからないぞ?」

「大丈夫。レヴィアタンで戦うのは無理だけど、普通の戦闘ならできるから」


 リーンベルは日傘を取り出してクルクル回し、バサッと開いて差す。

 俺が近距離、リーンベルが中距離、エルサが中~遠距離と回復支援……意外といいバランスかも。

 まあ、戦闘がメインじゃないし、リーンベルはいつか離脱するし……戦闘構成とか別に考えなくていいかな。


『きゅうるる……』

「ん、どうしたムサシ」

『きゅい~』


 ムサシは思いっきり飛びたいのか、俺に許可を取るように甘えてくる。

 ま、別にいいか。


「ほれ、思いっきり飛んでこい」

『きゅい~っ!!』


 ムサシは嬉しそうに飛び出し、俺たちの周りを飛んだ。

 今日もいい天気。まさに、旅に相応しい出だしであった。


 ◇◇◇◇◇◇


 少し風が吹くと、もみじみたいな葉っぱが舞う。

 色は黄色、オレンジ、少しだけ緑と、何故か白っぽいの。

 

「わぁ~……あ、レクス、あそこに動物います」

「お、なんだあれ」

「あれはウッドリス。綺麗な森に住む小動物」


 木の上に、リスみたいなモフモフの動物がいた。俺が知るリスを緑色にして十倍くらいモフモフにした動物で、栗みたいな木の実をかじってる……かわいい。

 

『きゅい~』


 お、ムサシが挨拶に行った。


『きゅうるる』

『くるるる……』

『きゅいっ!!』


 おお、栗をもらって戻ってきた。 

 ムサシが俺の元に戻り栗を見せつけてきたので、お返しに魚の干物を持たせる。

 すると、ウッドリスに干物を渡した……おお、リスが感謝して尻尾でムサシをモフモフしてる。


「かわいいですね~」

「ああ。癒される」

「……」

「ん、どうしたリーンベル」


 リーンベルが足を止め、ウッドリスを眺めて言う。


「……もし私がレヴィアタンに選ばれなくて、普通の竜滅士の道をたどっていたら……きっと、レクスくんと一緒に旅に出て、エルサと出会って……こんなふうに笑うんだな、って思って」


 リーンベルは傘をクルクル回す。

 俺、ムサシ、エルサ。そしてリーンベル……三人と一匹の旅か。

 すると、エルサが言う。


「リーンベル。レヴィアタンさんに選ばれても……わたしは、リーンベルと出会って、こうして旅をしたいって思いますよ」

「……エルサ」

「ああ。俺も、十年ぶりの幼馴染と旅をできて楽しい。どんな立場でも変わらないさ」


 すると、リーンベルの右手の紋章が輝く。


『もう、私と出会わなければ……なんて、悲しいこと言わないでよ』

「あ、レヴィアタン。起きたんだ……うん、ごめん」

『ふふ。リーンベル、美味しいもの食べて元気いっぱいかしら? 魔力の回復がいつもより早いわね』

「そ、そうかな」

『ええ。レクス、エルサ。この子と一緒にいてくれて感謝するわ。それと……少し感じるわね。もしかしてそこ、ミドガルズオルムのいる地域?』


 レヴィアタンの声は嫌そうだった。

 

『私……というか、今代のミドガルズオルム、性格最悪の爺さんなのよね。契約者の自由にさせているというか……リーンベル、ジジイの契約者には注意なさい。あの人間……正直、殺した方がいいかもしれないわよ』

「ちょ、物騒なこと言わないで。せっかく楽しい旅なのに」

『はいはい。さて、いいリーンベル。戦う時はなるべく魔力を消費しないように。私を呼ぶのもいいけど、威嚇くらいしかできないからね』

「わかった。はいはいおやすみなさい」


 そう言うと、紋章の輝きが消えた。

 エルサがクスっと笑う。


「ふふ、お姉さんみたいですね」

「口うるさいのよね。まったくもう」

「というか……殺すとかマジ?」

「気にしなくていいよ。でも……あのおばさんは嫌い」

「おばさんって、ヘレイア様のことだよな……」

「ヘレイア様って、確か……」


 エルサが疑問を浮かべた。。

 俺は、落ちてきた葉っぱを掴む。

 

「六滅竜『地』で、『地嶽神竜ちがくしんりゅう』ミドガルズオルムの契約者、ヨルムンガンド公爵家の女当主で、リューグベルン帝国の守護はするから好きにさせろとアールマティ王国に引っ越した人だよ。父上が嫌悪してる」

