港町テーゼレ

 翌日。

 ホテルをチェックアウトし、最後にもう一度ホルダート大滝を眺める。

 そして、これから向かうハルワタート王国に思いを馳せつつ、遊覧船の出る港町テーゼレへ出発。

 オスクール商会の馬車に乗れば半日で到着するが、昨日今日と運動せずに美味いモンいっぱい食べたので、今日は徒歩で向かうことにした。

 オスクール街道を通れば、徒歩でも夕方には到着する。

 街道は脇道より安全だし、道中には飲食店もある。のんびり進むにはいいルートだ。


『きゅいい~』

「ムサシくん、ごきげんですね」


 ムサシ、今日は朝からごきげんなのか、俺やエルサの肩に乗らずずっと飛んでいた。

 俺も、どこか甘い風を肌で感じながら言う。


「まあ、機嫌よくなるのもわかる。これから先は異国だし、初めてクシャスラ王国に入った時みたいな感動をまた味わえるんだしな」

「実は、わたしも同じこと考えてました……えへへ、レクスと出会ってから、毎日が楽しいです」

「ははは。そりゃどうも」


 ちょっと照れるな……俺も、エルサと一緒は楽しい。

 おっと、勘違いしないようにする……あくまで友人として、同行者として楽しいってことだ。

 異世界転生の主人公でありがちな、やたら惚れてくるヒロインじゃない。うん、そうだ。


「あ、レクス。茶屋がありますよ、休憩しませんか?」

「そうだな。少し休んで、また行こう。今日中には港町テーゼレに到着したいしな」


 とりあえず、うまいお茶でも飲んで気分を変えますかね。


 ◇◇◇◇◇◇


 茶屋でお茶を飲み、再び歩き出す。

 オスクール街道は整地されているし、魔獣も出ないから歩きやすい。

 クシャスラ王国と違って風も穏やかだし、天気はいいけどやや熱い……そういや、ハルワタート王国ってリゾートの国なんだよな。もしかして常夏なのか?

 と、エルサとムサシと一緒にお喋りしながら歩くこと一日。

 夕方前に、港町テーゼレに到着した。


「わぁ~……ここが港町テーゼレ」

「なんか甘い匂い……海の匂い、なんだよな」

「はい。ん~この香り、いいですねえ」


 そうかな……正直、海はしょっぱいのが俺のイメージなんだが。

 転生前、一次退院で家に帰る途中、父さんにお願いして海に連れてってもらったことあったな……潮風の香りと、海のしょっぱさ。あの思い出は転生し『レクス』になっても忘れられない。

 

「レクス。宿を取りましょう、そろそろ日も暮れそうです」

「ああ。宿取ってメシだな」


 港町テーゼレの中心まで向かうと、どこの建物も白いのに気づいた。

 真っ白な壁、真っ白な屋根……何なんだろう?

