いざハルワタート王国へ

 嫌な予感に胸をざわつかせていると、エルサがやって来た。


「レクス、ここにいたんですね……って、ドラゴン?」


 レヴィアタン、そしてハルワタート王国の陸が近づいてきたので、多くの人がデッキにやって来た。

 陸も気になるが、多くの人はドラゴンを気にしている。

 エルサも、俺に質問してきた。


「おっきいドラゴンですね……もしかして、ハルワタート王国に常駐している竜滅士の方ですか?」

「違う。あれは『幻想級』……水を司る神龍、レヴィアタンだ」

「幻想級、って……リューグベルン帝国を守護する『六滅竜』じゃ」

「ああ。なんでここにいるんだ? リーンベル……」

「……お知り合いですか?」

「まあ、六滅竜だけじゃなく、竜滅士はみんなドラグネイズ公爵家と関わりあるから。でも……水の六滅竜、はかなり特殊なんだ」


 六滅竜は基本、所有者が死ぬと消滅し、次の世代に受け継がれる。

 だが、水の六滅竜である『水華神龍』レヴィアタンは、なんとたまたま『竜誕の儀』を見学していたアマデトワール侯爵家の少女、リーンベルの元に現れたのだ。

 前代未聞……まさか、たった六歳の少女が間接的に『竜誕の儀』を行い、水の六滅竜を手に入れちまったんだから。

 ちなみに、リーンベルがレヴィアタンを手に入れたのは十年前……そう、リーンベルは俺とアミュアの幼馴染であった少女なのだ。

 今はもう、はるか遠い存在だけどな。


「元、幼馴染かな。あいつが六滅竜に選ばれてからは、十年も会ってない」

「……そうなんですね」

「というか、なんでハルワタート王国に……? 六滅竜は基本、リューグベルン帝国の守護が主な仕事だけど」


 ちなみに、六滅竜は六属性の頂点であり、それぞれ部下を持っている。

 アミュアやシャルネも、『炎』と『氷』の六滅竜の下で研鑽を詰んでいるはずだ。

 ……よし、決めた。


「よし!! 気にすんのやーめた!! エルサ、下船準備しよう」

「え……い、いいんですか?」

「ああ。もう貴族とか竜滅士とか関わりたくないしな。今はハルワタート王国の有名スポットのが大事だ!!」


 言い切る俺。

 そうだ。別にリーンベルがハルワタート王国に来たところで関係ない。

 バカンスとかそんな理由だろ。うんうん。

 俺はもう気にせず、部屋に戻って下船準備をするのだった。


 ◇◇◇◇◇◇


 遊覧船がハルワタート王国の港に到着、そして下船。

 俺とエルサとムサシは、ついに『水麗の国ハルワタート』へ降り立った。


「ハルワタート王国!! ついに到着だ~!!」

『きゅるる~!!』

「長かったですねえ、いろんな意味で……」


 まあ、バケモノクラゲに襲われたりしたからな。

 乗ってきた遊覧船を見ると、水麗騎士たちが陸に上がって整列していた。そして隊長のマルセイさんが何やら部下たちに話をしている。

 あ、俺に気付いた。マルセイさんは軽く微笑んだので、俺も軽く手を上げる。


「レクス、ハルワタート王国の港……すっごく広いですね」

「ああ。漁港にもなってるのか、漁師も多いな。それにあのデカい倉庫……市場か?」


 大きな倉庫がいくつも並び、漁師たちが台車に木箱を乗せて運んでいる。

 デカい倉庫。どのくらいデカいのかと言うと、小型ジェット機が軽々入る大きさだ。それが横並びにいくつもあり、住人や貴族っぽい人、冒険者なども出入りしている。

 

「はい兄ちゃんゴメンよ!!」

「す、すみません!!」


 すげえ、怪力無双っぽい水棲亜人のおじさんが、三メートルくらいある魚を担いでる。

 ここは漁師と職人の戦場……なんか熱気を感じる。


「レクス。まずは宿を確保しませんか? その後、ハルワタート王国名物、『ミスラの海泉』を見に行きましょう」

「あ、ああ」


 市場はまた今度。船旅の疲れを癒してからにするか。

 港を抜け、いよいよ城下町へ……って、すげえな。


「おお……」

「レクスー……どこ見てるんですか?」

「あ、いやその」

「もう、水着の女性をジロジロ見ちゃダメですよ」

『きゅい!!』


 怒られてしまった。

 そう、ハルワタート王国城下町では、なんと水着で歩くのがOKらしい。

 船で確認したパンフレットによると、ハルワタート王国には巨大ビーチがあり、城下町には探せばどこにでも更衣室や水着が売っているらしい。

 飲食店の四割がカフェ……なんともすごいところだ。

 周りを見ると、水着姿の男女や水棲亜人たちが多い。冒険者もいるが、男は水着姿の女性を見て、パーティーの女性に怒られていた。

 そして、今気付いた。


「……なんか暑いな」

「ハルワタート王国は常に高温みたいです」


 気温三十度以上ある……船の上では気付かなかった。

 俺はジャケットを脱ぎアイテムボックスに入れ、シャツの腕をまくる。

 エルサもローブを脱いだ。


「ふう、なんだか喉が渇きますね……」

「お、あそこに出店ある。しかも、フルーツドリンクだって」

「買いましょう!!」


 さっそく出店へ。

 店では、凍らせたフルーツを小さくカットし、果実水で割った特製ドリンクを売っていた。

 しかもカップは薄い木のカップで、枝を加工したストローとフォーク付き。飲んで果肉を食べたらそのまま捨てていいそうだ。

 さっそく二つ買い、エルサと飲む。


「うまっ!!」

「おいしいっ!!」


 甘いのかと思ったが、少し酸味のある甘さ。

 果実水には甘さがなく、果物の甘さだけでこの味だ。果肉もシャリシャリで美味い。

 