「へんなおばさんだよ。レヴィアタンを調べさせろとか、血を寄越せとか迫ってきた。ああ見えてけっこう強いのがまたむかつく」


 何年か前に一度だけ会ったことがある。

 見てくれは美人だったけど……妙な人だった。

 ぼっさぼさの髪、べっ甲ぶち眼鏡、きったない白衣を着てた、貴族とは思えない人。ずっとニコニコしてるのに、なぜか気色悪い感じだったっけ。


「まあ、会うこともないだろ。というか、会いたくない」

「同感」

「じゃ、じゃあ……とりあえず、この話題はやめましょう。あ、見てください、あそこに茶屋がありますよ」


 この日、オスクール街道をのんびり歩き、日暮れ近くになって街道沿いの宿を取った。

 たまの徒歩はいい。心地よい疲労で、朝までぐっすり眠れそうだ。


 ◇◇◇◇◇◇


 翌日。

 オスクール街道を出て細道に入った。

 落ち葉がたくさん落ちており、木々も乱雑に並んでいるが、日差しは明るく、こういう並木通りみたいなところも悪くない……というか、普通にいい感じだ。

 俺は双剣の柄を軽くさする。


「とりあえず、魔獣も出るから気を付けよう」

「えっと……パンフレットによると、この辺りでは『ロックモンキー』や『ロックゴブリン』がよく現れるそうです。討伐レートは高くないですが、気を付けましょう」


 そのパンフレットまじですげぇな。

 ってかパンフレットに現れる魔獣書いてあるのもすごい。


「『鴻鈞鳥こうきんちょうの社』まではどのくらいある?」

「だいたい半日くらい歩けば。今日はお社を観光して、近くで野営ですね」

「野営……わくわくしてきたかも」


 そういえば、リーンベルは初の野営か。

 俺たちも久しぶりだ。観光はしたいけど、少し早めに準備した方がいいな。

 それから特に魔獣と遭遇することなく半日歩き、道沿いに大きな『鳥居』みたいな物が見えてきた。


「な、なんだこれ……鳥居?」

「わ、レクス詳しいですね。そう、これは『鳥居』で、鴻鈞鳥こうきんちょうが休むための場所みたいです」


 横幅五メートル、高さも五メートルくらいある鳥居だった。

 でも、色は赤ではなく緑で、しめ縄みたいのがグルグル巻いてある。

 鳥居の先は石段になっており、軽く二百段はありそうだった。


「け、けっこう登りそうだね」

「リーンベル、疲れたか?」

「ううん。大丈夫」

「エルサは?」

「わたしも元気です!!」


 みんな体力あるな……実に頼もしい。

 さっそく階段を上る。ああ、鍛えておいてよかった。

 特に苦もなく階段を上ると、目の前に広がるのは広大な空間だった。

 

「おお、ここが『鴻鈞鳥こうきんちょうの社』か……」


 まず目に付いたのは、とんでもなくデカい『ニワトリ』だった。

 クシャスラ王国で観た大風車……ほどではないが、奈良で見たようなデカい大仏みたいなサイズの『ニワトリ』……そう、『ニワトリ』である。


「こ、これ……なに?」

「これが『鴻鈞鳥こうきんちょう』です!! 一説によれば、地歴の国アールマティを創造した『地神』の眷属であったとされており、これから向かう『天民』で人の姿となり、人々を導いた存在だそうです」


 ニワトリが? とは言わない。

 ってか……この世界、ニワトリが存在しない。普段食べてる卵は魔獣の卵である。

 見た目はマジなニワトリ。しつこいようだが『ニワトリ』である。


「かわいい……」

「というか……銅像もデカくて立派だし、お社も立派だけど、人が誰もいないな」


 ここも観光地だろう。でも、人がいない。

 周囲はきちんと掃除されているし、誰かしらはいるんだろうけど。


『きゅいっ!!』

「ん、どうしたムサシ?」


 すると、紋章で寝ていたムサシが飛び出してきた。今更だが、ムサシは紋章への出入りが自由である。


『きゅいいいいいいっ!!』

「お、おいどうした? 誰もいなくてテンション上がってるのか? その気持ち少しわかる……観光地なのに誰もいないとか、写真とか取る時にすごく気分いい……」

「──レクスくん!!」


 と、どうでもいいことを俺が言うと、リーンベルが何かに気付いた。

 エルサも気付き、頭上を見上げる。


「な、なに……あれ」

「……え?」


 と、俺はようやく上を見た。

 そこにいたのは……なんとも奇妙な『鳥』だった。


「な、なんだあれ?」


 まず、頭がない。

 胴体、四本の脚、デカい四枚の翼があり、真っ黒な体毛が生えた全長二十メートルほどの『何か』だった。

 飛んでいるから鳥なのか。いやでも……首も、顔も、頭もない。

 呼吸できないだろう、眼もみえないだろう、それでもその『何か』は、俺たちを見ている気がした。


「ひっ……」


 エルサが得体の知れない何かに怯える。

 俺も怖かった。顔や頭のない生物が、あまりの異形がこうも恐ろしいとは。

 だが、リーンベルが言う。


「二人とも、魔獣だよ。人がいない理由……たぶんここ、もう手遅れなんだ」


 すると、その『何か』は『鴻鈞鳥こうきんちょう』の銅像の頭に着陸した。

 そして、尻の穴から何かを出す……それは、人骨、魔獣の骨。


「間違いない。ここ、あいつの餌場なんだよ……人がいないの、もうみんな食べられちゃったんだ」

「……逃げられない、よな」

「で、ですよね」


 目がないからわからないが……あの『何か』は、俺たちを見ている気がした。


「やるしかないね」

「……お、おう」

「は、はい」


 リーンベルは日傘を構え、俺は双剣を抜き、エルサがロッドを構える。


『きゅいいいいいい!!』


 ムサシはバサバサと羽ばたき、やる気満々。

 だが……俺とエルサは、顔のない魔獣に、けっこうビビッていた。

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