麗らかな空、海はそこにある

 翌日。

 俺、エルサ、リーンベルの三人は、水路船乗り場でシャルネとアミュアを見送りに来た。

 二人はこれからリューグベルン帝国に帰る。俺たちはしばらく滞在し、エルサとリーンベルの魔力がある程度回復するまでのんびりする予定だ。

 シャルネは言う。


「じゃ、元気でねお兄ちゃん。それとエルサ、リーンベル……お兄ちゃんのこと、お願いね!!」

「はい、お任せください」

「う、うん……シャルネも元気でね」

「シャルネ、気を付けてな。手紙書くからな」

「はいはい。それじゃ……」


 と……シャルネは俺の胸に飛び込み、ぎゅっと抱き着く。


「……あたしのこと、忘れないでね」

「馬鹿。忘れるわけないだろ?」

「うん。お兄ちゃん……」


 シャルネの頭を撫でると、猫みたいに顔を綻ばせた。

 昔はよく頭を撫でてやったっけ。ネコミミ付けたら似合いそうとか思ったこともあった。

 シャルネは俺から離れると、アミュアの背を押す。


「あ、レクス……その、またね」

「あ、ああ。うん……ははは」

「ちょ、なにそれ。もうお兄ちゃんにアミュア、よそよそしいって」


 まあ、いろいろあったしな。

 アミュアは息を吐き、エルサとリーンベルに言う。


「二人とも、レクスのことよろしくね。こいつ、いろいろめんどくさいヤツだし」

「おい、なんだそれ」

「あはは。ま……手紙出してね。私も出すからさ」

「ああ。約束する」

「……アミュアさん」


 と、エルサがアミュアを見る。

 アミュアは頷き、エルサに近づいて何か耳打ち……エルサは顔を赤らめた。

 リーンベルは聞こえていないのか首を傾げている。


「ま、そういうこと」

「……うう、そうじゃないかなって思ってたんですけど」

「想いが通じれば、そういうのもアリなのよ。私はすっごく満足してるから、こうしてレクスに見送りしてもらって、大手を振ってリューグベルン帝国に帰れるの。ふふん」

「よ、余裕そうですね……」

「まーね。あ、私は別にいいから、気にしなくていいわよ」


 な、何の話をしているんだろうか……?

 気にしちゃいけないような、そんな気もする。

 すると、水路船の汽笛が鳴った。


「あ、行かなきゃ。それじゃ、またねっ!!」


 シャルネが船に乗る。

 そしてアミュア。


「またね、それと──……ありがと、レクス」

「……俺も。ありがとな、アミュア」


 アミュアは俺を抱きしめ、俺も抱きしめ返す。

 そして──……アミュアは俺の頬にキスをした。


「私、もっと強くなるから。次に会う時は……『永久級』かもね!!」


 そう言い、アミュアは船に乗る。

 船が動き出し、アミュアとシャルネが手を振っている。

 俺、エルサ、リーンベルも手を振り返し……水路船が見えなくなるまで手を振るのだった。


 ◇◇◇◇◇◇


 それから数日、俺たちは宿でのんびり過ごした。

 歓楽領地ササンの観光もした。

 ここ、一言で言うなら『ラスベガス』みたいな場所だ。カジノはあるし、ダンスショーはあるし、ジャズバーみたいな酒場が多いし、とにかく派手!!


 疲れを癒すためにマッサージ店に入ったはいいが、そこがツボをグリグリ刺激するタイプのマッサージ屋で滅茶苦茶痛かった。

 果物をこれでもかと使ったトロピカルドリンクにリーンベルがハマり、宿に大量に持ち込んだりもした。

 ダンスショーに参加し、とにかく滅茶苦茶踊ったりもした。

 ルッカ、マルセイさんが遊びに来て、みんなで海で遊んだりもした。


 ルッカは、リーンベルと打ち解け、女子三人でササンの海底散歩に出かけた。

 そして、俺はマルセイさんと荷物番……水着の美女を眺めながら、サングラスをかけてビーチチェアに寝そべり、パラソルの下でトロピカルドリンクを飲んでいた……まさかこんな昭和の成金みたいなことをするとは。


