相手の挙動から内なる声を読める武術を会得したら予想以上に女子の本音が好意的だった件
揚羽常時
第1話:明後日を向く恋の矢印
「見て見て! お姉様が御登校なされたわ!」
とある高校。特に偏差値が高いわけでも意識が高いわけでも学費が高いわけでもない平凡な学校の教室に俺はいた。
高校二年生というどこにでもありふれている青春少年の俺にとって、恋とは何かを考えると実のところ自覚はあまりない。幼馴染の美少女がいる時点で勝ち組なのだが、俺の嗜むラブコメでは幼馴染ヒロインは転校生ヒロインに負ける傾向がある。南ちゃんは別だが。
「ミソッカス! ミソッカス!」
教室の最前列の席。そして窓側から二番目の机に座っている俺の隣には、溌剌とした美少女がキャーキャー言っており、それはもう曇りのない眼で窓の外を見ている。そのはしゃぎようはクリスマスを前にした子供も同様で、あるいはソレよりタチが悪い。
特筆するべくもない黒に近い暗灰色のブレザー。
それを特徴もなく着込んでいる俺の名は美空カスミ。
みそら・かすみで、仇名がミソッカス。
迂遠にイジメられている可能性まであるが、既に学校公認なので今更抗議する気も俺には無い。
そんな俺の学生服の首根っこを掴んでヒートアップする相手の名は
俺の幼馴染の存在で、まぁ可愛い。
俺と同じブレザーを着ているが、腰から下はもちろんスカート。チェック柄のベタな奴。セミロングの艶やかな髪をした美少女で、正直顔の造詣で言えばかなり在りえない。二重まぶたに長いまつ毛。花弁を思わせる唇に黄金比の輪郭という隙のない美少女ぶり。
首から下も恵まれており、おおむね胸が大きくバストは八十九。グラビアモデルをやればかなりの人気を集めるだろうその美少女としての才能は誰しも認め、学校の三大女子に認定されている。本人も可愛いという自覚はあるのか、美貌磨きには余念がない。告白されることは枚挙に暇がなく、一応現在はフリー。だからこそ男が群がってくるが現状男と恋愛をする気は無いらしい。
正確には片想い中の拗らせ人間。
「ミソッカス! ほら見て! 窓の外にお姉様!」
「ああ。そうね」
火事場の馬鹿力というかテンションフルスロットルでリミッター解除したこの風間春奈こと春奈のテンションに振り回されて、情報の共有のために窓の外を見る。二年生の教室は二階にあるので、そこから校門と共通棟にある外道が少し見える。その外を歩いているのはマケインこと春奈の想い人。
「はー。好き。もうトキメキ」
うっとりと酒でも飲んだのか疑わしいほどの酩酊ぶりで外を見るマケインの視界で、一人の女生徒が風を切って歩いていた。もちろんコイツの泥酔ぶりでわかるように並の美少女ではない。それこそ遺伝子組み換えでもされたのかと疑ってかかる超絶美少女だ。
「お姉様~!」
外を歩いているキャツに手を振ってアピールする春奈。その声に気付いて春奈を見る彼女。もちろん俺も隣で付き合わされている。彼女は少し困ったように苦笑して、ヒラヒラとこっちに手を振った。
「あーん! お姉様素敵! 百億点!」
まぁあえてツッコむまいが。もちろんラブコメによくある実はマケインではなく俺に手を振っていたとか、そういうオチはない。窓の外から見える彼女は基本的に他人に平等だ。それも怖いくらいに。
土御門秋穂。
それが彼女の名前だ。
枝毛の見つからない艶やかなロングヘアーに、盛りに盛った肉体美。欧州の彫刻を思わせる静謐な美貌は、愛嬌のある春奈を動とするなら、静の印象を見る者に与える。セクハラなので誰にも言っていないが目測でのバストは九十九と思っている。