『きゅいいーっ!!』

「わかってるって。ほい、果肉」


 俺は果肉をムサシに差し出すと、シャリシャリと音を立てて味わっていた。


『きゅるる~』

「はは、美味いか? いやー夏の国って感じだな」


 しばし、フルーツドリンク……いや、トロピカルドリンクを満喫した。

 エルサはアイテムボックスからパンフレットを出し、俺に提案する。


「あの、レクス……お宿ですけど、少し奮発しませんか?」

「え?」

「この『トロピカルサマー』っていう宿が人気らしいです。ちょっとお値段が張りますけど……」

「いいよ。サルワ討伐の報奨金はまだまだあるし、それにここでは依頼も受ける予定だしな」

「ありがとうございます!! じゃあ、行きましょう!!」

「お、おう」


 さっそく、エルサのパンフレットを頼りに『トロピカルサマー』へ。

 町の中心にあり、冒険者ギルド、武器防具屋や道具屋など、一通り揃った中央広場だった。

 トロピカルサマー……外観は『宮殿』っぽい。アラブ系というか……よくわからんけど。

 宿に入ると、エルサが受付へ。


「いらっしゃいませー!! 常夏の宿『トロピカルサマー』へようこそ!! トロピカル!!」

「と、とろぴかる」

「トロピカル!! お泊りですね? 何泊、何名、何部屋でしょうか? トロピカル!!」


 う、うるせえ受付のおっさんだな……というか、異世界でも『トロピカル』って言葉あるんだな。今更だが。

 頭にターバン巻いてるし、両手合わせて腰をくねくねさせる姿はかなりキモイけど。


「え、えっと……二部屋で、二名。レクス、何泊にします?」

「そうだな……ダンジョンにも行きたいし、観光や冒険者ギルドも合わせると、十日じゃ足りないか?」

「かもしれませんね。二十日くらいにしますか?」

「うん。そうしよう」

「はい二十日!! トロピカル!! 部屋は『トロピカル』と『サンシャイン』と『フラダンス』がありますが如何しますかー? んんんトロピカル!!」


 マジうるせえ……エルサも困惑してるぞ。

 よく見ると、カウンターの上に料金表があった。

 フラダンスが一番安く、トロピカルが一番高い。トロピカルトロピカルうるさいのは高い部屋勧めるためか。

 トロピカルは一泊金貨五枚か。日本円で五万円……二部屋で一泊金貨十枚か。

 フラダンスが一泊金貨一枚……まあ、金はあるけど。

 

「レクス、どうします?」

「ん~……金はぶっちゃけ問題ない。いっちゃうか?」

「……いっちゃいましょうか?」

「……いっちゃうか!!」

「はい!! トロピカル!!」


 というわけで、トロピカルを二部屋……二十日分で金貨二百枚、白金貨二枚のお支払いだ。

 冒険者カードでそれぞれ支払い、そのまま部屋のカギになった。このシステム、それぞれの領地にある王都では当たり前のシステムらしい。

 部屋は最上階。驚いたことに昇降機で移動だ。魔道具ってすげー!!

 最上階にある通路を進み、俺は一号室、エルサは二号室に入る。


「……冒険を始めて、こんな豪華なの初めてだ」


 超、いい部屋だった。

 俺がかつて暮らしていたマンションの家より広い。

 天蓋付きベッド、見るからに高級そうな椅子とテーブル、テーブルの上にはウェルカムフルーツが芸術品のように皿に盛られ、なんとハンモックが吊るしてある。

 調度品もとにかく高そう。もう俺の語彙力じゃ表現できん。

 

「風呂もすげぇな……温泉かよ」

『きゅるる』


 蛇口を捻るとお湯が出た。しかも、なんか甘い……ああ、海水泉ってやつか。

 意味もなく部屋をウロウロし、なんだか落ち着かないのでエルサの部屋へ。


「エルサ。いいか?」

「はーい。ささ、どうぞレクス!! ムサシくん!!」


 エルサが興奮している。

 部屋に入ると、ベッドが微妙に乱れていた……エルサ、飛び込んだな?


「すっごいお部屋ですね!! あー……すみません、いきなり大金を使っちゃいましたね」

「別にいいだろ? だって、俺たちはこの世界を楽しむために旅してるんだ。金は大事だけど、後悔したくないし、使えるところでジャンジャン使っちゃおうぜ。それに、報奨金はまだまだ残ってるしな」

「はい……ありがとう、レクス」

「いいって。ささ、これからの計画確認しようぜ」

「はい。あ、お茶でも飲みませんか?」


 と、エルサがテーブルにあったハンドベルを鳴らすと、ドアがノックされた。


「すみません、お茶をお願いします」

「かしこまりました」


 びっくりした……いきなりドアがノックされたぞ。

 驚いていると、エルサがハンドベルを手に言う。


「これ、魔道具です。鳴らすと使用人さんを呼べるんですって。ベッドサイドにありましたよ」

「へえ、便利だな……俺も使ってみよう」

『きゅいい』


 こうして、俺とエルサとムサシは、ハルワタート王国に無事入国したのだった。

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