水麗領地メルティジェミニ

 水中都市アルメニアに来た翌日。

 さて、本来なら観光したいが……ティシュトリヤが海を越えて水麗領地メルティジェミニに向かったと聞いたら、のんきに遊ぶのは気が引ける。

 なので、遊ぶのは後回し……まず、厄介ごとを終わらせる。

 朝飯を食べ、腹ごなしの運動がてら水中都市アルメニアを水中散歩。そのあとは地上に戻って着替えた。

 次に向かうのは『水麗領地メルティジェミニ』だ。

 水棲亜人たちの住まう国。ここから水路船でメルティジェミニの陸地に向かい、陸地にいるはずのティシュトリヤを捜索……そのまま討伐する。

 さっそくメルティジェミニ行きの水路船に乗る。

 水路船が動き出したところで、俺はリーンベルに聞いた。


「そのティシュトリヤだけど、やっぱ強いよな」

「討伐レートSだからそこそこ……できれば、レヴィアタンの力は使わずに倒したいな」


 水路船の看板で打ち合わせをする。


「もちろん、俺とムサシとエルサも手伝うよ。役割はどうする?」

「そうね……レクスくんは前衛、エルサは後衛を。私は中距離での攻撃がメインの戦法だから、前衛がいると安心できるの」

「……そういえば、お前の武器って?」

「武器? これ」


 リーンベルが取り出したのは、『日傘』だった。

 綺麗なフリルのついた日傘だ。青がメインカラーで、持ち手は黒、柄の部分は銀色……傘の先端部分がやけに太いが、棍棒にでもするのだろうか。


「これ、『ウルスラグナ』っていう、レヴィアタンの牙から造った日傘なの。レクスくん、『銃』ってわかる?」

「銃もなにも……持ってる」

「わ、すごいね。実は私の傘、銃になるの」


 よく見ると、傘の先端部分は銃口みたいになっていた。

 というか……何口径だろうか。弾丸というか、トイレットペーパーの芯くらいの太さの穴が開いている。

 リーンベルは傘をクルクル回す。


「ま、戦いに関しては問題ないわ」


 と、その時だった。

 水路船を狙い、海から巨大な『サメ』が飛び出してきた。

 水路の下に水麗騎士がいて、どうやら取り逃がしたらしい。

 俺は銃を抜き、エルサがロッドを抜くが──リーンベルは日傘をサメに向けた。


「『爆水』」


 ズドン!! と、水の大砲が発射……サメに直撃すると、爆発を起こした。

 バラバラに飛び散る肉片……あまりに光景に、俺とエルサは唖然とした。

 リーンベルは、傘をクルクル回してバッと開き、降ってくる血を傘で受ける。


「と、こんな感じ。一応、威力は控えめにしたけど……やりすぎたかも」


 俺とリーンベルはウンウン頷き、ティシュトリヤが出てくるまでリーンベルには戦わせないよう決意するのだった……なんつう大砲だよ。


 ◇◇◇◇◇


 二時間ほどで、水麗領地メルティジェミニに到着。

 ここも、アルメニアと同じく陸地には人間用の施設があった。メインはやはり水中……観光客が水着で歩き、ドリンク片手に浜辺でキャッキャウフフしている光景が見える。

 リーンベルは、腕組みして歩く男女をジーっと見ており、なぜか俺を見た。

 察するよ……鈍感系じゃないんで。あんな風に歩いてみたいってことだろ。

 エルサは、飲食店街を見ていた……ああ、鍋の匂いするもんな。


「こほん。じゃあ、青麗騎士の支部に行こっか。たぶん、メルティジェミニの陸地に、ティシュトリヤがいるはず」

「ああ。さっさと終わらせて、観光しよう」

「そうですね……お鍋、食べたいです」

『きゅるる~』


 ムサシが俺の肩に乗ると、耳を甘噛みしてきた。

 可愛い奴め……このこの、この手乗りドラゴンめ。


「……いいなあ。私も、レヴィアタンが小さければあんな風にできるんだけど」

「わたしも、獣魔が欲しいです……」

「エルサ、どんな獣魔が欲しいの?」

「そうですね……やっぱり小さくて、モフモフしたのが」

「わかるわ。でも、中くらいのサイズで、一緒にベッドに入って抱きしめるとかもいい……」

「ッ!! そ、それもいいですね……」


 なんか急に打ち解けたな……やっぱり、可愛いは正義なのか?

 そんなこんなで、地上にある『青麗騎士団』の支部に向かう。

 リーンベルの姿が見えるなり、守衛が盛大に敬礼。数秒で支部長が飛んできた……すっげぇ早いぞ。


「ティシュトリヤの捜索結果ですが、このメルティジェミニの陸地に潜んでいると斥候から報告がありました!! 場所を地図にマークしてありますので、お持ち下さい!!」

「ええ、いい仕事ね……感謝するわ」

「はっ!! ありがとうございます!!」


 仕事早っ!! 

