空白を埋めるもの

疲れた身体を引きずってマンションの階段を登ると

電灯の下

暗さを増した夜を背景にする角部屋の戸を開ける


軋む金属音を背に「バタン」と音を立てないように後ろ手に手を添えた


そんな何気ない習慣に

フと君が居ない現実を思い出した


別にもう

マンションに響く音に「近所迷惑だから」と怒る人は居ない


真っ暗な廊下の先には電化製品のグリーンやオレンジのちっちゃいランプが光るばかりで音もない


一人暮らしには広すぎる部屋


君が居なくなった時

ぽっかりと自分の中に穴が空いたような感覚に襲われるのかと思っていたが

そうじゃなかった


君が居なくなった後

そこにはただただ「君はこの世にはもういない」と言う事実だけがその空間を埋めた


君の形をしたそんな事実が

今日も静かに僕に微笑みかける


「ただいま」


と一言


僕は誰も居ない部屋にそっと言葉を置いた…

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