21 この世界では誠実すぎる男

勇太はやってしまったと思っている。


鼻血を出したルナに放った言葉がプロポーズだった。


部活にならなくなって、早々と片付けを行い、帰宅の準備。部長と先輩、後輩3人に謝って、後日にお詫びをすると言った。


5人は柔道部に正式入部して、一緒に部活をやってくれればいいと言ってくれた。


早速、来週の月曜日には、他校に出稽古となった。


勇太は今世の柔道部員も優しいと思って感謝した。


彼女達5人の目が肉食獣になっていたことに気付かず・・



ルナだけを引き留めて、体育館の裏で話をしている。


前世の彼女に瓜二つの、パラレルルナを我を忘れ、体育館の観衆の前で抱き締めてしまった。


責任を取ると言うと「私のことを犯罪者にしないため、とっさに言ってくれたんだね」と顔を赤くしていた。


さっきの状況だと、男性の暴行未遂でルナの方が捕まる可能性がある。


やっと勇太は思い出した。ここは男女の貞操観念が反対の世界だった。


ルナの逮捕を回避するために、勇太がプロポーズという形で保護したと思われた。


「ルナはもう、嫌われ者の俺の仲間だと思われたかな・・」


ルナは、このセリフで思うものがあった。


勇太はルナと梓のため、2人の知り合いに挨拶して回る。そのやり方も優しい。


ネットでも話題になっている、街角のカフェの人気店員。


だけど、頭を打って人格が変わる前は、最低人間だったと反省している。


その証拠に謝罪した相手が口ごもって、反応が良くなかったりするそうだ。


女子が口ごもるのは、男子に話かけられたら当たり前。


自分のクラスで長く無視されてきたから、自信が持てないのだろうと思っている。


ルナは、自分が言ったところで、今はどうにもならないと感じている。



勇太は自分の言葉をストレートに受けてくれる。


勇太は、人の善意に感謝する。反面、本人が思っている以上に傷つきやすいと感じている。


それに、『違うルナ』と間違えたとしても、抱き締められた。


自分に縁がないと思っていた。


勇太に離してもらえず、密着した体、すごくいい匂いがする胸、そして胸に響く声。


下腹部に当たるナニか。


すべてを同時に至近距離で味わった。喉がカラカラになった。


今も、わざわざ勇太の方から、待っていてくれと言われた。


「・・ルナ」


ボーっと体育館裏に座っていると、勇太も横に腰かけた。


「さっきの話だけど・・」

「どれかな」


「俺、みんなの前でルナを離したくないって言った」


「う、うん、聞いたよ」


「あれな、本気だぞ。だから・・」


ルナの顔の前に勇太の顔が近付いてきた。


ルナが目を閉じると、唇に柔らかな感触があった。


「・・ん」



ルナは複雑だ。この出会いを勇太は再会と言った。


ということは、前に勇太と愛を深め合った同じ名前の女の子がいる。自分は、その『ルナ』の恩恵を受けている。


ただ、もう勇太から離れたくない。


実際には前世ルナとパラレルルナのリレー。勇太はそれも、このルナのものだと思っている。厳密には違うけど・・


説明されても、分かるはずがない。



ルナは言うべきことは、ひとつだけと思っている。


「・・勇太君、力になれるのなら、私がそばにいるよ」


「前にも同じこと言ってくれたよね。ありがとうルナ」


涙ぐむ勇太を見て、ルナも泣きそうになった。そして、今度はルナからキスした。


「ただ・・。ごめん、正直に言うね。過去に勇太君と会った記憶がまだ取り戻せないんだよね」


あっ、と勇太は思った。当たり前だ、前に同じセリフを言ってくれたのは、前世のルナだ。


だけど、本当のことは言わない。


「いいよルナ。俺がすごく変わってるから、思い出せなくても気にしないよ」


「ごめんね」


「けど、陰キャの俺と、これ以上一緒にいてルナのクラスとかで悪い影響ないかな」


「公開プロポーズがネットに流れてて、逃げ道ないと思うんだ」


「あああ、すまん!」


「いいよ。どうせ、地味子ルナって言われてて、クラスの男子に嫌われてるし」


ルナのクラスは2年4組で勇太の隣。週2登校の男子がいる。


そいつがルナに嘘コクしたけど、ルナの反応が薄くて、気に入らないそうだ。勇太は器がちっさいと思った。


現在は午後5時。


「ルナ、突然だけど、お前の親御さんに会わせてくれ」


「え、なんで」


「あんなことをしでかしたから、ルナの親御さんに挨拶と説明をしないと」


◆◆


勇太はルナに連れられてルナの親に会いに行った。


勢いとはいえルナにプロポーズしてしまった。そのシーンもネットに流れている。


筋を通したいとルナに告げた。


ルナは、また勇太に惚れ直した。


この男女比1対12の世界。男子が女子の親に会うケースは少ない。


女子が男子とのセ●クスまでこぎ着けた場合、婚姻まで至るのは2割。


子供ができて書類上で認知だけする男性は6割。残りの2割は放置。


なので、親同士の婚前の顔合わせなど、由緒ある家同士くらいしかやらない。


そもそもルナは、プロポーズの返事は混乱しすぎて正式にできていない。


ただ勇太が付き合ってくれるなら、いずれ子供だけでも欲しい。


人気がある男子の1人目の妻は、多くの妻との調整役もしなければならない。そんな難しい役割なんて無理と思っている。


世間の常識では、プロポーズに即答しない女子は、男子に捨てられても仕方ない。


なのに、まさかの勇太の反応である。


勇太はルナの母親に会った。父親は仕事で不在。


そして勇太はルナの母と打ち解けた。


勇太は期待通りの人物に会えて満足だった。名前は花木優香。前世では幼馴染みの純子の母親で、山根優香だった。


今世ではルナと純子の双子の母親。


年齢が前世と同じ39歳。パラレル優香は、前世の純子の母親と瓜二つ。


3歳のときから可愛がってもらっていて、おやつを作ってもらったこともある。


「ルナさんに勢いでプロポーズしていまいましたが真剣です。ルナさんと付き合うことを認めて下さい」


「あらあら、ご丁寧に。娘と仲良くしてあげて下さいね」


「もちろんです」


そんな感じで、和気あいあいと過ごせた。



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