居るだけでため息をつかせる完全性は、もはや凡人にとってはプレッシャーに近く、ほぼ隙の無いスペックをしているので誰もが遠慮する一周まわって残念な奴。
勉強が出来てスポーツ万能。音楽にも絵画にも才能を示し、人当たりが良く、品行方正。調子に乗らず、教師に迷惑を掛けない優等生でありながら、家は旧財閥で、つまり本人は御令嬢。
俺は多分彼女はコーディネイターではないかと疑っている。顔よしスタイルよし性能良しで財閥令嬢とか、もはや俺と同じ人間であるのかも疑わしい。言ったら学内ファンに非難轟々なので、あくまで心の中で牛丼特盛と名付けている。
「…………」
その牛丼特盛はマケインに手を振りながら窓の死角へと消えていく。春奈がお姉様というように、この春から三年生で受験生だ。そもそも何故うちの学校にいるのかも分からないパーフェクト超人なので、進学についてはどうにでもなるだろう。土御門財閥の御令嬢を入試で落とす大学があるのなら、それはそれで見てみたい。
「はー。神。お姉様は人類史の至宝」
「その内サーヴァントになるかもな」
「なる!」
その場合抑止力と契約することになるのだが、それはいいのだろうか?
ピンク色のハートを振りまきながら自分を抱きしめてクネクネしている春奈の奇行に関しては、もはや今更なのでツッコまず。ミケランジェロでも再現が不可能だろうとされる牛丼特盛こと土御門秋穂の可愛さについては俺も否定できるほど原理主義者でも過激派テロリストでもないのだが、その遠目に見ただけでも惚れてしまう完全性に春奈は完全に逝っていた。
「ミソッカス。詩を書いて。私の秋穂お姉様への愛をつづったラブレター!」
「まぁ書けと仰るなら書きますが」
『拝啓、春はあけぼのグラップラーデビュー。夏はボインが揺れる季節を迎えようとしています。この季節の変わり目に変人が出るリアルFPS痴漢サバゲーの世界であなたはどう生き、どう戦い抜くのか……。伝説は今始まった。炎の匂いが染みついて……なんというかむせたりむせなかったりするクリコ=キューブに付き合って私は今日も地獄に道連れでして……』
「ミソッカス?」
俺の顔にガシッとアイアンクローをした春奈はまったく目が笑っていなかった。
「その破滅的人間関係クラッシャー詩文を誰に出すつもり?」
「土御門秋穂だろ」
「名義は?」
「風間春奈」
「人格を疑われるでしょうが!」
「大丈夫だってインパクト勝負。これくらいネタにしないと相手も読み飛ばして終わりだし」
「にしても壊滅的なのよあなたの詩は! ていうかこれ詩文って言っていいの? 普通突っ切るなら贖罪とか堕天使とかをテーマにしなさいよ」
「いやだよ恥ずかしい」
「こっちの方が億倍恥ずかしいわよ!」
さっき俺の書いた詩文は時節の挨拶の段階で没らしい。結構いい感じに書けたと思ったのだが。ていうか春奈が牛丼特盛を大好きだということは知っているが、それなら自分で書けとも思う。
「しょうがないじゃない。文才ないモノ」
ムスッと不機嫌になる春奈の気持ちもわかるが、乙女の恋愛感情を詩文にして翻訳するのがこんな陰キャでいいので? シラノドベルジュラックみたいなことを期待されても困る。
「国語得意でしょ?」
いや、俺だって然程じゃないぞ? 作文で表彰されたこともないし、国語は平均点。ラブレターなんて書いたことないし、ネット小説に投稿したこともない。単に漢字を覚えるのが苦手なので文章問題で点数を稼いでいるだけ。それこそドラゴンスレイブの詠唱を書けとかテストで言われると十点は固いね。
「はー、相変わらず尻に敷かれてるじゃーん」
で、軽快なポップを聞くような声がこっちに聞こえて、俺がビクリと震える。とりあえず求められたので牛丼特盛への愛を語る懸想文を書きつつ、自分に疑問を持っている俺のアイデンティティを探していると、舐め腐った声が俺を呼んだ。
