30 俺だって考える夜もある

夜遅くになって、勇太は家に帰った。


朝から暴力事件を起こしそうになり、それをルナに止められた。


その勢いでルナと保健室に結ばれてしまい、放課後にルナの誕生日を祝った。


ちなみに勇太とルナは、避妊していない。


そもそもこの世界、避妊という概念がない。男女比のバランスが崩れていて、いつ人口減少の危機に立たされるか分からない。


だから自然妊娠の場合は、高校生であっても行政で保護される。休学、復学が認められ、十分な子育て支援金も出る。


男女比1対12の世界。梓との入籍も迫っていて、ルナのことも真剣に考えている。


前世では17歳の勇太が重婚して子供まで作ったとなると、とんでもない非常識人間として扱われる。


しかし、今世では立派な男として称賛される。叔母葉子も応援してくれる。なんとも男子に都合がいい世界だ。


最初はこの概念に抵抗もあった。


しかし、勇太に二股をかけられるルナと梓がそれを普通だととらえている。


複数婚の心得までルナに説かれた。最初にあった罪悪感は薄れてきた。


さらに従妹のパラレル梓が意外と腹黒なお陰で、前世の妹・梓とは別人に見えてきた。


あと2か月のうちに妹ではなく、一人の女として見てもらう訓練だと言われ、過剰にキスされまくっている。


『訓練だからね、必要なことだよ』と血走った目で迫ってくる。


考えてみれば前世で可愛い妹の梓だったが、勇太が入院生活に入って以降の生活は、聞いたことしか分からない。


彼氏に尽くしていたことは知っている。


いずれにせよ、幸せになっていて欲しいと思っている。



そして前世に残してきたルナも・・



勇太は、この世界に来て初めてセンチメンタルな気分だ。


前世ルナとは誰が見ても仲良しだった。


だけど一度だけ八つ当たりした。それはみんな、勇太が悪い。


前世で勇太の病気が発覚したあとのことだ。


前世で本当に辛かった思い出だったけど、転生後は思い出さずにすんでいた。


なにせ、この世界に転生していきなり、パラレルルナがピンチだった。


助けに行って、再び『ルナ』に会えてテンションが高いままだった。


だけどルナと結ばれて落ち着いた今だからこそ、胸が締め付けられる過去を思い出した。


前世ルナに別れを告げたときの悲しみが思い出された。


難病にかかって、絶望したときの感覚が蘇ってきた。



前世で病気が発症したのは、ルナと仲良くなって丸2年を経過したとき。正式に付き合い始めて4ヶ月目となった高1の6月。


夏休みを控え、夏祭り、海、遊園地、色んな約束をした。


そんな時だ。


いきなり学校で転んた。その時は笑って起き上がった。けれど家に帰って普通にご飯を食べていたのに、お茶碗を落とした。


断続的な発作のようなものが始まり、家族も変異に気付いた。


夏休みは検査入院で終わった。ルナとの約束は何も果たせなかった。



そして勇太は、絶望の中でルナと会った日を思い出す。


正確な検査結果が出た9月末の、晴れた日だった。


丸2年、一緒に過ごしてきた小高い丘の公園。放課後にルナを呼んだ。


自分が回復の見込みがない病気だと明かして、ルナに別れようと告げた。


それでも一緒にいると、ルナは言った。


初めて自分を分かってくれる人に出会えたと言った。


頭を抱いてくれた。絶対に離れないと言った。泣いてくれた。


好きだって言ってくれた。


死ぬなって言ってくれた。



だけど、勇太はルナを突き放そうとした。



この時だけは、ルナの前なのに気持ちが荒れた。


うるさいと怒鳴った。


先なんかないとわめいた。


死ぬのは俺だと叫んだ。


お前に気持ちなんか分かるかと大声を出した。



そして泣いた。


もう何も一緒にできないと泣いた。


ルナといると、戻れない日常に未練が残ると泣いた。


好きでも、どうにもできないと泣いた。


ごめん、すまない、でもどうしようもないと泣いた。



ルナは罵声を浴びせられたのに、勇太の手を握った。


学校でも何度もルナの方から話かけてくれた。


周囲から見たら、変わらず仲良しだった。


だけど勇太は、高2になる直前に学校に通えなくなり退学した。


すべてがうやむやになった。



別れても勇太はルナが好きだった。


世界的な疫病もあり会えるチャンスが減ったが、ルナから頻繁にメールが来て、勇太も返した。


会いたくて、何度も病室からルナに電話した。


ルナと勇太の共通の友人、パラレル世界でもクラスメイの伊集院光輝君。彼に連絡を取って、ルナを気遣ってくれと頼んだりした。


ルナとは病院内の外来スペースなどで会っていた。病状が悪化したあとも看護師さんに怒られながら、何度も病室に来てくれた。


最後の1年は完全に外部との接触がシャットアウトされても、愛されていると思った。


天に召された直後、女神に真実を明かされた。そして梓のために死を受け入れた。


だけど他の人間の身代わりだったら現世に戻っていた。


きっとルナと、やり直していた。



勇太は、パラレルルナを今以上に好きになる自信もある。前世のルナと比較もしない。


大切にしたい。



ただ・・・


ただ、思い出すと勇太が苦しい。


こんなに『ルナ』を大切に思っても、傷付けた方のルナには気持ちが届かない。

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