 恐らく、俺たちがアルメニアにいる時点で報告が来て、メルティジェミニの陸地を調査していたんだな……リーンベルを怒らせるとどうなるか、本当に怖いんだろうな。

 でもまあ、仕事が早くて何よりだ。

 リーンベルは地図を広げたので、俺とエルサが両サイドから覗き込む。

 ムサシは、リーンベルの頭にちょこんと乗り地図を覗き込んだ。


「場所は……ここから北の湖ね」

「けっこう遠いな。徒歩で半日くらい……馬車を借りれないか?」

「馬車なら一時間くらいでしょうか? 情報が確かなら、すぐに戦闘になりそうです。装備の確認もした方がいいですね」

「そうね。支部長、馬車を用意して」

「はっ!! 馬車用意ぃぃぃぃぃぃ!!」

「「「「「はっ!!」」」」」


 なんだこの異様な統率は……リーンベルを怒らせるのそんなに怖いんかい。

 すると、一分とかからず支部から馬車が飛び出してきた。

 俺、エルサはアイテムボックスを確認。武器をチェックする。


「よし。リーンベル、俺たちの用意はできてる」

「うん。じゃあ、行こっか」

『きゅるる』


 馬車に乗り込むと、やけに張り切っている御者が馬に命令し、走らせる。


「全員、敬礼ぃぃぃぃぃぃ!!」

「「「「「ははぁぁっ!!」」」」」


 この支部、面白いな……ついつい俺は敬礼を返してしまうのだった。


 ◇◇◇◇◇


 馬車に乗ること一時間。

 あまり整備されていないと聞いたが、その通りだった。

 道は石が落ちていたり雑草が生えていたりで綺麗じゃないし、周りの木々や雑草も好き放題に伸びている。

 オスクール商会の仕事がいかに丁寧で素晴らしいのかよくわかる。

 馬車はよく揺れ、俺もリーンベルもエルサも微妙な顔をしていた。


『きゅるる~』

「ずっと飛んでるお前が羨ましいよ……」


 ムサシはずっと飛んでいるので楽しそうだ。

 すると、リーンベルが御者席に繋がる窓を開けて言う。


「止めて」

「はっ!!」


 馬車が止まった。

 

「レクスくん、エルサ、ここからは歩こう。そろそろ泉が近い」

「わかった」

「はい。ふう、緊張してきました」


 馬車から降り、俺は双剣の位置を確認。

 エルサもロッドを抜き、その場で軽くジャンプして準備運動をする。


「ここで待ってて。すぐに戻るから」

「はっ!! どうかお気を付けて!!」


 馬車を待たせ、俺たちは歩き出す。

 『六滅竜』であるリーンベルが一緒だから三人だけど……本当なら青麗騎士が総出で戦うような魔獣なんだよな。サルワの時もだが、俺たちってけっこう巻き込まれ体質なのかもしれん。

 リーンベルは日傘を差し、俺に言う。


「レクスくん、前衛は任せるね。エルサ、サポートをよろしく」

「わかった。ムサシ、俺の方に来い」

『きゅい!!』

「レクスくん。戦いが始まったらすぐに『身体強化』をします」

「ああ」


 そして───湖に到着した。

 そこは、とても開けた場所だった。中央にある大きな湖には魚が跳ね、透き通った水はとても美しい。

 だが、周囲の木々はまばらに生えており、枝も伸びっぱなしで剪定が必要な木ばかり。おかげで、日の光があまり入らず、どこか薄暗い。

 俺、エルサは……湖より、気になる生物から目が離せなかった。


「あれが『狂陸獣ティシュトリヤ』ね……思ったより大きいわ」


 湖の傍に寝そべっているのは、焦げ茶色の体毛を持つ巨大すぎる『シカ』だった。

 昔、動画サイトで見た『ヘラジカ』をさらにデカくし、ツノを凶悪にねじくれされたような怪物だ。恐ろしいのは、目玉が真ん丸、そして真っ赤に輝いており、口元に顎髭みたいな毛が生えていることだ。

 ティシュトリヤの傍には、食い散らかした動物の死骸が山になっていた。


「ここは食事場で、水場……動物が寄ってこなくなったら、次は人を襲うかも」

『きゅるる……!!』


 と、ムサシの口から炎が漏れた時だった。


『───!!』


 ぎゅるん!! と、ティシュトリヤがこっちを向いた。

 そして立ち上がると、頭のツノを見せつけるように威嚇する。


『シャガアァルルルルルルルルル!!』

「っ!! マジかこいつ……」


 全長二十メートルくらいだろうか、立ち上がるとさらにデカい。

 するとムサシ、俺の正面に向き直り……。


『きゅるる!!』

「……ははっ」


 行くぜ、相棒。

 そんな風に吠えたような気がした。

 俺は双剣を抜くと、ムサシは『陸走形態』へ変化。属性は『風属性シューマッハ』だ。

 ムサシに跨り、エルサとリーンベルに言う。


「エルサ、サポートよろしく。リーンベルも、チャンスできたらデカいのブチ込んでくれ」

「はい!! お任せください!!」

「…………」

「……リーンベル?」

「え!? あ、うん!! わかった!!」

「じゃあ、行くぞムサシ!!」

『がるるる!!』


 俺は剣を構え、ムサシがティシュトリヤに向かって走り出した。


「……レクスくん、かっこいい」


 リーンベルが何か言ったような気がしたが……まあ、今は気にしないでおこう。

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