「キープくん」
「なんだ。ビッチか」
こいつもこいつでなんだかなー。
一般的にギャルと割れている人種だ。肌は黒く髪はキラッキラの金髪。
これまた有名人だ。マケイン。牛丼特盛。で、今ここにいる金髪ギャル。俺はビッチと呼んでいた。そのビッチは俺の肩に手を回して、ニヤニヤと笑っている。
「ねえキープくん? 今日デートしねえ?」
「超イミフだ」
俺は春奈の懸想文を書くのに忙しい。
「ちょっと彼ピが忙しいみたいでさー。こっちアゲアゲで精神ウォームアップしたのに酷くない? やるまである思ってたところにこのエサ無しですよー。あーしのテンションどこ行きー?」
せめて日本語で話してくると嬉しいのだが。
「だからって俺とデートしてもしょうがないだろ」
「ニャンニャン。ミソッカスはキープくんだからいいの。浮気相手くらいやってよー。恋のスパイスはいつだって辛口がバエるんだよー?」
ガシッと春奈がビッチ……夏海の顔をアイアンクロー。
「私のミソッカスに手ぇ出さないで紅?」
「いやー。首輪ついてないからさー。それってつまりフリーじゃん。恋人じゃないしいいんじゃね? 本命別にいるけどキープだって保険として持っとくの常識じゃね。証券会社とか損切り利食いやってるじゃん。ロンガーでミソッカスをキープくんにするの何がいけないわけ?」
まぁ色々ございまして。
「なわけでパイオツ揉む? あーしは全然舐めプだよ?」
「機会があったらさせてくれ」
「はーい言質取りました。挟む? 挟んじゃう?」
「マロンに溢れすぎンゴ」
コイツのテンションについていくのはカロリーを消費する。
たしかに挟めるだろうがな。
「九十三・五ってところか」
「ひゃん!」
ポツリと俺が呟くと、胸を抑えてエビのように仰け反って夏海は跳ねた。狼狽している。それがちょっと違和感。
「どうしたビッチ?」
「なんで胸のサイズ知ってんの?」
「目測」
「セクハラじゃん」
「ま、キープでどうにかなら何時か揉むかもしれないし」
「ここで揉むし?」
「謹んでごめんなさい」
俺は懸想文の執筆に戻る。
「はいはーい。朝のHRやるぞ。火野夏海さんは自分の教室に戻ること」
「せんせーい。ミソッカスがあーしと離れたくないらしいじゃん」
「じゃあ一緒に保健室いけ」
「そうするじゃん。サービスサービスぅ!」
ビッチは大人の男性と恋愛しているらしい。で、仕事の都合でデートが御破算になるとキープと称して俺を浮気に誘ってくる。何を考えているかはわからないのだが、キープに選ばれていることを光栄に思うべきか。それとも嘆くべきか。
一応これでも三大女子の一角。
小動物系美少女の風間春奈。
完璧超人の土御門秋穂。
尻軽ギャルの火野夏海。
この三人は他を圧倒するカリスマを持つ。
おっぱいもデカいしな。
「じゃねーキープくん。なにもツッコむのギャグだけじゃないぜ!」
だからそうやって俺の周囲評価を落としてもらわれるとだな……。
台風が去った後、先生がイヤーな笑みで教壇から俺らを見る。
「では春も季節のサクラ散る。皆さんに転校生を紹介したいと思います」
上名先生ことアネキサンダー大王はピースピースと歳に似合わない盛り上げ方をしつつ、ホームルームを進行していく。
「では入ってきてください水越さん」
「失礼するぞ」
なんチャンかで見たような言葉遣いで、ソイツは教室に入ってきた。それはきっと春の魔法で、俺にとっての運命だった。
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