「…………おいレクス」

「ん? なんです、マルセイさん」

「お前、なんかあったか? なんというか……ガキっぽさが消えたというか」

「はっはっは」

「おい、んだよその笑いは」


 まあ、詳しいことは言えないが……俺はもう大人の男さ。

 サングラスを外し、マルセイさんを見て笑う。


「世界は今日も平和ですね……海が青く見えるぜ」

「お前、大丈夫……じゃないな。エルサの嬢ちゃんに回復魔法かけてもらおうぜ」

「いやいや、必要ないですって!! と、それより……マルセイさんって、アールマティには詳しいですか?」

「あ? アールマティって、地の国だろ?」

「ええ。タルウィのことばかりで、アールマティについての情報があんまりないんです」

「そーだな……」


 マルセイさんはトロピカルドリンクを飲み、喉を潤す。


「あそこはとにかく古い国だ。ハルワタート王国の気分で行くとマジ驚くぞ」

「あれ、行ったことあるんですか?」

「まあな。商会の護衛で一度……なんつーか、文化の違いがすげぇぞ。人の名前も独特だし……あと、あそこには『六滅竜』の一人がいたはずだ」

「えっ……ろ、六滅竜?」

「おう。なんだっけ、『地嶽神竜ちがくしんりゅう』ミドガルズオルム、だったか? あそこには常駐の竜滅士がいない代わりに、六滅竜が住んでるって話だ。まあ、詳しくねぇが」

「……マジか。すっかり忘れてた」


 六滅竜『地』って確か……父上が大嫌いなヨルムンガンド公爵家の女当主ヘレイア様だっけ。

 ドラゴンの研究者であり、黒い噂も数多くあるとかないとか……父上とそりが合わず、リューグベルン帝国の守護という仕事だけで、あとは好き勝手やってるって聞いたことある。

 あまりにも情報が入ってこないので存在を忘れていた。もしかしたら……父上が情報が入らないようにしていたのかもしれない。


「ま、見所は山ほどあるし、楽しむといいさ」

「そうですね。うん、気にしない!!」


 歴の国アールマティか。

 さて、どんな国なのだろうかね。


 ◇◇◇◇◇◇


 それから数日、たっぷりと休養……二人の魔力もある程度回復し、いよいよ出発となった。

 旅支度を終え、俺たちはアールマティ行きの水路船乗り場へ。

 そこに、ルッカとマルセイさんが見送りに来てくれた。


「寂しくなるな。ま、気が向いたらまた遊びに来いよ。その時は美味い酒を奢ってやる」

「そりゃ楽しみ。じゃ、元気で」


 マルセイさんと拳を合わせる。


「……いろいろありがと。エルサ、それとリーンベル」

「ルッカさん……楽しかったです。また遊びに来ますね!!」

「その、ありがと……ルッカ」


 エルサ、リーンベルもルッカと握手。

 ルッカはにこやかにほほ笑むと、俺を手招きした。


「あんた、どっちが本命か知らないけど、悲しませるようなことしたらあたしがぶっ飛ばすからね」

「しねーよ。ちゃんと二人とも……じゃなくて、悲しむようなことはしないって」

「ふーん。ま、いいけど」


 ルッカと握手。やや力が強いのは気のせいじゃない。

 時間が来たので船に乗り込むと、寝ていたムサシも起きて出てきた。

 そして、船が出発する。


「気を付けて行けよー!!」

「またねーっ!!」

「元気で!! ルッカ、マルセイさん!!」

「お元気でーっ!!」

「さ、さよならーっ」

『きゅるる~!!』


 手を振ると、あっという間に水路船は速度を上げ、二人が見えなくなった。

 俺たちは甲板に移動し、海を眺める。


「ハルワタート王国の海も見納めか……」

「また今度来ましょう。ふふ、レクスはまた水着が見たいですか?」

「そりゃもちろん……じゃなくて、エルサお前……シャルネになんか言われた?」

「さあ、どうでしょう」

「ふふ……あの、レクスくん。えっと……水着、まだ持ってるから」

「り、リーンベルもかよ」

『きゅるる~!!』

「うう、俺の味方はお前だけだ、ムサシ~!!」


 俺たちは笑い、もう一度海を眺めた。

 淡いブルー、魚が飛び跳ね、日光でキラキラ輝く海。

 

「次は、地歴の国アールマティか」

「楽しみですね~」

「う、うん……私も、はじめての国」


 海風と日差しを浴びながら、俺たちはハルワタート王国の海を目に焼き付けるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る