ある教授の実験

ろくろわ

男女の考えに関する仮説と証明の文字起こし

『それでは今回の実験に関する仮説を文字に起こし、皆様と共有したいと思います。

 今回の実験はわたくし、人間行動学教授のあきらと助手の宗谷むねたにで行います』


 デジタル機器の画面に上記の文字を入力すると、教授は助手に今回の実験の説明を始めた。


「いいかい、宗谷君。今回の実験では密室の中で、一組の男女にそれぞれ相手に見せないように課題を出します。課題の内容はお互いに見せず、その課題がクリアできると密室から解放されると言うものです」

「分かりました教授。それで課題とはいったい何なのでしょうか?」

「それはだね。これだよこれ」


 そう言うと教授は助手の前に『はなさないで』と書かれた一枚の紙を見せた。


「これは?」

「そう『はなさないで』と書かれた紙だよ。これを各々見て、その指示にしたがった行動をとって貰います」

「お互い同じ内容の指示ですか?」

「そうです」

「それなら二人とも同じ行動をとるのではないでしょうか?」

「宗谷君。それはこの後の結果を見てください」


 そう言うと教授は動画を流し始めた。

 密室にいる二人は各々手にした指示書を見つめ、行動に起こした。


「あっ!」


 助手は声をあげた。

 画面の女性は男性の手をぎゅっと握った。男性は驚き顔を紅く染めたが、何か言いたげな女性の唇に人差し指を添え、その言葉を制した。


「これは」

「そうです。平仮名で書かれた『はなさないで』の指示を女性は『離さないで』と捉え、男性は『話さないで』と捉えたのだよ」

「確かに平仮名で書かれたらどちらの意味にも捉えれますね。でもこれはたまたまと言うことは無いでしょうか?」

「うむ。そう思うだろ?では続きを見たまえ」


 教授が続きの動画を流すと、その後に続く男女も実に七割程は同様の結果となった。


「これは一体何故ですか晃教授?」

「この結果は人類の男女にまつわる行動学に基づくと言えるだろう。古来より男性は狩りを行っていた。その為静かに獲物に近づく必要があり、周りの音を制する必要があった。また女性は男性のいない間、子供を守り外敵から身を隠すため、離れないように身を寄せあっていた」

「だからですか?今回の指示書を見たとき、最初に思い浮かんだ事がそれぞれ『話さないで』と『離さないで』になったのは」

「そうなるであろうと仮説をたて、先程実証されたと言えるだろう」

「成る程。実験は上手くいったんですね!」

「それに実験はもう一つあるのだよ、宗谷君」

「もう一つ?」


 そう言うと教授はそっと助手の手をぎゅっと握った。


「晃教授。何をするんですか?」

「宗谷君。人はイメージで話を読むものだよ」

「どういう事ですか?」

「この話を読んでいる読者は、教授で女である私の事を勝手にだと思っている方が大半だと思われる」

「どういう事ですか?晃教授が男性だなんてどこにも書いてないじゃないですか?」

「これがもう一つの実験、文字の思い込みだよ。教授という肩書きの説明だけで、読み手は勝手に男性として話を進めていたのさ」

「そんなまさか?」

「そう。この実験結果はまだまだ検証がたりない。だから読み手の方が『あきらの事を男だと思ってました』とコメントがあるまでは、この結果を皆にはまだ


 晃教授は宗谷君に絡めた指をゆっくり離し、自分の唇に人差し指をそっと添えてフフッと笑みを浮かべた。




 了

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ある教授の実験 ろくろわ @sakiyomiroku

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