 とりあえず、エルサが選んだ宿に入り二部屋ゲット。部屋の確認をして再び外へ。

 晩ごはんはもちろん魚!! というか。


「魚介鍋屋さん、楽しみですねえ」

「あ、ああ」


 エルサ、パンフレットに乗っていた鍋屋さんに目を付けていた。

 まあ全然問題ない。というか、俺も魚介鍋食べたい。

 鍋屋に向かいながら、俺は周囲をよく見てみた。


「どこも真っ白な建物だな。お……」


 町の中心から海に向かう道は、坂道になっていた。

 下り坂で、海や港町テーゼレの全貌がよくわかる。

 港には船がいっぱい停泊している。大中小さまざまな船で、イカダやボートみたいなのもあれば豪華客船みたいなのもある。

 そして、やはり建物は真っ白だ。


「建物が白いのは、海風で建物が傷まないように、白ウルシっていう樹液を塗っているからみたいです」

「へえ、なるほど……」


 ちゃんと理由あるんだな。

 と、エルサが立ち止まりパンフレットを確認……目当ての鍋屋に到着した。

 さっそく中に入り、俺は海鮮鍋、エルサは激辛海鮮鍋を注文……もう何も言うまい。

 ムサシも俺の魔力を食べ始めたのか、紋章の中で大人しくしている。

 食事を終えて外に出ると、もうすっかり暗くなり……海を見ると、それはもう絶景だった。


「わぁ……すごくキラキラしてますね」

「ああ。船の明かりかな……それに、海の向こうもキラキラしてる」


 鍋屋の近くに公園があったので向かうと、展望台みたいになっていたのか景色がよく見えた。

 しばし、町と船の夜明かりを眺めていると……。


「──あら? レクスに、エルサ?」

「「え?」」


 名前を呼ばれた。

 思わずエルサと声を揃えて振り返ると、そこにいたのは。

 青いドレス風の戦闘服、ジャケットを着たショートボブのお姉さん。

 俺とエルサに冒険者のイロハを教えてくれた、ルロワの町で出会ったB級冒険者のミュランさんだった。


「ミュランさん!!」

「ふふ、久しぶりね。まさか、テーゼレであなたたちに会うなんて」


 ミュランさんは髪を軽く掻き上げ、ランウェイを歩くモデルみたいな歩き方で俺たちの元へ。

 

「二人とも元気にしてたかしら?」

「はい、ミュランさんもお元気そうで」


 エルサがニコニコしながらお辞儀。

 俺もお辞儀。ミュランさんはクスっと微笑んだ。


「旅は順調みたいね。噂で聞いたんだけど……クシャスラ王国、大変だったみたいね。もしかして、あなたたち二人も関係してる?」

「えっと……まあ、冒険者として関係してます」


 ちょっとお茶を濁して言う俺。たぶんサルワのこと知ってるな。

 まさか『ムサシが進化して俺と倒しました』なんて言えないし、冒険者として戦ったってことで。

 するとミュランさん、ちょっと前かがみになり俺を見る……あの、胸の谷間見えてます。


「ふーん……なんだか二人とも、強くなったわねえ」

「そ、そうですか?」

「ええ。お姉さんの勘。冒険者等級は上がったかしら?」

「えっと、一応はE級に」

「そ。ふふ、あなたたち、まだまだ強くなりそうね。お姉さんもウカウカしてられないわ」


 ミュランさんは俺から離れ、今度はエルサに顔を近づける。


「ところで、今後の予定は?」

「は、はい。えっと……しばらく港町テーゼレを観光して、そのあとに遊覧船でハルワタート本国に行く予定です」

「あらそうなの。お姉さんは明日、水路船で歓楽領地ササンに行くの。もしかしたら、向こうでも会えるかもね」


 ミュランさんはにっこり微笑む。

 俺は聞いてみた。


「もしかして、依頼か何かですか?」

「いいえ。バカンスよ。大きな依頼を片付けたから、自分にご褒美をね……それに、依頼が上手くいったおかげで、臨時収入も入ったし」

「ば、バカンスですか」

「ええ。ふふ、リゾートでのんびりする予定よ。もちろん……水着でね」

「っ!!」


 ミュランさんは俺に近づき、なぜか俺の頬を指でさすった。

 ゾワゾワし、思わず硬直してしまう。

 

「むー……」

「あはは、ごめんねエルサちゃん。もうからかわないから」

「べ、べつに謝らなくてもいいです」


 エルサはそっぽ向いてしまった。

 ミュランさん、なんだか『魔性の女』って感じがする。


「さて、そろそろ宿に帰ろうかな。じゃあ二人とも、またどこかで」


 ミュランさんは投げキッスして夜の街に消えた……投げキッスって異世界でもあるんだな。

 さて、意外な出会いもあったが、夜も更けてきた。


「……じゃ、帰るか」

「はい。あの、レクス……ミュランさんの水着、気になりますか?」

「はい!?」


 いきなりの質問に、俺はすぐに答えることができないのだった……。

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